今から50年前
1966年9月18日
サルトルがボーヴォワールと共に来日 した
熱狂的フアンだった私は雨の中 羽田へ
あまりにも多くの人・人・人
50年も前の話
今やほぼ忘れている
「飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か?」
空になったコーラで割ったホワイトリカーを飲み干したコップの存在感にすら
友と語り明かした
そんな時代があった
思い出を懐かしむようになった自分はやはり老害に近いようだ
今から50年前
1966年9月18日
サルトルがボーヴォワールと共に来日 した
熱狂的フアンだった私は雨の中 羽田へ
あまりにも多くの人・人・人
50年も前の話
今やほぼ忘れている
「飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か?」
空になったコーラで割ったホワイトリカーを飲み干したコップの存在感にすら
友と語り明かした
そんな時代があった
思い出を懐かしむようになった自分はやはり老害に近いようだ
実はフランス語の先生が、朝吹登水子のお兄さんで、、っていっても、授業ではサルトルもボーボワールもでてきませんでしたけど。こいつらには分かるめーってあきらめられたんでしょうね。星の王子様なんてのをやらされておりましたよ。
でも、なんとなくその縁で、ボーボワールの方は引っかかりがあったりして、、、
大昔の話です。お笑いください。
青春を語れるってのは
いいですね。
もしかしたら、
貴兄は私よりも
少々、年配でしょうか。
少なくても、
私の周囲にサルトルを語る人は
皆無です。
朝吹登水子のお兄さん?
ジャンジュネの「泥棒日記」を翻訳された方ですか?
ジャンジュネは大好きでした
何度も読み返しました
そして結局理解できないままでしたが・・・・
確か慶応でしたね朝吹三吉さんは
ボーボアールは数冊読んだ気がします
60過ぎればみな同じ・・・と考えております
ちなみに古希は過ぎております
実存主義を友と語り合ってたころ
そして
コリンウイルソンの「アウトサイダー」等々へ・・・懐かしい時代です
今は漫画しか読めません
私が彼に教わったころはレ・マンダランを準備していたころでしたので、サルトルとかボーボワールについての話がでるのではってみんな期待していたんですけど、、、まったく出ませんでした。
あのころは、特にフランス語を選択するような学生は、ドイツの哲学は古臭くってってのが多かったですから。
ちなみにわたくしも、古希と喜寿の間を行ったり来たり、、つまり、まだら認知なもんで、、、、
20代前半のころは訳者で本を選んでいた時期がありました
訳者によって読みづらいものが多かったように思います
いまは漫画以外読めません
私はまだまだ古希なもので・・・