彼女は自分の抱える問題で頭が一杯だったので、マダム・レオンのことを忘れていたが、マダム・レオンの方では忘れるどころか、先ほどからずっとサロンのドアにぴたりと貼り付き、身を丸めて聞き耳を立てており、ギュスターヴ中尉と大事なお嬢様とのやり取りの内容がひとつも聞き取れないことを悔しがっていた。
思い返し反省すること、をマルグリット嬢はしようと思わなかった。真相を勘づかれてしまったことや、峻厳さを押し通すことが出来なかったことなどは、今やどうでもよかった。中尉から強引に要求された約束を彼女は守り抜く決心をしていたからだ。それでも心のどこかでは、不思議な虫の知らせがあり、『将軍』夫妻への処罰はやはり相当なものになるであろうし、彼らの息子はどんなに厳しい裁判官より彼らに情け容赦ないであろうと感じていた。
大事なことは、かの老治安判事に事態を知らせることだ。彼女は手早く二枚の便箋に今夜起きた事を書き記した。明日にはこの手紙をポストに入れる機会を見つけることが出来るであろう。
この仕事が終わったので、まだ早い時間ではあったが、彼女はベッドに横になり、頭から離れようとしない苦しい思いから逃れようと、本を一冊手に取った。ああ、しかし、それは儚い望みだった。
彼女の目は文字を読み、行を追い、ページからページへと移って行くのだが、心は意志に反して勝手に駆け出して行き、あのいかにも我に成算ありという顔付きの少年、パスカルを見つけ出してやると誓ってくれたあの少年のことを考えてしまうのだった。
真夜中を少し過ぎた頃、フォンデージ夫人が劇場から帰宅し、すぐに小間使いの女中に厳しい口調で叱責を始めた。部屋に火を入れておかなかったことで……。
かなり後になって『将軍』も帰宅した。歌を口ずさみつつ上機嫌の態であった。
「息子さんとは会ってないんだわ」とマルグリット嬢は思った。
それやこれやの心配事でマルグリット嬢の頭の中は一杯になり、彼女を酷く苦しめた。なかなか寝付くことが出来ず、明け方になってようやくまどろみに落ちたが、それも長くは続かなかった。まだ七時半にもならない頃、彼女は家の中から聞こえてくる意味不明の喧騒とハンマーの音で目が覚めた。
何事だろうかと、その理由を考えていたとき、フォンデージ夫人が既に着飾った姿でマルグリット嬢の部屋に入ってきた。バッスルで腰の後ろをとてつもなく膨らませ、三層になったスカートを纏った姿だった。
「貴女を連れ出しに来たのよ、マルグリットちゃん」と彼女は言った。「この館の所有者がついに家の修理を承知したので、工事人たちが私たちのアパルトマンの中に入ってきたの。『将軍』はもう避難をしましたよ。私たちもそうしましょう……。さぁ貴女も綺麗にして、早く出て行きましょう」9.2
思い返し反省すること、をマルグリット嬢はしようと思わなかった。真相を勘づかれてしまったことや、峻厳さを押し通すことが出来なかったことなどは、今やどうでもよかった。中尉から強引に要求された約束を彼女は守り抜く決心をしていたからだ。それでも心のどこかでは、不思議な虫の知らせがあり、『将軍』夫妻への処罰はやはり相当なものになるであろうし、彼らの息子はどんなに厳しい裁判官より彼らに情け容赦ないであろうと感じていた。
大事なことは、かの老治安判事に事態を知らせることだ。彼女は手早く二枚の便箋に今夜起きた事を書き記した。明日にはこの手紙をポストに入れる機会を見つけることが出来るであろう。
この仕事が終わったので、まだ早い時間ではあったが、彼女はベッドに横になり、頭から離れようとしない苦しい思いから逃れようと、本を一冊手に取った。ああ、しかし、それは儚い望みだった。
彼女の目は文字を読み、行を追い、ページからページへと移って行くのだが、心は意志に反して勝手に駆け出して行き、あのいかにも我に成算ありという顔付きの少年、パスカルを見つけ出してやると誓ってくれたあの少年のことを考えてしまうのだった。
真夜中を少し過ぎた頃、フォンデージ夫人が劇場から帰宅し、すぐに小間使いの女中に厳しい口調で叱責を始めた。部屋に火を入れておかなかったことで……。
かなり後になって『将軍』も帰宅した。歌を口ずさみつつ上機嫌の態であった。
「息子さんとは会ってないんだわ」とマルグリット嬢は思った。
それやこれやの心配事でマルグリット嬢の頭の中は一杯になり、彼女を酷く苦しめた。なかなか寝付くことが出来ず、明け方になってようやくまどろみに落ちたが、それも長くは続かなかった。まだ七時半にもならない頃、彼女は家の中から聞こえてくる意味不明の喧騒とハンマーの音で目が覚めた。
何事だろうかと、その理由を考えていたとき、フォンデージ夫人が既に着飾った姿でマルグリット嬢の部屋に入ってきた。バッスルで腰の後ろをとてつもなく膨らませ、三層になったスカートを纏った姿だった。
「貴女を連れ出しに来たのよ、マルグリットちゃん」と彼女は言った。「この館の所有者がついに家の修理を承知したので、工事人たちが私たちのアパルトマンの中に入ってきたの。『将軍』はもう避難をしましたよ。私たちもそうしましょう……。さぁ貴女も綺麗にして、早く出て行きましょう」9.2