PC系に好奇心を持って取り組む日々

PCを中心に、様々な人と縁して、新たな事へのチャレンジする様子を綴ってみました。

Re:お元気で

2024年07月11日 | 仕事
『これが、昔の仕事仲間からの最後のメールとなるかな?。』
契約社員として働いていたが、それも年齢と若手の台頭等で、仕事がなくなってしまった。
その後は、それまで経験したことのない工場ラインの派遣労働者。
当然のことながら、
「若い人と一緒の流れ作業には付いていけない」
とのこと。
私『それは当然ですよ。それまでを似た仕事に携わってきた若手と間もなく高齢域となる貴男では無理ですよ。』
彼「楽な道しか選択して来なかったから今がこんなだろうね。」

そんな私のこれまでの道は決して楽ではなかった。
リーマンショック後の地獄の日々。
それを乗り越えての今の私がある。
今の仕事は、
『私が絶対に就きたくない二つの仕事の内の一つ。』
それが何と今では
『不思議なものだ。そんな仕事が長いお付き合いとなった。』

そんな彼を客観視出来ずに諸々と寄り添っていたが、些か我が心労が重なってきた。
『彼とは、少し時間をおくか』

かつての苦い経験

2024年06月25日 | 仕事
今、かつて私が某・病院のシステム構築の一部を応援していたその病院に検査ア通院を始めた。

しかし、その大・病院のシステム構築の時に、私が作成していたプログラムについてチームリーダーに提言した記憶が鮮明に残っている。
それは20年前の出来事なのに未だに忘れない。

私『このプログラム構造設計だといずれかDBがパンクしますよ。』
ところが、その時の無能なチームリーダーは、
呆・チームリーダー『大丈夫。』
何も調べずに無責任な返答。
私<この馬鹿な奴>

すると案の定、約20年経過した頃に、
(当時の)呆・チームリーダー『あのシステムのDBパンクして病院全体のシステムがダウンしてしまった。覚えている?。』
聞き覚えの電話の声。
私『そんな昔の事は覚えていないですよ。』
とは言ったものの
私<言わんこっちゃない。人の言った忠言を無視するからだよ。アホ。>
ものの当時の元受けは、その無能なリーダーの会社。
それを応援したのが(派遣契約の)私。
故に、私が今回に関わる事は避けたい。
電話が有った当時は、こんな会話をした。

しかし、
今、その病院に私が検査通院していて感じる。
私『この病院に都合をつけて、自分の病気を抱えて大変な思いをして此の大・病院に通院している。当時の自分に言い聞かせたい「そんなボケリーダーの元受けに直訴すべきだよ。此の病院に来ている方のことを考えなよ。」とね。』
この大・病院の玄関ドアが開く度に思い出される記憶である。


我が振る舞い

2024年05月07日 | 仕事
月給制の管理職がいくら偉そうな言葉を言っても、従業員の模範となるべく振る舞いをせねば誰も付いていかない。
まだ終業時間前だと言うのに先に他の従業員が働いているのに先にタイムカード打刻するなど以ての外。
だから、
どうしようもない従業員が繁殖する。
もっとも、それらを指導すべき経営陣もだらしない。
「この会社の先行きは、暗いね」

会社で嫌なことがあれば

2024年03月24日 | 仕事
「誰もがやりたがらない便所掃除をするかね。」
最近、汚れが気になってきたが、誰もが放置状態で、そのままとなっている便所掃除を、少し家を早出しての作業開始。
「何か便所用の強力な洗剤が欲しいね。」
以前に此の事を会社に要望を上げたが、無視。
「便所は、気持ち良く使いたいものだね。」

そんな仕事前に気分転換をしての始業。
「今日は、良きことがあるかな。」

あるべき姿の会社組織とは、

2024年03月13日 | 仕事
今の会社に転職して約1年半。
当初より此の会社への期待薄。
それが最近に顕著に現れた。
それもお客様から苦情&お褒めの言葉から。
この業界は、客商売。
お客様があってこその商売。
TOPは、未来を見据えた展開と経営指標を示さねばならぬ。
自分の懐勘定ばかりを追っていて、過去の栄光に浸っていては、滅びるのみ。
また、
従業員も、従業員同士もある面では客である。
「次に乗務する従業員が如何に気持ちよく仕事が出来るか」
こんな配慮も必要。
従業員も、自分の満足ばかりを追い、お客様のサポートが蔑ろにしていてはダメ。

そんな事も一番の末端の定年の私が、ふと感じる。