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思い出から学んで

2008-03-24 17:31:22 | Weblog
こんにちは、初めまして。

エーと、あたしはですね、うちのおばはんの足スタンドじゃない、アシスタントのマリーっていいます。あのねえ、実を言うとあたしはおばはんのケータイなのでーす。次回からはなんと、あたしがおばはんに代わって何かおしゃべりしなくてはならないらしいのよ。困っちゃうなあ。むずかしそう、いやんなっちゃう。でも今度からはよろしくね。


今日はまだ、うちのおばはんのおしゃべりを聞いてね。


 
春になり、足の調子もまあまあになってきて、そろそろ仕事をしないとこのままでは生活に支障をきたしますから、とにかく仕事をさがすことにいたしました。

いろいろ考えた挙句、結局パートなら慣れた仕事で、今の自分の体調でも十分に可能な作業量の募集を探すのが一番無難であろうと思い、ケータイのインターネット求人から探して応募してみました。四谷駅近くのコンサート・ホールと六本木ヒルズの中とどちらも午前中の清掃業務です。多分どちらかは大丈夫でしょうし、万一両方駄目でも、清掃の仕事はいつも人手不足の業界です。どこかには入れるでしょう。今回はなるべくなら通いやすいところのほうを希望いたします。

しかし、仕事のこととは別に今回はなぜか、昔々の思い出がよみがえってくるのでした。企業の活動はその一社だけで成り立っているわけではありませんから、かかわっている、子会社、下請け、孫受けまでいれると、たいていどこかでご縁があったりします。仕事以外でも、昔の知人の思い出につながってきたりします。

和文タイピストの仕事が必要とされなくなった時代にどうしたものかと迷っているところを拾い上げて、お掃除業界の仕事の基本を教えていただいたI信産業さんに始まり、少しはこの仕事のこともわかるようになったのですが、足の故障で長時間の無理はきかなくなり、今の体調に合う程度の仕事量でいくしかありませんから、トリトンスクエアのときと同じように、トイレ中心の軽い仕事を探しているというわけなのです。

で、コンサート・ホールは、調べてみるとここは新日鉄の関係なのですね。ほら、やはりどこかでかかわっていた。

和文タイピストの頃に,支所でほんの短期間、非破壊検査の報告書を打っていましたっけ。その事務所で知り合った女性の紹介で同じ高円寺のアパートに引っ越したのが私の親離れの時で、それ以来杉並区の住人になっている始まりだったのでした。

では、六本木ヒルズは、これはもう亡くなって久しい知人の思い出が浮かんできました。六本木ヒルズは森ビルですが、昔々、四谷の教会の熱心な信者の方でK藤さんという奥様がおいででした。本当に尊敬できる立派な奥様でした。その方は当時の森ビルの副社長夫人だったのです。ご夫婦そろって合い前後して癌でお亡くなりになっています。K藤夫人は、あの頃、まだ今と違ってハンセン病が恐れられていた時代に療養園に慰問にいって、患者の方に手を触れられても、平然としていらっしゃったのを今でも忘れてはいません。教会にもいろいろ問題もあり、文句も言いますが、本物の立派な信者の方々も大勢おいでなのです。

思い出は、これまでの出来事を通して、これからの生き方を考えさせてくれます。今度はどこで働くことになるのかまだわかりませんけれど、その仕事や、人間関係からまた今後のために多くのことを学べることでしょう。









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