今日は、朝からWHITE CROSS関連で、東京LA間会議をこなしました。順調に進んでいます。
その後、AndersonのキャンパスにてClass of 1997の金子先輩にお会いしていました。この夏の東京でのUCLAの学校説明会/World MBA Tour でお会いさせて頂いて以降、メールでやり取りをさせて頂いていたのですが、金子先輩しかり、ビジネスの第一線で戦われている先輩方とお会いさせて頂くと背筋が伸びます。

Andersonの先輩のお話を聞かせて頂けるのは、ありがたいです。次回は東京でお会いさせて頂く約束を致しました。
その後、私へのNozawa Scholarship授与を決定して下さった、オオウチ教授にお会いさせて頂きました。オオウチ教授は日系三世で、今は教鞭をとる事はやめ、UCLA の医療関係のベンチャーのインキュベーションや、医療を中心に大学の仕組みづくりに奔走されているとの事でした。
このオオウチ教授・・・話が無茶苦茶面白い方で、15分の予定が気づけば1時間も教授のオフィスで話をさせていただいていました。

大きく分けると2つの素晴らしい話が聞けました。
まず、Nozawa Scholarshipについてです。
昔々、LAに日本人の野沢御夫妻がおられたとの事です。野沢さんは、Panasonicから電気炊飯器を米国市場に広めて欲しいと御願いされ、適役の人が見つからなかったので、自分自身で販路開拓をして大ヒットさせたとの事。
当時の米国では、電気炊飯器は全く知られていなかったため、お客さんの中には、”電気炊飯器にお米をセットし、炊飯器ごとオーブンに入れてお米を炊こうとしたら炊飯器が黒こげになった”というクレームを出す人まで居たとの事でした。
苦労の末に何とかヒットさせた結果、Panasonicの他の家電についても、西海岸での販売を優先的に依頼され、巨万の富を築き上げたとの事です。
そして、今から四半世紀以上前に、野沢さんがなくなられる直前に、既にUCLAに在籍していたオオウチ教授に連絡があり、「これから先、中長期的に日米関係がどうなるかはわからない。もし、この先2国間関係が崩れた際に、両国間でinformalに話しができるリーダー層を育て上げて欲しい。そういう人材を一人でも育てる事が、日米両国が道を誤らないための布石になるのではないかと思い、その為の寄付をしたい。」との申し出があったとのことです。
その結果、Anderson School に、私費の日本人のみを対象とした奨学金制度が設けられ、野沢さんの亡くなられ最初の基金が尽きた後も、奥様がその意志を継ぎ寄付を継続され、今日に居たっているとの事でした。
オオウチ教授からは、「貴方はこの奨学金にふさわしい。野沢御夫妻の意志を絶やさないように・・・しっかりと進まれて下さい」と身に余る御言葉を頂きました。
確かに、日米関係に限らず、二国間関係の緊張等は、今の日本が直面している課題です。とは言え、今後なにがあっても、Andersonで出会って、友達として同じ時間を過ごしてきた各国出身の友人達との個人としての人間関係が変化するとは考えられません。
全米でJapanバッシングが起こっていた時代に、野沢御夫妻が何を感じ、この奨学金制度を作ったのか・・・日本の国際関係が不安定な今だからこそ、一層考えさせられるものがあります。
そして、もう1つは、WHITE CROSSについて話をしていた際に、医療関連のデータベースを作りあげる事に関連して、オオウチ教授が語ってくれたUCLAを含むカリフォルニア大学群の医療系データベース及びそれを支えるエコシステムの凄まじさについてです。
カルフォルニア大学群では、UCLAを中心にして、日本で言う所の一般病院から高度専門医療センターに至る全てのレベルの病院を抱えており、効果的かつ効率的に医療データ/生検サンプル/ニーズ等が共有/データベース化されており、ここ1~2年でその量/質ともに世界で唯一無二の存在となってきているとのこと。また、UCLAの工学部など各学部との連携を元に、そのデータベース/医療機関を中心に医療関連研究/医療機器開発/創薬が進められているとの事でした。
最近まで、東海岸のマサチューセッツにてHarvardを中心に、同じような医療データベースおよびエコシステムを作り上げようとしたのだが、12年もの議論の後に、母体が異なる医療機関同士の争いが原因で白紙化されたとのことでした。その点、カリフォルニア大学システムという共通の母体を持っていたため、僅か1~2年で上記のエコシステムは形をなし、それを支えるインフラに$250Mを投じる計画が承認され、世界中の他の総合大学の追従を許さない圧倒的な強みが形成され始めているとのことでした。
昨年、HarvardからUCLAに移籍してきた研究者に理由を聞いた所、彼がHarvardで5年間苦心した末に構築出来なかった速度で、医療情報/生検サンプル等が共有されてくる環境がUCLAにはあったためだとの答えを得たと、教授は誇らしげでした。
MBA1年目の春学期に最初参加し、後に公聴に切りかえた、UCLA の付属病院が抱えている課題解決を目指して医療機器開発を行うという医学部や工学部などとの合同コースを思い出し話した所、「ABI (Advancing Bioengineering Innovations )でしょ?それは、私がStanfrod大学からUCLAに移植したコースだよ。」とのこと。
上記の全てに、オオウチ教授はleading personとして深く関わり、エコシステムの全容を作り上げてきたとのこと。話を聞いていると、UCLAの大学としてのあり方そのものが、教授であるかのように感じました。
先日のUS News & World Report にて、UCLAは世界大学ランキングで過去最高位の8位にランクされました。在校生として、素直に誇らしい事です。多くの事は、立つ瀬によって見え方が異なりますが、自分の居る環境を肯定し、建設的な姿勢で居る事は大切です。それ以上に、UCLAがそのレピュテーションを築き上げてきた裏には、オオウチ教授のような方々の長年にわたる献身があったからなんだな・・・と実感出来ました。
オオウチ教授とお話しさせて頂くまでは、大学が評価を挙げて行くという事が具体的にはどういう事なのか、想像した事もありませんでした。
最後に教授は、
「これからも、いつでも遊びにきなさい!楽しみにしています。」
と言って、送り出して下さいました。
今日もまた、素晴らしい学びを得る事が出来ました。
その後、AndersonのキャンパスにてClass of 1997の金子先輩にお会いしていました。この夏の東京でのUCLAの学校説明会/World MBA Tour でお会いさせて頂いて以降、メールでやり取りをさせて頂いていたのですが、金子先輩しかり、ビジネスの第一線で戦われている先輩方とお会いさせて頂くと背筋が伸びます。

Andersonの先輩のお話を聞かせて頂けるのは、ありがたいです。次回は東京でお会いさせて頂く約束を致しました。
その後、私へのNozawa Scholarship授与を決定して下さった、オオウチ教授にお会いさせて頂きました。オオウチ教授は日系三世で、今は教鞭をとる事はやめ、UCLA の医療関係のベンチャーのインキュベーションや、医療を中心に大学の仕組みづくりに奔走されているとの事でした。
このオオウチ教授・・・話が無茶苦茶面白い方で、15分の予定が気づけば1時間も教授のオフィスで話をさせていただいていました。

大きく分けると2つの素晴らしい話が聞けました。
まず、Nozawa Scholarshipについてです。
昔々、LAに日本人の野沢御夫妻がおられたとの事です。野沢さんは、Panasonicから電気炊飯器を米国市場に広めて欲しいと御願いされ、適役の人が見つからなかったので、自分自身で販路開拓をして大ヒットさせたとの事。
当時の米国では、電気炊飯器は全く知られていなかったため、お客さんの中には、”電気炊飯器にお米をセットし、炊飯器ごとオーブンに入れてお米を炊こうとしたら炊飯器が黒こげになった”というクレームを出す人まで居たとの事でした。
苦労の末に何とかヒットさせた結果、Panasonicの他の家電についても、西海岸での販売を優先的に依頼され、巨万の富を築き上げたとの事です。
そして、今から四半世紀以上前に、野沢さんがなくなられる直前に、既にUCLAに在籍していたオオウチ教授に連絡があり、「これから先、中長期的に日米関係がどうなるかはわからない。もし、この先2国間関係が崩れた際に、両国間でinformalに話しができるリーダー層を育て上げて欲しい。そういう人材を一人でも育てる事が、日米両国が道を誤らないための布石になるのではないかと思い、その為の寄付をしたい。」との申し出があったとのことです。
その結果、Anderson School に、私費の日本人のみを対象とした奨学金制度が設けられ、野沢さんの亡くなられ最初の基金が尽きた後も、奥様がその意志を継ぎ寄付を継続され、今日に居たっているとの事でした。
オオウチ教授からは、「貴方はこの奨学金にふさわしい。野沢御夫妻の意志を絶やさないように・・・しっかりと進まれて下さい」と身に余る御言葉を頂きました。
確かに、日米関係に限らず、二国間関係の緊張等は、今の日本が直面している課題です。とは言え、今後なにがあっても、Andersonで出会って、友達として同じ時間を過ごしてきた各国出身の友人達との個人としての人間関係が変化するとは考えられません。
全米でJapanバッシングが起こっていた時代に、野沢御夫妻が何を感じ、この奨学金制度を作ったのか・・・日本の国際関係が不安定な今だからこそ、一層考えさせられるものがあります。
そして、もう1つは、WHITE CROSSについて話をしていた際に、医療関連のデータベースを作りあげる事に関連して、オオウチ教授が語ってくれたUCLAを含むカリフォルニア大学群の医療系データベース及びそれを支えるエコシステムの凄まじさについてです。
カルフォルニア大学群では、UCLAを中心にして、日本で言う所の一般病院から高度専門医療センターに至る全てのレベルの病院を抱えており、効果的かつ効率的に医療データ/生検サンプル/ニーズ等が共有/データベース化されており、ここ1~2年でその量/質ともに世界で唯一無二の存在となってきているとのこと。また、UCLAの工学部など各学部との連携を元に、そのデータベース/医療機関を中心に医療関連研究/医療機器開発/創薬が進められているとの事でした。
最近まで、東海岸のマサチューセッツにてHarvardを中心に、同じような医療データベースおよびエコシステムを作り上げようとしたのだが、12年もの議論の後に、母体が異なる医療機関同士の争いが原因で白紙化されたとのことでした。その点、カリフォルニア大学システムという共通の母体を持っていたため、僅か1~2年で上記のエコシステムは形をなし、それを支えるインフラに$250Mを投じる計画が承認され、世界中の他の総合大学の追従を許さない圧倒的な強みが形成され始めているとのことでした。
昨年、HarvardからUCLAに移籍してきた研究者に理由を聞いた所、彼がHarvardで5年間苦心した末に構築出来なかった速度で、医療情報/生検サンプル等が共有されてくる環境がUCLAにはあったためだとの答えを得たと、教授は誇らしげでした。
MBA1年目の春学期に最初参加し、後に公聴に切りかえた、UCLA の付属病院が抱えている課題解決を目指して医療機器開発を行うという医学部や工学部などとの合同コースを思い出し話した所、「ABI (Advancing Bioengineering Innovations )でしょ?それは、私がStanfrod大学からUCLAに移植したコースだよ。」とのこと。
上記の全てに、オオウチ教授はleading personとして深く関わり、エコシステムの全容を作り上げてきたとのこと。話を聞いていると、UCLAの大学としてのあり方そのものが、教授であるかのように感じました。
先日のUS News & World Report にて、UCLAは世界大学ランキングで過去最高位の8位にランクされました。在校生として、素直に誇らしい事です。多くの事は、立つ瀬によって見え方が異なりますが、自分の居る環境を肯定し、建設的な姿勢で居る事は大切です。それ以上に、UCLAがそのレピュテーションを築き上げてきた裏には、オオウチ教授のような方々の長年にわたる献身があったからなんだな・・・と実感出来ました。
オオウチ教授とお話しさせて頂くまでは、大学が評価を挙げて行くという事が具体的にはどういう事なのか、想像した事もありませんでした。
最後に教授は、
「これからも、いつでも遊びにきなさい!楽しみにしています。」
と言って、送り出して下さいました。
今日もまた、素晴らしい学びを得る事が出来ました。