櫛 田 芳 美
東亜大学 総合人間・文化学部 スポーツ学研究室 E-mail: kushi443@toua-u. ac. jp
まとめ
今回、主にアメリカ、イギリス、日本の舞踊 教育のこれまでの経緯を、社会文化としての舞 踊との関係をふまえながら概観してみて次のよ
うなことがわかった◎ 19世紀に、身体運動が内面を表すというデ ルサルトの理論や、音楽を身体で理解し表すダ ルクローズのリトミックが基になり、ダンカン やラバン、デニショーンスクールで心身一元論 の立場に立った社会文化としてのモダンダンス
の礎が築かれた。 19世紀後半にアメリカ、イギリスでは、女 子教育論の進展による女学校の設立という社会 的背景もあり、舞踊が学校教育に位置つくこと が促進されたが、戦前の舞踊教育は身体修練と しての意味合いをもっており、既成のステップ を覚えて踊ることが中心であった。次第にモダ
身体表現としての舞踊教育 29
ンダンスと新教育論を背景に、舞踊教育は身体 修練から全人形成をめざすものへと転換を遂 げ、アメリカでは舞踊家との交流の中での「芸 術教育的」な、イギリスではうバンの理論に基 づく「運動教育的」な特徴がみられた。 日本の明治期から昭和前期の舞踊教育も、外 来文化の摂取と日本の詩歌の心を生かした独自 の情調の「行進遊戯」や「唱歌遊戯」等の教材 が中心で、諸外国と同様、身体修練の域を出る ものではなかった。戦後から今日までの舞踊教 育は「創作ダンス」と「フォークダンス」を柱 とし、創作ダンスでは「踊る」、「創る」、「見 る」を中心として「誰もが自分のダンスを創 り、踊り、互いに見せ合うことができる」こと を目指してきた。そしてその主旨に沿って松本 がダンス学習モデルを開発し、学校教育現場で 実践・検証され今日に至っている。 自己の内面(感情や思想)を自由に身体で表 現する舞踊は、まさしく「心と体の一体」をめ ざしたコミュニケーションであるといえる。そ してそれが理論化・体系化されたもの、例えば デルサルトやダルクローズ、ラバンの理論等を はじめ、アメリカの舞踊家が開発した技法、松 本のダンス学習モデルなどは後に継承され発展 し、教育のなかで脈々と生き続けているとみる
ことができる。 わが国の現代社会において、今、再び「心と 体の一体」が求められている。現代に生きる若 者たちは、ストリートダンスなどのリズムにの ることによって、律動の快感やリズムの共有と いう人間の根源性へ回帰した新たな表現・コ ミュニケーションの様相を呈している。今後、 このリズムダンスの学習についての検討が急が れる。また、郷土舞踊などの再現としての表 現、伝承という点も広く見直されるべきであろ
う。
さらに、これからの生涯学習時代に向けて社 団法人日本女子体育連盟は、2005年の創立50 周年の大会テーマを「バリアフリーなこころと からだのふれあいを求めて」とし、幼児から高 齢者までを視野に入れたダンス指導のあり方を 提言している。それは「体ほぐしの運動」領域
も含め、「かかわり、ふれあい、共有、交流」 など18のキーワードを学習の視点としている
ものである。
以上のことから、これからの身体表現として の舞踊教育は「踊る」、「創る」、「観る」を基軸
としながら、体ほぐし、リズム、伝承、バリア フリーな触れ合い等を包括した多様なコミュニ ケーションへと拡大されることが求められ、そ のような学習を体系化していくことが必要であ
ろうと思われる。
参考文献
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松本千代栄編(1983)『ダンス 表現 学習指導全 書』大修館書店
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村田芳子・高橋和子(2005)「バリアフリーなこころとからだのふれあいを求めて
-幼児から高齢者までを視野に入れたダンス指導の実際-」 『(社)日本女子体育連盟学術研究』⑳ :1-16
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村田芳子編(2001)『教育技術MOOK「体ほぐし」 の運動』小学館
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海野 弘(1999)『モダンダンスの歴史』新書館
Valerie Preston(1976)松本千代栄訳『モダンダ ンスのシステム』大修館書店
若松美黄(1983)『現代スポーツコーチ実践講座26