12年前に阪急京都線 崇禅寺駅で2300系の2315Fを撮りました。
1枚目は、崇禅寺駅を通過する2370の準急 河原町行きです。
右側には以前の白地の駅名標も写っています。

2枚目は後追いですが、淡路駅に向かう2315です。

以下の記事は過去に書いたブログの再掲になります。
2300系は、1960~67年に阪急では初めて回生ブレーキと定速運転の機能を備えた通勤電車として78両が登場しました。
神宝線用の2000系とともに「オートカー」「人工頭脳電車」とも呼ばれ、1961年には2000系とともに鉄道友の会の第1回ローレル賞を受賞しています。
阪急標準車体寸法が採用され、正面形状は三面折妻で直線主体の簡素なスタイルを持つ全金属製車体です。
客用扉は阪急で初めて両開扉を採用し、側窓はワンタッチで開閉可能な一段下降式のユニット窓です。
アルミ合金の窓枠とマルーンの車体色との取り合わせもデザイン的に優れており、これ以後の阪急スタイルを決定付けています。
阪急標準車体寸法が採用されたことから、1969~71年には一部の編成は神戸線でも運用されています。
1978年以降は冷房化、界磁チョッパ制御への制御方式の更新なども行われ、定速運転機能は廃止されたましたが、回生ブレーキは残されました。
1978~81年に冷房化改造、1986~89年に表示幕設置が行われて、表情が変化しています。
長らく京都線系統を中心に運用されましたが、後継車の登場により2001年以降は徐々に引退が進みました。
2010年に嵐山線用の4両編成などが引退した後は、2313F、2315F、2321F、2325Fの7両編成×4編成が現役で残って京都線、千里線で活躍していました。
2315Fは2300系の中では最後から2番目まで現役で残り、2015年に引退しました。
1枚目は、崇禅寺駅を通過する2370の準急 河原町行きです。
右側には以前の白地の駅名標も写っています。

2枚目は後追いですが、淡路駅に向かう2315です。

以下の記事は過去に書いたブログの再掲になります。
2300系は、1960~67年に阪急では初めて回生ブレーキと定速運転の機能を備えた通勤電車として78両が登場しました。
神宝線用の2000系とともに「オートカー」「人工頭脳電車」とも呼ばれ、1961年には2000系とともに鉄道友の会の第1回ローレル賞を受賞しています。
阪急標準車体寸法が採用され、正面形状は三面折妻で直線主体の簡素なスタイルを持つ全金属製車体です。
客用扉は阪急で初めて両開扉を採用し、側窓はワンタッチで開閉可能な一段下降式のユニット窓です。
アルミ合金の窓枠とマルーンの車体色との取り合わせもデザイン的に優れており、これ以後の阪急スタイルを決定付けています。
阪急標準車体寸法が採用されたことから、1969~71年には一部の編成は神戸線でも運用されています。
1978年以降は冷房化、界磁チョッパ制御への制御方式の更新なども行われ、定速運転機能は廃止されたましたが、回生ブレーキは残されました。
1978~81年に冷房化改造、1986~89年に表示幕設置が行われて、表情が変化しています。
長らく京都線系統を中心に運用されましたが、後継車の登場により2001年以降は徐々に引退が進みました。
2010年に嵐山線用の4両編成などが引退した後は、2313F、2315F、2321F、2325Fの7両編成×4編成が現役で残って京都線、千里線で活躍していました。
2315Fは2300系の中では最後から2番目まで現役で残り、2015年に引退しました。