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マリーさんからちょっとご挨拶です

2010-07-30 16:15:04 | 連載
こんにちは~、うちのおばはんの足スタンドじゃないや、またおんなじ駄洒落ばっかりって言われそうだわ。エート、えっへん、アシスタントを勤めますケータイのマリーで~す。

このお話しもこの次くらいで終わるのよね。うちのおばはんも、このあとはちょっと別のことをしなくちゃならないから当分連載物は書けなくなっちゃうの。ごめんなさいねえ。あとは多分、時々普通のブログをここと物置のほうか、plalaのブローチのほうか、あとは内容によってはBIGLOBEのウエブリブログに書いたりしてるわ。多分、あたしも時々顔出しすると思うし、ここが終わってもそれっきりじゃないからまた見てね。

ほんじゃ、そんなことで、またね。
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『公園のお風呂ダヌキ』-25

2010-07-30 13:19:51 | 連載
 マリアさまとヨゼフさま、赤ちゃんのイエスさま、羊飼いや三人の博士たち、それから牛やヒツジやラクダとかの動物たちがいます。赤ちゃんのイエスさまは飼い葉桶の中でニコニコしながらねんねしていました。
 それを見て、こんにゃくさんは、なんとなく変な気がしました。
 だって、この赤ちゃんは、おとなになると悪いひとたちに苦しめられて、十字架につけられて殺されてしまうのに、どうしてニコニコ笑っているのでしょう。
 こんにゃくさんなんか、意地悪な子がいるところに行くとすぐ泣きそうになって、絶対ニコニコ笑ったりなんてできないのに、この赤ちゃんは笑っているのです。おまけにおててを広げて、まるで「だっこしてちょうだい」って言ってるみたいです。
 イエスさまって神さまなのに、パンになったり、赤ちゃんになったり、本当に不思議です。いったいどうしてなのでしょう。こんにゃくさんには、いくら考えてもわかりませんでした。
  
 それから一週間たって、次の土曜日になると、こんにゃくさんはまた、山田さんの家に遊びに行きました。今度は小島さんと新藤さんも一緒です。
 こんにゃくさんは新藤さんの家には行ったことがありません。新藤さんは男の子みたいに活発で、おとなしいこんにゃくさんとは、あまり遊んだこともなかったのです。でも小島さんと新藤さんは仲がいいし、こんにゃくさんと小島さんも仲がいいので、小島さんをさそうと新藤さんも一緒に山田さんの家に遊びに来たのです。
 こんにゃくさんは、山田さんの家でいつものように遊ぶほうが好きだったのですけど、山田さんも小島さんも、新藤さんの家に行ってみたいと思ったので、こんにゃくさんも仕方なくついていくことになったのです。
 行ってみると、新藤さんの家は、お風呂ダヌキのいる公園のすぐそばにありました。
 新藤さんは、みんなに自分の部屋を見せてから、公園に行って遊ぼうとさそいました。こんにゃくさんがいつも行く、ブランコがあるところと反対側の広場はボール遊びやゲームができるのです。
 こんにゃくさんは、いやだなあと思いました。だってこんにゃくさんは飛んでくるボールがこわいし、動くのがおそいし、スポーツなんて大きらいだったのです。
 山田さんも小島さんも新藤さんと一緒に楽しそうにボールをとったり投げたりしているのに、こんにゃくさんひとりは、ちっともおもしろくありません。
 とうとう、途中でいやになってしまいました。
 「私、帰る」
 「どうしたの、こんにゃくさん」
 「ちょっと用があるの」
 「あら、今うちのおかあさんがお菓子を焼いてるのに。もうすぐできるのに、おやつを食べていけばいいのに」
 「いいの、早く帰らなくちゃ」
 こんにゃくさんは、でたらめを言うとひとりでさっさと帰りかけました。


つづく
 
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『公園のお風呂ダヌキ』-24

2010-07-30 12:23:05 | 連載
 「どうしようか」
 「一緒にきてもいいよ、静かにしてないと叱られちゃうけど、大丈夫でしょう」
 こんにゃくさんはごミサも洗礼志願式も初めてです。ですからクミちゃんと一緒に聖堂に入ると、クミちゃんのする通りに立ったり座ったりしました。
 神父さまのお説教が終わって、いよいよ志願式です。
 クミちゃんのおかあさんと、知り合いの女の人も立って前に出て行きました。
 式が始まって、神父さまが言いました。
 「・・・さん、教会に何を求めますか」
 「信仰を求めます」
 「信仰は何を与えますか」
 「永遠の命を与えます」
 聞いていたこんにゃくさんはびっくりしました。きのうの出来事を思いだして、とても不思議な気がしたのです。
 やがて洗礼志願式が終わって、ごミサの続きが始まったので、こんにゃくさんはまた、クミちゃんのまねをして立ったり座ったり、ひざまずいたりしました。
 そのうちにまわりの人達が立ち上がって行列をつくるとぞろぞろと前に出て行くので、こんにゃくさんも立とうとしました。すると、クミちゃんがこんにゃくさんの服をひっぱって言いました。
 「智恵ちゃん、ご聖体拝領は洗礼を受けたひとだけなの。だから、智恵ちゃんはここでちょっと待っててね」
 仕方がありません。こんにゃくさんは待ちました。
 (ご聖体ってなんだろうな。洗礼を受けたひとだけなんて、なんだかずるいなあ。いいなあ、クミちゃん)
 初めてごミサを見たこんにゃくさんには、ちんぷんかんぷん、わからないことだらけでした。
 そのうちにやっとごミサが終わって、聖堂の外に出たこんにゃくさんは、さっそくクミちゃんにきいてみました。
 「ねえ、クミちゃん、ご聖体ってなんなの?」
 「ああそうか、智恵ちゃんは初めてだものね。えーとねェ、ご聖体はねェ、パンの形のイエスさまなの」
 「イエスさま?」
 「うん、イエスさまがねェ、パンになって、イエスさまを信じて洗礼を受けているひとのところにきて下さって、そのひとと一緒にいて下さるんだって」
 「わあー、いいなあ、イエスさまが一緒なんて」
 「あら智恵ちゃんだってさ、そのうちいつか洗礼を受けたら、ご聖体をいただけるようになるじゃない。だからずうっと日曜学校にこなくちゃね」
 「ああ、そうかあ、うん。私、日曜学校にずっとくる」
 クミちゃんのことばで、こんにゃくさんの気持ちが急に明るくなりました。
 
 教会は今日から待降節です。
 日曜学校でも、いくつかのグループに分かれて、クリスマスの準備が始まりました。劇や歌の練習もあります。どの部屋でも子ども達のはしゃぎ声がにぎやかに響いていました。
 こんにゃくさんのグループは、馬小屋の模型を作るお手伝いです。
 リーダーと大きい子たちが背景の絵をかいたり、道具のしまってある箱を出してきたりして忙しく動きまわっている時、こんにゃくさんはぼんやり立って、並べてある人形をながめていました。

つづく
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『公園のお風呂ダヌキ』-23

2010-07-29 16:49:57 | 連載
 『思い出してごらんよ。前におとうさんが言ってたじゃない「天知る、地知る」だれも見ていなくても神さまは見てるって。
 こんにゃくさんのことをいつも見ていらっしゃる本当の神さまはね、この世界の全体、空も海も、月も星も太陽も、この宇宙の全部をつくったお方なんだよ。この世のすべての命をそだてて生かしてくださる大きいお方なんだよ。神さまはね、みんなを大切にしてくださっているんだよ。
 それなのにさ、こんにゃくさんときたら、平気で自分より小さい子をいじめてさ、いつだって自分だけよければいいと思って、わがままなことばかりしてるじゃない。そんなで神さまに、私は良い子です、なんて言えるの?』
 「だってェ」
 『言いわけしたって、神さまは本当のことをご存じだよ。それよりさ、せっかく神さまが大切にしてくださっても、自分勝手でわがままな子どもは永遠の命を持てないんだよ』
 「いやーん、そんなの」
 『でも大丈夫。こんにゃくさん、神さまはね、みんなに永遠の命を上げたいから、イエスさまをこの世におつかわしになったのさ。イエスさまがみんなの身代わりになって、十字架の上で死んでくださったんだよ』
 「みがわり」
 『そうだよ、イエスさまはみんなを助けるために自分の命をくださったんだ。こんにゃくさんのためのもだよ。こんにゃくさんに、絶対になくならない命を上げたいって思って身代わりになってくださったんだよ。イエスさまはね、こんにゃくさんをとっても大事に思ってくださっているんだよ』
 こんにゃくさんはだまっていました。何か言おうとすると泣きそうな気がしたのです。
 (イエスさまって、なんだかやっぱり「本当のお友達」みたいだ・・・)
 こんにゃくさんの目が涙でぼうっとして、まわりの景色がぼやけて見えたと思うと、公園はすっかり日が暮れて、あたり一面が暗くなるはじめました。
 気がつくと、お風呂ダヌキはいつもの場所に戻っています。
 こんにゃくさんが公園の外に出ると、急に冷たい風が吹いてきました。冬の夜道は暗くて寒くて、こんにゃくさんは帰り道を一生懸命に走りました。でもちっともこわくはありません。それどころか、うれしくなってわくわくしてくるような感じです。
 こんにゃくさんはいつのまにか日曜学校でおぼえた歌をうたっていました。

     どんなにさみしいときにも
     どんなにかなしいときにも
     イエスさまがいちばーん、イエスさまがいちばん・・・・


 日曜日の朝早く、クミちゃんがむかえにきて言いました。
 「あのねえ、今日はごミサの時におとなの人の洗礼志願式があってね、うちのおかあさんの知り合いの人が受けるの。それで、私も式に出るんだけど智恵ちゃんどうする?」
 

つづく


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『公園のお風呂ダヌキ』-22

2010-07-29 15:56:32 | 連載
 たとえばさ、さっきも言ったけど命のあるもの、形のあるものにはみんないつか終わりがあるんだよ。人間だってそうさ。生きている人はだれでもいつかは死ぬんだよ。
年をとってから死ぬ人もいるしさァ、まだ若い人や、赤ちゃんでも死ぬ人がいるよね。だけど人間はだれも自分で自分の寿命を決められないんだよ。それからさァ、こんにゃくさんは自分で自由に生まれてきたのかしら。この家のおとうさんとおかあさんの子どもになりたいって、自分で選んで生まれてきたのかしら。
 生まれるのも死ぬのも、ちっとも人間の自由にはならないんだよ。こんにゃくさんには、まだむずかしいかもしれないけどね、人間に許されているのは、生まれた時から死ぬまでの限られた間、自分が生まれる時にいただいた条件とか可能性、つまりさ、なんていったらいいかなあ。今いるところで、今できることとできないことがあるじゃない。その中でどういう生き方をするか、自分で選ぶことなんだよ。
 こんにゃくさんだったらさ、こんにゃくさんはおねえちゃんでしょ。そしたら、自分より小さい子をかわいがることもできるし、いじめちゃうこともできるよね。どっちにするか決めるのはこんにゃくさんの自由なんだよ。
 良いお姉ちゃんになるか、悪いお姉ちゃんになるか、こんにゃくさんは自分で自由に決められるんだ。ただし、自分で決めたら責任もあるんだから大変だよ。
 本当の自由ってさ、自分のわがままや、好き勝手にするのとは違うんだよ。わかるかな、こんにゃくさんのおかあさんがうるさく言うのは、こんにゃくさんがおとなになってから困らないように心配してるんだ』
 「うーん、だけどー、つまんないよ、そんなのー」
 『だんだんわかるようになるよ、それよりさ、おかあさんは、こんにゃくさんは教会に行ってるのにちっとも良い子にならないって言ってたんだって、変だねえ』
 「変でしょう、どうして教会に行ってたら良い子でなきゃならないの」
 『うん、変だよ。だってさ、イエスさまはつみびとを救うためにこの世にお生まれになったお方だよ。良い子だったらイエスさまはいらないじゃない』
 「タヌキさん、私その意味がよくわからないの。つみびとって悪いことをした人のことでしょ、私、よその人のものをとったり、人殺しをしたりしてないし、悪いことなんかしてないのにどうしてつみびとなの。私、悪い子じゃないもん」
 『へーェ、そうなの』
 お風呂ダヌキはなんだかそうは思っていないようなくちぶりです。
 「私、悪い子じゃないもん」
 『そう、それじゃ、こんにゃくさんはイエスさまとは関係ない子なんだね』
 あれれっ、お風呂ダヌキは変てこなりんなことを言っています。なんのことでしょう。

つづく
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『公園のお風呂ダヌキ』-21

2010-07-28 07:41:47 | 連載
 こんにゃくさんは、ブランコに腰かけました。冬の夕方の公園は少し寒くて、お日さまの光もぼんやりしています。そんな静かな公園に、ブランコのきしむ音だけが響いていました。
 気がつくと、やわらかな冬の夕日がお風呂ダヌキを照らしています。こんにゃくさんは急にさびしくなって立ち上がりました。
 すると、そのとたんです。
 『こんにゃくさん、ちょっと待ってよ』
 「え、あっ!!」
 『ぼくだよ、こんにゃくさん』
 「タヌキさん」
 お風呂ダヌキが立ち上がって、伸びをしました。こんにゃくさんは泣きたいような気持ちでタヌキをながめました。
 タヌキはとっくりを下におくと、かぶっていた笠をはずして手に持ちました。そしてこんにゃくさんのそばに来て言いました。
 『こんにゃくさん、ずいぶん会わなかったね。このごろはちっとも公園に来ないんだもの』
 「チビが死んじゃったの。フィラリアだって」
 『知ってるよ。でもさ、こんにゃくさん。もっと大きくなったらわかるようになると思うけどね、命のあるもの、形のあるものはね、たとえどんなものでもみんな必ず、いつかは終わりになる時がくるんだよ。限界というものがあるんだ。ほら、ぼくの笠を見てごらんよ、ヒビが入ってるだろう。ぼくだってさ、いつかはこわれるんだよ』
 「タヌキさん、いやっ、そんなこと言わないで。どうしてなの、絶対に終わらないものとか、なくならないものはないの?」
 『おやおや、こんにゃくさんは忘れちゃったの。ずっと前だけどさ、永遠の命の話をしたじゃない』
 「あっ、そうかあ、あのねえタヌキさん、私ね、教会に行ったの。そしたら教会で見た聖書のことばに『永遠の命』って書いてあったの。だけど意味がよくわからなかったの」
 『こんにゃくさんは教会が好き?』
 「大好き!! おもしろいもの。それにイエスさまってすごくいいひとで、私の本当のお友達になってくれるみたいだもの。だけど、うちのお母さんたら、私が教会に行ってるのに、ちっとも良い子にならないって言うのよ。どうして教会に行ってるからって良い子でなきゃならないの。おかあさんはちっとも私のしたいようにさせてくれないの。ちっとも自由にさせてくれないの。私だって自由にしたいのにもう本当にやだもん」
 『ふふふ、きのうおかあさんに叱られたのがよっぽど面白くないんだね』
 「そうよ、おかあさんたらいつもいつも、おねえちゃんなんだから、おねえちゃんなんだからって、私だって自由にしたいのにもういやっ」
 『おやおや、だけどさ、こんにゃくさん。自由ってなんだろうね。自由ってさ、なんでも自分の好き勝手にするのが自由なの?』
 「エート・・・」
 『なんだかそれじゃあ、自由なのか、わがままなのかわからないと思わないかい』
 「ウーン・・・」
 『今はわからなくてもね、こんにゃくさんがもっと大きくなったらわかるようになると思うんだけど、人間の自由ってさ、はじめから限界のある、限られた自由なんだよ。

つづく
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『公園のお風呂ダヌキ』-20

2010-07-28 06:13:17 | 連載
 あと二、三日で十二月になるある晩のことでした。こんにゃくさんがいつもの好きなテレビのマンガを見ていると、妹がいきなりチャンネルを回して別のマンガに変えてしまったのです。
 「なにするの、ばか」
 こんにゃくさんは妹の頭をたたきました。
 「ウェーン、おねえちゃんがぶったよー、おかあさん、おねえちゃんがぶったよー」
 たちまち妹が泣き出して,大さわぎになりました。
 「智恵子っ、お前はおねえちゃんでしょ、おまけに教会に行ってる子がなんですか。小さい子をいじめて」
 「だってえ」
 「だってじゃないでしょう。まったく、なんのために教会に行ってるの、ちっともよい子にならないで」
 さんざんおかあさんに叱られて、こんにゃくさんはがっかりです。自分の部屋にもどってもまだおもしろくありません。
 (おかあさんなんか、私のいうことはちっともきいてくれないで、いつだって、ああしなさい、こうしなさい。おねえちゃんだから、おねえちゃんだからって、なにひとつ私の自由にやりたいようにやらせてくれないんだからもう・・・)
 お布団に入ってもまだふくれています。
 (そうよ、私だって自由よ。おねえちゃんだから、おねえちゃんだからって、どうして私だけよい子でなくちゃいけないの。教会に行ってる子はよい子にならなきゃいけないなんて決まってないもん。私の勝手じゃないの、もうやだもん)
 次の日は土曜日で、学校も午前中でおしまいでした。こんにゃくさんは山田さんにさそわれて、ランドセルを背負ったままで山田さんの家に遊びに行きました。山田さんの家は昔は写真館だったところで、めずらしいものがたくさんあるのです。
 子ども達は時間のたつのも忘れて、夢中で遊んでいました。
 けれどそのうちに、山田さんのお母さんが部屋にやってきて、山田さんに歯医者さんに行くように注意しました。すると山田さんは、たちまち元気がなくなって遊ぶのをやめてしまいました。
 山田さんは、歯医者さんが大きらいなのです。こんにゃくさんだって歯医者さんはいやです。だけど仕方がありません。
 山田さんが出かけるので、こんにゃくさんも一緒に帰ることにしました。
 大通りのところまで出ると、こんにゃくさんは、山田さんと別れて道を曲がりました。でも、なんとなくまっすぐ家に帰りたくなくてぶらぶらと歩いていました。そして、気がつくといつのまにか公園に来ていたのです。
 そういえば、チビの具合がわるくなってからは一度も来ていません。こんにゃくさんはなつかしさでいっぱいになりました。
 公園のほとんどの木は、すっかり葉を落としてしまっています。こんにゃくさんが歩くと、地面の枯れ葉がカサカサと音をたてて、まるでひそひそばなしをしているようです。
 お風呂ダヌキは、あいかわらずのんきな顔で、どっしりとかまえていました。すぐそばに行って見ると、タヌキさんの笠のふちはちょっぴり欠けているし、細かいヒビが入っているのもわかりました。でもそれほど目立ちません。


つづく
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『公園のお風呂ダヌキ』-19

2010-07-27 07:24:09 | 連載
 「いつまで寝てるの、早く起きなさい。ほら、外はもうこんなに明るいのよ、さっさと起きてごはん食べてよ。早く、早く」
 「うーん、わかったよ、わかったってば」
 おかあさんが雨戸を開けると、どこかで音楽をかけているのでしょうか。あまり聞いたことのない歌が聞こえてきました。
     
     すくいぬしイエスは わがともなり

 「あれっ、賛美歌みたい」
 「なんでもいいから早く起きてョ」
 おかあさんにせきたてられて、こんにゃくさんはごそごそと起き出すと聞き耳を立てました。

     でしにそむかれし しゅはことごと
     りかいしたまいて なぐさめたもう

 そのうちに歌は聞こえなくなりました。でもどうしたのでしょう。なぜだかよくわかりませんけれど、こんにゃくさんは震えてくるような、泣きたくなるような、すごく変てこな気持ちになっていました。
 その時こんにゃくさんは、本気で教会に行って見たいと思ったのです。イエスさまのことをもっとよく知りたいと思ったのです。
 イエスさまって、もしかしたらこんにゃくさんの本当の友達になってくれるひとではないのかしら。こんにゃくさんがさがしている「本当の友達』って、イエスさまだったのではないかしら。だけどイエス様って、いったいどんなひとなのかしら。
 けれど、こんにゃくさんは臆病でしたから、自分ひとりで知らない初めての場所に行くのはいやでした。ですから、教会に行ってみたくても、ただそう思っているだけでした。
 ところが、そんなある日の学校の帰り道で一緒になったおとなりの家の子のクミちゃんがこんにゃくさんを教会の日曜学校にさそってくれたのです。クミちゃんと一緒なら安心です。こんにゃくさんは喜んで連れていってもらうことにしました。
 こうしてこんにゃくさんは、いつかのあの教会に行ったのです。その日から、こんにゃくさんは毎週、日曜学校に通うようになりました。
 行って見ると、日曜学校って思っていたよりずっとおもしろいし、新しいお友達もできたし、こんにゃくさんはいつのまにか、教会が大好きになってしまいました。
 こんにゃくさんの家では、おとうさんもおかあさんも、こんにゃくさんが日曜日になるといつもより早起きして、朝早くから教会に出かけていくのを、いったいいつまで続くだろうかとおもしろがって見ていました。けれど、こんにゃくさんは日曜学校を休みませんでした。


つづく
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『公園のお風呂ダヌキ』-18

2010-07-27 06:34:07 | 連載
 それは秋の初めのことでした。
 チビが時々おかしなせきをするので、近所の獣医さんに診てもらうと、フィラリアでかなり重症になっていることがわかったのです。
 こんにゃくさんもすごく心配して、一生懸命に看病しました。けれどもチビはどんどん具合が悪くなって、ある朝こんにゃくさんが犬小屋をのぞくと、チビはもう息をしていませんでした。
 かわいい舌をチロッとのぞかせたまま、チビは冷たくなって横たわっていました。
 おとうさんが庭のつつじの木の根元に深い穴を掘って、チビを埋めました。あとには、真新しい黒っぽい土が、少し盛り上がって見えているばかりでした。
 もう二度とチビに会えなくなるなんて、こんにゃくさんは、そんなこと考えたこともなかったのです。いつまでもいつまでも一緒にいて、いつまでもいつまでも遊んでいたかったのです。いつまでも、いつまでも。
 そして、チビが死んでしばらくたったある日曜日のことでした。
 目をさましたばかりのこんにゃくさんは、まだ半分眠ったまま、お布団の中でぼんやりと、今日はチビを連れて公園に遊びに行こうと思ったのです。それから、はっとしてチビはもういなかったのを思い出しました。
 知らないうちに涙がぼろぼろと流れだしてとまりません。チビがいないことが、こんなにさびしいものだなんて、思ってもみませんでした。
 こんにゃくさんは、ひとりぼっちになってしまったような気がしていました。
 それは、家にはおとうさんもおかあさんもいるし、妹だっています。学校に行けばお友だちだっています。けれどそれでも、チビがいた時とは違います。
 チビはこんにゃくさんがうれしい時も悲しい時も、いつでも一緒にそばにいてくれる大切な仲間だったのです。学校でいやなことがあっても、チビがいればすぐに忘れてしまえました。チビと一緒ならなんにもこわくありませんでした。
 それなのに、チビったらどうして死んでしまったのでしょう。こんにゃくさんは、心の底からさびしいと思いました。
 仲良しの山田さんや小島さんと一緒に遊んでいる時だって、本当はとってもさびしいのです。
 こんにゃくさんの気持ちをよくわかってくれて、こんにゃくさんのそばにいつも一緒にいてくれるような、そんな友達ってどこかにいないのでしょうか。
 いつまでもいつまでも、こんにゃくさんと一緒にいてくれる本当の友達っていないのでしょうか。
 (ああ、本当のお友だちがほしいなあ)
 こんにゃくさんがいつまでもお布団にもぐりこんで考えていたので、とうとうおかあさんが部屋にやってきました。


つづく
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『公園のお風呂ダヌキ』-17

2010-07-26 17:53:18 | 連載
 門の中には広い庭があって、その向こうに屋根に十字架のついた高い建物が見えていました。
 こんにゃくさんは門の中に入ってみたかったのですけど、見つかると叱られそうな気がして、門の前をうろうろしていました。そのうちにふと思いついて、教会全体を囲んでいる生け垣に沿ってぐるっと一周してみることにしました、生け垣の切れ目からは、中の様子がちょっぴり見えるのです。
 ところが、こんにゃくさんとチビがちょうど教会の裏手のあたりにきた時、横の道から大きな犬が出てきて、ものすごい声でほえかかりました。チビなんかよりずっと大きくておっかない顔をしている犬です。
 こんにゃくさんはびっくり仰天して、チビのリードを引っぱると後ろも見ずに逃げて走りました。
 「ああ、こわかった。びっくりしたあ」
 初めに来た門のところまで戻って、こんにゃくさんがやっと立ち止まると、チビもそこに座りこみました。
 あんまり走ったので暑くてたまりません。チビも息をきらしています。
 その時でした。
 こんにゃくさんがなにげなく目を上げると、門のすぐそばに小さな看板があって、なにか書いてあるのに気がつきました。
 近づいてよく見ると、ミサや日曜学校の始まる時間と一緒に、聖書からの言葉らしいものが書いてあるのでした。
   
   『神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された、
   独り子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
   ーヨハネ福音書三章十六節ー』
 
 こんにゃくさんはドキッとしました。どこかで見たような、聞いたような気がしたからです。
 そのうちにこんにゃくさんは、あっ、と思いました。
 (お風呂ダヌキさんの宿題・・・宿題のヒントだって言ってた・・・)
 タヌキは、宿題のヒントは永遠の命とかなんとか言っていました。だけど、それと教会や聖書と、どのような関係があるのでしょう。
 「なんだかちっともわかんない。なんのことなのかなあ」
 こんにゃくさんがぶつぶつ言っていると、チビは何もわからないのに尾っぽを振ってお手をしました。
 「わかった、わかったよもう。おなかすいたんだね。チビ、わかったから帰ろうね」
 帰りの道は来た時よりずっと遠いような気がしました。だって、のどはからから、おなかもぺこぺこでしたから。

 
 こんにゃくさんが、次にその教会に行ったのはそれからずいぶんたって、もう秋も終わり近くなった頃でした。
 けれども、チビは一緒ではありません。チビは死んでしまったのです。
 

つづく
 
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