無線操縦

私の趣味のひとつ、無線操縦を紹介しましょう。

落とし所見えだせず

2010-09-28 17:25:15 | Weblog

←墓場の華のイメージが強く好きになれない花でした。でも周りの風景と合わせることで、日本の風景に市民権を得たように思います。

硬直したまま、落とし所が見えだせず、どうなるのでしょう日中問題、専門家、学者諸先生の意見、百花繚乱の程、いずれも憶測の域をでず、全く読めない状態が続きます。中国側にしてみれば、仮に国交を絶っても蚊に刺された程度の痛痒でしかないのだろうが、しかし、今や6千人の留学生や大勢の研修生、その延長で日本企業に就職する人も大勢存在します。それらを考えれば、何時までも拳を振り回してもいられないような気がしますがねー。少しチクレば現在の経済大国にのし上がれたのは、今でも途上国の特権を報受し、自国の通貨を固定にして、外資を呼び込み、世界の工場と称して、低い通貨で輸出で荒稼ぎして、国家予算の潤沢さで、内需の拡大と軍事予算につぎ込み、近隣諸国に圧力をかけている。フェアでないと言う声も経済大国となった今では誰も大声が出せない。その昔、倫理を彼の国から学んだ日本がその師の国に少なくとも振り回されて、右往左往している感が否めない。そんな国でも必ず、建て前と本音が存在すると思います。良識の徒の顕出を望みたい。


恥の失われて行くグローバルな世界

2010-09-25 09:06:52 | Weblog

紅葉の来る前に湿原に遊ぶ

永い歴史に裏打ちされた、思想と文明が自由経済と言う近代文明に、侵されて、巨龍が永い眠りから目覚めた如く、猛威をふるっている感じです。道教・儒教そして仏教が交わり合い、立派な国の建設に向かうのかと思えたのに、現代中国は世界の平和をよそに、自国の利益のためなら、何でも有と、すべてを経済に結び付けて道理を捻じ曲げている。周りの国々は、巨竜に狙われた子羊の様にすくんでいます。これが一頃と違い、勢を失い掛けた米国に変わって、無法に近い方法を世界のスタンダードにしようと振る舞う。自国が一番正しいと思いこむ思想を国民に植え付けて世界制覇を目論む。一頃の列強が世界制覇を目論んだと同じ夢を見ているのかもしれない。孔子や孟子そして屈原、等がどんな思いでこの現況を眺めているのだろう。偉大なる子孫も貧さと欲に支配されようとしています、これを嘆く自分が甘ったれで、非常識なのかも知れない。


何を信じて生きればいいのでしょう

2010-09-22 19:04:29 | Weblog

何はともあれ、村木局長の復帰の笑顔が素晴らしかった。これが若し発覚しなかったらと思うとぞっとする事件だと思う。国民の正義に関る事を検察の職権で、しかも個人の立身出世の手段に使われるとは情けないし、人間のやる事かと顔にツバしたい心境です。まさか証拠の改ざんで死に追えやられた事件はないのでしょうね、と言いたい。その昔、交通違反(駐車違反)で検察に送られ、バカヤロウ、ァホー呼ばわりされ、人間扱いされなかった記憶が甦ります、まして弱い立場の人間には、人間の屑呼ばわりする、検事の日頃の心情・態度がこの事件の基をなしている様に思えてならない。


ノーサイド考

2010-09-18 14:17:59 | Weblog

何時かはと、思いながら遂に実物を見そびれてしまいました。最近では見物人が多くて、思うように見られないから、制限をの声もあるようです。動きがあるともっと情緒がまともに感じられる様に思います。BGMがミスマッチと作者の声でした。(フルスクーリンで)お楽しみ下さい。

最近行われた代表選に、事あるたびに「ノーサイド」と言うこ言葉が盛んに使われていると。ラガーOBの苦情がありました。軽々しくこの言葉は、使って欲しくありませんと。試合終了後に、両チームは敵・味方なく、お互いのプレーやファイトを讃えあう、これが「ノーサイド」の精神だと。「政治とカネ」でつまずき、表面から消えたはずの鳩山さんや小沢さんが、何故か派手に動き、また、この人たちに変に気を使い「ノーサイド」を語る菅首相にも不快感を覚える、と言う投書でした。
これらから見ると戦後(代表選)の組閣を見ても、これが「ノーサイド」かと、首をかしげたくなります。綺麗事では済まされない、国の政治故に、ある程度仕方ないとは思いますが、あまりにも「ノーサイド」を連発した、思考の浅さが確かに目立ちました。おまけに一言、「一兵卒」でと語られる、お方は一兵卒の態度と程遠い言動にこれまた首を傾けたくなります。もう少しだけ、発言と言動に責任が欲しいですねー。


僅かに残る日本の常識

2010-09-14 15:47:54 | Weblog
 民主党の代表選の行方で、この国の進む方向が違ったものになる事が気に掛かり、しばらく書けませんでした。議員票に多少の不満も残りますが、この国の常識が、まだ残っていたことに先ず喜びたい。行くも地獄、残るも地獄の例えの如く、気を抜く事の出来ない問題の山が、菅総理の肩に倍になってのしかかってきます。公言されるごとく、死を賭しても国家、国民のために尽くして欲しいと願う。ここで意地悪を許してもらえば、鳩山山荘で、気合いだ、気合いだと音頭を取り拳を振り挙げた面々、これを企画した鳩山さんは今後どの面下げて国会内を歩くのだろう。両陣営、事あるごとに、終わればノーサイドと口先で布石されていたが、庶民の常識では、そんなに仲良しなら、話し合う方法もあったろうにと、下司の勘ぐりをします。只ここで負けた腹いせに党を割る事だけは避けて欲しい。何故なら、折角歩み出した国の形を変える施策が、またまた自民党の軍門に下り、元の黙阿弥に繋がるからである。

龍馬伝に学べ

2010-09-04 13:55:32 | Weblog
 国や国民のために走りまわり、竜馬伝どころではないのかなー。本当に国を憂えるなら、失礼だが、コップの中の争いは一時棚上げしても、挙党して国難に当たるべきが国民の代表の役目と思うが如何なものか。観る度に現状と竜馬伝の物語と重ね合わせ、あまりの落差に噴りを覚えます。現代政治には無償の行動まで求めるのは無理だとは思いますが、立場を利用しての金集めに手管を使い、手下を養い実力者に収まり。はたまた睨みを訊かす。法律に触れなければ、すべてOKと言う考え方に、釈然としません。また手下と言われる人々が、国政の場で大親分に身を寄せ、表向き政策が一致とのたまい、自己保身に汲々として尾を振る様の見苦しさに、龍馬に学べと大声で叫びたくなります。時代錯誤も甚だしいと言われそうですが、なるに任せるしかない、庶民のささやかな抵抗を、お笑いあれ。

代表選の立会演説を聴いて

2010-09-03 08:10:07 | Weblog
記者クラブで代表者選の立会演説会を聞いた感想から。
プロの答弁、ここまで言い切れば立派としかい言いようがない。この国では政治家の発言は何割か割引いて聞くし、政治家も何割かは割り増しして発言する。約束は守らない、なじられて顔色変えるようなら、政治家は務まらない。どんな方法でこの国の財政の立て直しをするのか、の問いに、今は代表ではないので具体的には語れないと逃げ切る。反面、ムダを省けば財源は幾らでも捻出るの発言も聞き逃せない。片や菅総理も政策面でのトーンダウン気味で、相手の弱点に矛先を向ける戦法に転換?。願わくば、負け方に、一点曇りも無く潔く腹を切って欲しい、それが菅さんの持ち前の人間性だと思うし、応援してきた根源だ。政治の世界では正義を求めるのは酷なのかも知れないが、しかし凡人としては求めたいのは人情だ。正義は神代の時代からせめぎ合ってきた、人間の最大のテーマであっても、2000年経た今でも、理想の域から抜け出せないいる。