ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか

2007-02-13 01:20:28 | Weblog
 ティプトリーの小説を夜中に読む。まだ我が目で見ぬ地球の外側に想いだけは馳せながら、体は日本という小さな島国の、其の又小さな東京の一地域である、“東久留米”という街の地酒を吸収する。もっとも、地酒なのに東村山市産。それが久留米人クオリティ。 
 21世紀を生きる私達の“生”の実感はほとんど<社会>という閉じたシステムの中にある。原始的共同体においては、アニミズムやトーテミズムに見られるように、動物だろうが森だろうが死者だろうが、<世界>のあらゆるものがコミュニケーション可能なものとして体験されていたわけだが、主に言語の発達により<社会>が複雑になると、コミュニケーション可能なものとコミュニケーション不可能なものとが区別されるようになり、<世界>から<社会>が乖離するようになった。それゆえ<世界>が<社会>の外側に位置するようになり、近代人は<社会>という閉じたシステムで“生”を構築し、<世界>と接し難い存在となってしまった。
 <世界>とはもちろんあらゆる全体の事である。だが誰しも幼い頃、この問いにぶつかったに違いない。『<世界>はなんであんのよ?』『この<世界>の外側って何よ?』。高校の時も飲み会中にこの話になって皆が異常に“何か”を恐れた覚えがある。そうだ、確か石神井公園の“スマイリージョウ”という胡散臭い焼き鳥屋だった。小学校の時のホワイトデーに嫌いだった子に“意思”ならぬ“石”を丁寧に包装紙に包んでプレゼントするという今となっては駄洒落にもならない暴挙に出たように幼い頃から神をも恐れぬ少年であったが、この“スマイリージョウ”では<世界>の外側という事柄に鳥肌が立つほど戦慄したものだった。
 だが、『<世界>は何故あるの?』『この<世界>の外側って何よ?』という問いは答えを突き詰めると必ずパラドクスに陥る。何故なら、創世の神は<世界>のどこにいるのかと考えた時、<世界>の中にいたら<世界>を創れない。とはいえ外にいたら、ありとあらゆる全体が<世界>だという定義に反し、また<世界>の外に事物を人は認識できないので、神の概念は宙に浮いてしまうのだ。
 もっとも、あの焼き鳥屋で<世界>の外側に戦慄した少年itu君の悩みは、数年後にゲーデルの不完全性定理と出会う事により無矛盾な形式論理で<世界>は完全に覆えない事に気付き解決する。要するに“<世界>は規定不可能なのだ”と。
 だが、そういった<世界>の本源的未規定性ゆえに、自己完結した<社会>の中に不意に名状しがたい<世界>が閲入する時がある。それは特定宗教の装置的機能を持った説明原理としての“神”如き存在とは異なる意味での<世界>だ。その<世界>を感じた時、<社会>の外が突如可視的となり、同時に、<世界>の中にたまさか<社会>があるに過ぎないという事が露になる。
 もうすぐ、桜が咲く。それらが芽吹くのを少し覗いてみるだけでも、おそらく<世界>は少し顔を見せてくれるに違いない。そして、そういった時にこそ<世界>の外側等という大袈裟なものではなく、生物学者レイチェル・カーソンが言う“sense of wonder”のように<世界>そのものの断片々々が奇跡的だという事に気付いて驚嘆せざるをえないのだ。

《今日のお薦め》 
センス・オブ・ワンダー    Rachel L. Carson (原著), 上遠 恵子 (翻訳)

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5 コメント

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Unknown (itu)
2007-02-13 14:51:42
今、自分の携帯でこの文見てみましたが、パソコンの特定の記号を携帯側に変換できないのか〈世界〉、〈社会〉のように〈〉に挟まれた文字が消えてしまいわけのわからない言葉羅列になってる箇所が多々あります… 一応帰ったら違う記号に直しますが、パソコンだと問題なく見れるのでできればパソコンで見ていただけると幸いです
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Unknown (美奈)
2007-02-16 03:05:11
私もセンスオブワンダー見たことありますがとても感動的ですよね!あの本に子供の頃は誰しもが持っているはずの未知のものに対する驚きという感覚の大切さに凄い気付かされたような気がします。ituさんの文章は鋭い知性と感性に裏打ちされていてとても面白くて魅力的ですね\(^O^)/ブクマさせていただきます。
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Unknown (itu)
2007-02-18 01:49:41
はじめまして。センスオブワンダーはとても魅力的な本ですよね。レイチェル・カーソンのような方には足元にも及びませんが少しでも自分の文章で何かを感じていただけたら幸いです。これからもたまに覘きにきてくださいね。
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Unknown (mari)
2007-04-29 14:22:46
トラックバックを頂き、ありがとうございました。
『センス・オブ・ワンダー』はとても好きな本です。
何人かに贈りました。

「『<世界>は何故あるの?』『この<世界>の外側って何よ?』という問い」、考え始めると止まらなくなりますよね。
いつも私の場合“私達はみんな、星のかけら”というところで思考停止になってしまいますが―。

「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか」というタイトルに、この文章。
鳥肌が立ちました。
素晴らしい文章を書いてくださってどうもありがとうございます。
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遅れてすいません! (itu)
2007-05-05 03:55:58
すいません以前の記事だったのでコメント入ってるのに気が付きませんでした!mariさんお久しぶりです!ブログの方はたまに見させて頂いてます。この前、地球と似たような星が見つかったみたいですが、そういうニュースとか聞いてしまうと、やたら色んな事を想像してしまいますよね。微生物くらいはいて欲しいです 笑
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