壁には額絵は一枚もなく、あるのは立派な馬の写真ばかりで、それらは所有者の紳士が競馬で第八位に入ったことを物語るものであった。それらを見たフォルチュナ氏の顔に微笑が浮かんだ。
「ははぁ、君は」と彼は思っていた。「いわゆる贅沢趣味の御仁の一人のようだな。私の手に掛かればいちころだ……」
少年の召使いが戻って来て言った。
「主人は食堂にいます。どうぞこちらへ……」
フォルチュナ氏はそちらへ向かった。するとたちまちウィルキー氏と顔をつき合わせる格好になった。相手は朝食のココアを飲んでいた。ウィルキー氏は起床していたばかりでなく、頭のてっぺんから足のつま先まできちんと服装を整えていた。それはもう見事ないでたちで、どこかの大家の馬丁と見紛うほどだった。
ほんの数時間眠っただけで彼はすっかり元気になっていた。彼の性格のもっとも顕著な側面であり、懐が豊かな印である傲慢さも戻ってきていた。見知らぬ男が入ってきたのを見て、彼は目を細めながら相手を眺めまわし、最低の礼儀だけは守って尋ねた。
「どんな御用件でしょうか?」
「失礼ながら、あなた様の財産に関することでお話しがありまして……」
「ああ、それは、生憎ですが、タイミングが悪いですな……ヴァンセンヌの競馬場で人を待たせてるんですよ。僕は馬を一頭持っていて、それが出走するんで……というわけでお分りでしょう?」
フォルチュナ氏は内心ウィルキー氏の自信過剰ぶりを面白がっていた。
「この若造」と彼は思っていた。「俺がなんでここへ来たかを知ったら、これほど急ぎはしないだろうに」 声に出しては、こう言った。
「用件といいますのは、ほんの一分で済みますので……」
「なら、言ってください!」
フォルチュナ氏はまず半開きになっているドアを閉めに行った。あの召使いの少年がある目的を持ってドアをそうしておいたのだ。それからウィルキー氏のすぐそばまで戻って来ると、ひどく秘密めかした口調で言い始めた。
「ある情報通の男がある日突然やってきてこう言ったら、あなたはどうなさいますか。あなたには巨万の富を所有する権利があります、百万、いや二百万かもしれな……」
フォルチュナ氏は自分の言葉の効果を計算していた。彼には確信があった。ウィルキー氏が自分の前に跪くと。だが全然違った。目の前の青年は眉一つ動かさず、この上なく落ち着き払い、口の中に食べ物を含んだまま言った。
「皆まで言わなくていいですよ! あなたは僕にある秘密を売りに来たんでしょ。相続人不在の遺産があって、それが実は僕のものだっていう。残念! あなたは最初の人間じゃなかった」