こひのうた
壬生忠岑、在原元方、よみ人しらずの恋歌。どのような心にをかしきところがあるのでしょう。併せて、伊勢物語72を同じ言の心で読みましょう。
古今和歌集 巻第十三恋歌三
625~627
625
題しらず
壬生忠岑
晨明のつれなくみえし別れより あか月ばかりうき物はなし
明け方の、ひとのつれなく見えた別れより、暁ほどつらいものはない……早朝のつれなくまみえた別れより、あか尽きほどにつらい物はない。
「晨明…明け方…日の明りのはじめ…月明かりの残り」「つれなく…薄情に…連れもて逝かない」「みえし…目に見えた…思った…覯した」「あかつき…暁…赤尽き」「赤…元気色」「つき…月…おとこ…尽き…尽き果て」「うき…憂き…辛い…いとわしい…うらめしい」「もの…こと…物…おとこ」。
上一首。月に寄せて、逢って合えないこいを詠んだ歌。
626
在原元方
逢ふ事のなぎさにしよる浪なれば うらみてのみぞたちかへりける
逢う事が渚に寄せる男波だから、浦見ただけでたち帰ったなあ……合うことが、ひとのなぎさに寄せる心波だから、裏見ての身ぞ、起ち返るのだなあ。
「逢…合」「なぎさ…渚、浜、岸…女」「浪…男波…女の心波」「うら…浦…裏…心」「うらみて…恨んで…くり返し見て」「見…覯…まぐあい」「たちかへり…たち返り…起ち返り…再三再起」「ける…けり…過去・詠嘆・気付きなどを表わす」。伊勢物語の業平の孫の歌。
627
よみ人しらず
かねてより風にさきだつなみなれや あふことなきにまだきたつらん
以前より風に先だつ波なのね、逢ってもいないのに、はやくも立ったらしいわね……まえまえから心の風に先発つ汝身なのね、合うことなしに、まだなのに、どうして絶つのかしら。
「風…心に吹く風」「なみ…波…男波…汝身…並み…普通のおとこ」「あふ…逢う…合う…和合する」「まだき…その時でないうちに…早くも」「たつ…立つ…発つ…絶つ」「らん…推量を表わす…原因・理由を推量する意を表わす」。女の歌。
上二首。浪に寄せて、それぞれの立場で詠んだ、逢って合えない乞いの歌。
うら見ただけで帰る並みなのね
伊勢物語72の、波に寄せた、女の歌を聞きましょう。原文、清げな読み、心にをかしき読み、言の戯れと言の心の順に示す。
伊勢物語72
むかし、をとこ、伊勢のくになりける女またえあはで、となりのくにへいくとて、いみじううらみければ、女、
おほよどの松はつらくもあらなくに うらみてのみもかへるなみかな
昔、男、伊勢の国の女に、もう一度逢うことが出来なくて、隣の国へ行くといって、とっても恨んだので、女、
大淀の松は、ひどく薄情でもないのに、君は浦見ただけで返る浪なのねえ
昔、おとこ、いせの国の女に、また合えなくて、終わりの国へ逝くといって、とっても恨んだので、女、
大いに淀み待つひとは、ひどく薄情でもないのに、君は裏見て帰る並みなのね
「伊勢の隣の国…尾張…終わり」「あふ…逢う…合う…和合」「淀…女…よどんでる…はげしくない…ゆっくりしている」「松…待つ…女」「うら…浦…裏…表と裏の二度」「なみ…浪…男波…汝身…並み…へいぼんなおとこ」。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず