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『公園のお風呂ダヌキ』-22

2010-07-29 15:56:32 | 連載
 たとえばさ、さっきも言ったけど命のあるもの、形のあるものにはみんないつか終わりがあるんだよ。人間だってそうさ。生きている人はだれでもいつかは死ぬんだよ。
年をとってから死ぬ人もいるしさァ、まだ若い人や、赤ちゃんでも死ぬ人がいるよね。だけど人間はだれも自分で自分の寿命を決められないんだよ。それからさァ、こんにゃくさんは自分で自由に生まれてきたのかしら。この家のおとうさんとおかあさんの子どもになりたいって、自分で選んで生まれてきたのかしら。
 生まれるのも死ぬのも、ちっとも人間の自由にはならないんだよ。こんにゃくさんには、まだむずかしいかもしれないけどね、人間に許されているのは、生まれた時から死ぬまでの限られた間、自分が生まれる時にいただいた条件とか可能性、つまりさ、なんていったらいいかなあ。今いるところで、今できることとできないことがあるじゃない。その中でどういう生き方をするか、自分で選ぶことなんだよ。
 こんにゃくさんだったらさ、こんにゃくさんはおねえちゃんでしょ。そしたら、自分より小さい子をかわいがることもできるし、いじめちゃうこともできるよね。どっちにするか決めるのはこんにゃくさんの自由なんだよ。
 良いお姉ちゃんになるか、悪いお姉ちゃんになるか、こんにゃくさんは自分で自由に決められるんだ。ただし、自分で決めたら責任もあるんだから大変だよ。
 本当の自由ってさ、自分のわがままや、好き勝手にするのとは違うんだよ。わかるかな、こんにゃくさんのおかあさんがうるさく言うのは、こんにゃくさんがおとなになってから困らないように心配してるんだ』
 「うーん、だけどー、つまんないよ、そんなのー」
 『だんだんわかるようになるよ、それよりさ、おかあさんは、こんにゃくさんは教会に行ってるのにちっとも良い子にならないって言ってたんだって、変だねえ』
 「変でしょう、どうして教会に行ってたら良い子でなきゃならないの」
 『うん、変だよ。だってさ、イエスさまはつみびとを救うためにこの世にお生まれになったお方だよ。良い子だったらイエスさまはいらないじゃない』
 「タヌキさん、私その意味がよくわからないの。つみびとって悪いことをした人のことでしょ、私、よその人のものをとったり、人殺しをしたりしてないし、悪いことなんかしてないのにどうしてつみびとなの。私、悪い子じゃないもん」
 『へーェ、そうなの』
 お風呂ダヌキはなんだかそうは思っていないようなくちぶりです。
 「私、悪い子じゃないもん」
 『そう、それじゃ、こんにゃくさんはイエスさまとは関係ない子なんだね』
 あれれっ、お風呂ダヌキは変てこなりんなことを言っています。なんのことでしょう。

つづく
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