溢れる涙で私自身を洗い上げたい
大声で嘆き悲しんで心の荷物を軽くしたい
だけど
欠落した私の体からは
涙の一粒も落ちてはくれない
口を開けてもわずかな声しか出ない
私の居場所は死という所のはず・・・なのに
僕の入院は、延びてしまった。
失った聴力の為に、科を移動になった。
これからいくつかの検査になるらしい。
ヤレヤレ・・・途絶えたコミュニケーション。
職場への対応も心配も全て親におっ被せてしまう事になってしまった。僕は、ガラス張りのロケーションのいい待合室ロビーで外の景色を眺めていた。いや、景色なんて見ていない。景色に届く手前の無色透明の時間の流れをただぼんやりと眺めているだけだ。遮断された音の世界に特に焦るでもなく、特に不自由も心配もしていなかった。
ただ・・・
僕は、ポケットからノートとシャープペンシルを出した。詩でも浮かんでくるかなと考えたけど、何も浮かんで来なかった。
ミク・・・
無意識にノートの真ん中に書いていた。
あの日の現場・・・
人が真っ逆さまに降り落ちてくる瞬間。
僕は、気を失うほんの少し前の一瞬だったと思うのだけど、二人の男女が地上に落ちるほんの少し前の一瞬だったと思うのだけど、彼女と目が合っていたんだ。
その目の印象は、焼印の様に、僕の目の裏側から離れていなかった。
真っ黒い大きな瞳は、僕の意識を打ち抜き僕を気絶させたのかもしれない・・・
男にしっかりと抱えられ、つつみ込まれて、その脇から落ち着き払った眼差しで 僕を見つめた彼女の意識は、僕を気遣ったのか・・・
まさに地上につながった後の惨事を予測した目で、血の海の現実を見ないで済みますようにと、僕の意識に 幕を降ろしたのかもしれない。
嫌。
実際、何もわからない、そもそも、そんな出来事事態なかったかもしれない。
僕は、無意識に、ノートにミクと書いていた。
未来って書くのかな・・・
誰かが僕の肩をノックした。振り向くと、看護師が僕に向かって何かを話していた。
「僕、何も聴こえないよ。」
ゴ・メ・ンという口の動きと共に、僕の手のシャープペンシルを優しく抜き取った。僕の足元にしゃがんで、僕の足にノートを置いて文字を書き始めた。
ほんの 少しだけ襟元から薄いピンクのブラジャーと温かそうな胸元が見えた。
きれいな顔立ちだ、そして、そんな自分にも、しっかりと自信を持っている感じが伝わっ てきた。
僕より少し年上かな・・・
「38」
僕は窓の外を眺めつぶやいた。次の瞬間、彼女の書いているペンの手が止まった。
満面の笑顔で僕を見上げ、大きく頷き。「ソノトオリ」と、「スゴイ」と、口が動くのがわかった。
空気が和んだ。ノートには、「検査ですよ。頭のレントゲンを撮りに行きましょう」と書かれていた。「はい。頭をスライスしてもらいに行きますか」僕はぶっきらぼうに、そして笑顔で答えた。そして、立ち上がった。僕は、38歳の素敵なピンクの下着をつけた、綺麗な、自分に自信満々な看護師の後ろについていった。耳が聞こえない・・・目からの情報・・・
僕は、看護師の背中に唐突に話しかけた。
「僕が、倒れていた現場は、僕の他に」そこまで言って看護師は、立ち止まり僕を振り返った。その顔は真剣な真顔で表情すら無かった。
僕に近づき、僕の手の 中のノートを手早く取り、文字を書き殴っていた。そして、書き終わるとノートを閉じて僕に持たせ、右手で僕の背中を押した。彼女の手は、僕の背中に残った まま、廊下を進んだ。
やがて、彼女の手が背中ではっきりとゆっくりと動いた。
文字を書いているようだ。
ア ト デ ヨ ン デ
僕は、黙って頷いた。
ナ ガ オ ミ ク
「ナガオミク?」僕は看護師を見て聴いた。
彼女は、眉を上に上げて、そうだよという表情をした。
僕は、MRIの部屋に通された。看護師は、僕の肩を2回ポンと叩いて、来た廊下を戻っていった。
僕は、部屋の待合室に通された。すでに、2人の患者が待っていた。僕は、黄色いパイプイスに腰掛け、ノートを開いた。彼女の書き殴ったにしては、字まで上品さをかもし出していた。
驚きの事実と安堵の内容が書かれていた。
彼女は、この病院に入院している。何か知っている事があったら言ってね。警察が、後でアナタを尋ねて来ると思う。
僕は、彼女の文字の後に、カタカナで、ナガオミクと書き足して、ノートを閉じて天井を見上げた。
彼女は、この病院にいるんだ。てことは、生きているんだ。警察が何を聴きに来ると言うんだろう。
深いため息をついた時、誰かが僕の肩をたたいた。体の大きい検査技師が向こうのドアを指差した。僕は「お願いします」と気だるく返事をして、指示された通り向こうのドアへ向かった。
彼女は生きているんだ。男は・・・生きているのだろうか。マンションの屋上から地上へのダイブ。生きているんだ、しかもこの病院のどこかに、今もいるんだ。
大声で嘆き悲しんで心の荷物を軽くしたい
だけど
欠落した私の体からは
涙の一粒も落ちてはくれない
口を開けてもわずかな声しか出ない
私の居場所は死という所のはず・・・なのに
僕の入院は、延びてしまった。
失った聴力の為に、科を移動になった。
これからいくつかの検査になるらしい。
ヤレヤレ・・・途絶えたコミュニケーション。
職場への対応も心配も全て親におっ被せてしまう事になってしまった。僕は、ガラス張りのロケーションのいい待合室ロビーで外の景色を眺めていた。いや、景色なんて見ていない。景色に届く手前の無色透明の時間の流れをただぼんやりと眺めているだけだ。遮断された音の世界に特に焦るでもなく、特に不自由も心配もしていなかった。
ただ・・・
僕は、ポケットからノートとシャープペンシルを出した。詩でも浮かんでくるかなと考えたけど、何も浮かんで来なかった。
ミク・・・
無意識にノートの真ん中に書いていた。
あの日の現場・・・
人が真っ逆さまに降り落ちてくる瞬間。
僕は、気を失うほんの少し前の一瞬だったと思うのだけど、二人の男女が地上に落ちるほんの少し前の一瞬だったと思うのだけど、彼女と目が合っていたんだ。
その目の印象は、焼印の様に、僕の目の裏側から離れていなかった。
真っ黒い大きな瞳は、僕の意識を打ち抜き僕を気絶させたのかもしれない・・・
男にしっかりと抱えられ、つつみ込まれて、その脇から落ち着き払った眼差しで 僕を見つめた彼女の意識は、僕を気遣ったのか・・・
まさに地上につながった後の惨事を予測した目で、血の海の現実を見ないで済みますようにと、僕の意識に 幕を降ろしたのかもしれない。
嫌。
実際、何もわからない、そもそも、そんな出来事事態なかったかもしれない。
僕は、無意識に、ノートにミクと書いていた。
未来って書くのかな・・・
誰かが僕の肩をノックした。振り向くと、看護師が僕に向かって何かを話していた。
「僕、何も聴こえないよ。」
ゴ・メ・ンという口の動きと共に、僕の手のシャープペンシルを優しく抜き取った。僕の足元にしゃがんで、僕の足にノートを置いて文字を書き始めた。
ほんの 少しだけ襟元から薄いピンクのブラジャーと温かそうな胸元が見えた。
きれいな顔立ちだ、そして、そんな自分にも、しっかりと自信を持っている感じが伝わっ てきた。
僕より少し年上かな・・・
「38」
僕は窓の外を眺めつぶやいた。次の瞬間、彼女の書いているペンの手が止まった。
満面の笑顔で僕を見上げ、大きく頷き。「ソノトオリ」と、「スゴイ」と、口が動くのがわかった。
空気が和んだ。ノートには、「検査ですよ。頭のレントゲンを撮りに行きましょう」と書かれていた。「はい。頭をスライスしてもらいに行きますか」僕はぶっきらぼうに、そして笑顔で答えた。そして、立ち上がった。僕は、38歳の素敵なピンクの下着をつけた、綺麗な、自分に自信満々な看護師の後ろについていった。耳が聞こえない・・・目からの情報・・・
僕は、看護師の背中に唐突に話しかけた。
「僕が、倒れていた現場は、僕の他に」そこまで言って看護師は、立ち止まり僕を振り返った。その顔は真剣な真顔で表情すら無かった。
僕に近づき、僕の手の 中のノートを手早く取り、文字を書き殴っていた。そして、書き終わるとノートを閉じて僕に持たせ、右手で僕の背中を押した。彼女の手は、僕の背中に残った まま、廊下を進んだ。
やがて、彼女の手が背中ではっきりとゆっくりと動いた。
文字を書いているようだ。
ア ト デ ヨ ン デ
僕は、黙って頷いた。
ナ ガ オ ミ ク
「ナガオミク?」僕は看護師を見て聴いた。
彼女は、眉を上に上げて、そうだよという表情をした。
僕は、MRIの部屋に通された。看護師は、僕の肩を2回ポンと叩いて、来た廊下を戻っていった。
僕は、部屋の待合室に通された。すでに、2人の患者が待っていた。僕は、黄色いパイプイスに腰掛け、ノートを開いた。彼女の書き殴ったにしては、字まで上品さをかもし出していた。
驚きの事実と安堵の内容が書かれていた。
彼女は、この病院に入院している。何か知っている事があったら言ってね。警察が、後でアナタを尋ねて来ると思う。
僕は、彼女の文字の後に、カタカナで、ナガオミクと書き足して、ノートを閉じて天井を見上げた。
彼女は、この病院にいるんだ。てことは、生きているんだ。警察が何を聴きに来ると言うんだろう。
深いため息をついた時、誰かが僕の肩をたたいた。体の大きい検査技師が向こうのドアを指差した。僕は「お願いします」と気だるく返事をして、指示された通り向こうのドアへ向かった。
彼女は生きているんだ。男は・・・生きているのだろうか。マンションの屋上から地上へのダイブ。生きているんだ、しかもこの病院のどこかに、今もいるんだ。