エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-XI-13

2024-06-07 06:23:02 | 地獄の生活
 「ええ、それに」と彼女は語調を強めて言った。「この手紙が誰かの文章を丸写ししたものであるだけに、これらの間違いは一層注目すべきものになるわね……」
 「えっ!」
 「まさにそのまま、引き写しよ。昨日の夜私はまたこれを取り出して読み返していたとき、これと同じものをどこかで読んだことがある気がしたの。それがどこだったか、どんな状況でだったか何時間もずっと思い出そうとしたけれど駄目だった。ところが今朝になってふと思い出したの。職場の女工員達がそれをよく使っていたのよ。私はそれを読んでよく笑ったものだわ……。それで買い物に出かけた際、本屋に立ち寄ってその本を買ってきたのよ。ほら、そこの暖炉の隅に置いてあるわ。取ってきて」
 パスカルは言われた通りにし、その本を見て驚いた。タイトルはこのようになっていた。
 『必携 手紙文例集 
一般的事例を洩れなく収録 
男性、女性を問わず
日常のあらゆる場面に使える』
「私が印をつけておいたページを見てごらんなさい」 とフェライユール夫人は息子に言った。
パスカルはそのページを開き、読んだ。
『文例198 死を目前にした父親に説得され、恋人と別れ、別の相手と結婚することを誓った若い女性の手紙:
拝啓、私の父である〇〇に死の床から懇願され、私にはそれに背く勇気がありませんでした……云々』
その後に続くのは、綴りの間違いを除いて、この『必携手紙文例集』に載っている愚かしい文章がそっくりそのまま載っていた。これでもう疑いの余地はなかった。パスカルは目から鱗が落ちる思いだった。彼とマルグリット嬢の間に溝を拵えるため二重に仕組まれたこの卑劣な策略を、今や明確かつ論理的に見定めることが出来たのだ。彼の名誉が踏みにじられたのは、マルグリット嬢が彼に愛想を尽かし、彼を拒否することを期待してのことだった。この企みが上手く行かなかったと見て、敵はパスカルが自分の潔白を訴えようとした場合に備え、この偽りの絶交の手紙を考え出したに違いない。
というわけで、彼の愛情はほんの短い間弱らされたとは言え、どのような妥当な推論に乱されることもなく、見かけに騙されることもなかったのだ……。彼が母にこう言ったのは正しかった。
「僕がこんなに打ちのめされているときマルグリットが僕を見捨てるなんてあり得ません。僕に釈明の機会も与えず僕を非難する者たちの方を彼女が信じるなんて、僕には到底信じられません。僕に不利な証拠が挙げられているかもしれません。状況は悪いかもしれませんが、僕は挫けません……」6.7
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