エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2020-09-20 08:02:06 | 地獄の生活

いずれにせよ、フォルチュナ氏がおぞましい行為と呼んだものに対し、真に不快感を示したことは正当に評価すべきあろう。まず第一に、それは残虐で暴力的な行為であり、彼は穏やかな方法を好む男であった。第二に、それは侯爵のみの術策から生まれた行為であった。であるからこそ彼は侯爵を軽蔑し、自分を侯爵より優れた人間と看做したのである。このようなことは毎日のように起きており、悪党たちがお互いを非難し合うのを聞くのは、世間の人々の慰み事にさえなっている。相場で人々の財産を身ぐるみ奪う者が、大道で追いはぎを働く者をこきおろすやり方はなかなかの見ものである。またその逆も。

そうこうするうちに、意志の力を総動員して、ヴァロルセイ侯爵は普段の高飛車な態度を取り戻し、慣れた手つきで頭の禿げた部分を残っている髪の毛で隠した。やがて彼は立ち上がった。

「それはまことに結構な話だ」彼は言った。「しかし、それでもなお、私は自分の術策が上手く行ったかどうか、結果が知りたいのだ。しかるが故に、フォルチュナ君、君が渡してくれると約束した五百ルイを貰おうか。そうしたら、私は失礼する」

この催促を受けるであろうことを、フォルチュナ氏は予期していた。が、それでも彼はハッとした。

「私の意気消沈した顔をご覧になりましたね」彼は情けなさそうな微笑と共に答えた。「まさに、そのことで私は普段の自分の習慣に反し、こんなに遅くなってしまったのです。以前私の力になってくれた銀行家を当てにしていました。プロスペル・ベルトミー氏ですよ。あのアンドレ・フォヴェル氏の姪と結婚した……」

「結論を言ってくれ」

「そうですね。一万フランを用立てることは無理でした」

蒼ざめていた侯爵は、今度は真っ赤になった。

「そ、そんな、冗談だろう……」と彼は言った。

「いえ、残念ながら、本当のことです」

一分ほどの沈黙があった。その間、侯爵はこの沈黙の意味を推し量っていたが、深刻なものと見たのであろう。彼の次の言葉は殆ど威嚇に近いものであった。

「しかしその金が今日必要だということを、あんたは分かっている筈だ……どうしても必要なのだ」                                                                               

明らかにフォルチュナ氏は、その金額を差し出すよりは自分の身体から肉片を切り取られた方がましという気分であった。が、他方では、十分な情報を得るまでは、侯爵との関係を良好に保っておきたい、とも思っていた。シャルース伯爵は死に瀕している、ということではあった……が、今外から帰ってきたばかりである。その間に伯爵が持ち直している可能性もある。そうなるとヴァロルセイ侯爵は再び最優先の顧客となる。自分の懐を傷めることなく、顧客も失わないようにしたいが、あちらを立てればこちらが立たずというジレンマに、フォルチュナ氏の困惑は限りなく大きくなった。

「ああ間の悪いことでございますねえ」と彼は言った。「金が入ることを当てにしていたのですが……」

突然、彼は額を叩いた。

「しかし、そういうことであれば、侯爵、こうなさってはどうでしょう」と彼は叫んだ。「あなた様のお友達のどなたかに借りられては? シャンドース公爵か、コマラン伯爵に。それがようございましょう」9.20

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2020-09-19 09:18:50 | 地獄の生活

だが不幸なことに、こういう御大層な感情は法外に金が掛かる。ところが私は一文無しだ。それに、言っておくが、騎士道精神を映す鏡なんてものは壊れちまってる。私は聖人じゃない。人生を楽しみたいし、人生を素晴らしくするもの、安楽にしてくれるものが好きだ。女たち、賭け事、贅沢、馬……そういったものすべてを手に入れるためには、私が今そうしているように、今の時代に沿った武器で戦うのだ……。清廉の士であることは素晴らしい。しかし、どうせそうはなれないのだから、ちまちまと二十スーの金を巻き上げるケチなペテンより、十万リーブルの年利が入ってくるような悪事の方を私は好む。あの若造は目障りだ。だから抹殺する……お気の毒様だ。だが、なんでわざわざ私の邪魔をする? もしあいつを正々堂々と白日のもとにちゃんと証人を立てて、法の範囲内で片付けることができたなら……、しかしそんなことをすれば、マルグリット嬢の名誉を踏みにじることになる……。だから私は別の道を探らねばならなかったのだ。私には他に選択の余地はなかったのだ。そうではないか?溺れかけている人間は、目の前にある板切れが汚いからといって押しやったりはしない……」

彼はこれらの言葉よりもっと粗暴な身振りを一つすると、ソファに倒れ込み、顔を両手で覆った。そうでもしないと爆発してしまうかのように。彼は怒りで息が詰まっていた。しかし怒り以上に、彼が敢えて口に出さないもの、良心が胸の中で大きくうねり、正義感が最後の抵抗を見せていた。確かに彼は束縛されない男であり、世間でいう道義的な規律などは、長らく彼流の愚鈍なやり方で無視してきた。しかし、少なくとも今までは、良識ある人々が守る規範を明白に破ったことはなかった。だが、今回は……。

「あなたが犯したのはおぞましい行為です、侯爵」と冷たい口調でフォルチュナ氏が言った。

「ああ説教はよしてくれ」

「教訓は何度聞いても良いものです」

侯爵は肩をすくめ、苦々しい口調で嘲った。

「それじゃなにかね、フォルチュナ君、君は私に前貸ししてくれたあの四万フランを、どうあっても返して欲しくないと言うつもりかね? なら、簡単なことだ。ダルジュレ夫人のところへ行くんだな。コラルト氏に私からの命令の取り消しを求めればいい。そうすれば、あの男は救われる。そしてマルグリット嬢と結婚して百万長者になるのだ」

フォルチュナ氏は黙っていた。侯爵に次のようには言えなかったのだ。

「ふん。私の四万フランが帰ってこないことなんか、とうの昔に分かってますよ。マルグリット嬢には何百万もの持参金はつかない。あなたは無意味な犯罪を犯したんだ……」

しかしこの確信があったればこそ、良心を説く彼の口調が冴えわたったのだ。彼は失った金と引き換えにちょっとした美徳を持つという贅沢を自分に許したのだ。もし彼にまだ希望がたっぷり残されていたなら、今したような話し方をしたであろうか?それは大いに疑わしい。9.19

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2020-09-18 08:47:09 | 地獄の生活

「単なる疑いではなかったのだ」

「ああ、それは!」

「シャルース伯爵の小間使いのマダム・レオンから聞いた確かな話だ。この年寄り女は役に立つ情報を手に入れようと、私が送り込んだのだが、マルグリット嬢を密かに見張っているうち、彼女に宛てられた手紙を一通発見したというのだ……」

「はぁ、それはそれは……」

「いや、確かにマルグリット嬢が顔を赤らめねばならないようなことは書かれていなかった。その手紙は私が持っている。明確な証拠として。しかしその手紙には、彼女よって引き起こされた感情と思われるものが披歴されている。彼女もまた同じ感情を共有していると思われる。しかし……」

フォルチュナ氏の視線は次第にじっとしていることに耐えられなくなってきた。

「私の心配の理由がよくお分かりなのではないですか……」と彼は言った。

ヴァロルセイ侯爵は激怒し、勢いよく立ち上がったので、その拍子に肘掛け椅子が倒れた。

「いいか!違うのだ!」彼は叫んだ。「違うと言ったら違う! あんたは間違っている。なぜなら、現在、マルグリット嬢が心に思っている男は破滅させられているからだ。そういうことだ。我々がここに居る間、今のこの瞬間にも、その男は一巻の終わりを迎えている。徹底的に、容赦なく。その男と私が結婚したいと思っている女性、いや私が結婚しなければならない女性との間に、私は深い深い溝を掘っておいた。どんな愛情でも埋められないような深い溝を。一思いにその男を殺してしまうよりも、その方がもっと悪く、もっと良いのだ……。死んでしまえば、その男を思って泣くことになろう……。ところが、こうなれば、どんな女も、どれほど堕落した女でも、奴から顔を背ける。恋人も愛を誓うことはしなくなる」

物に動じないフォルチュナ氏も、心を乱された様子であった。

「そ、それでは、あなたは」と彼は口ごもった。「あの計画を実行に移したのですか……いつぞやあなたが興奮して口走っていたあの計画を……私は、単なる口から出まかせだと思っていました、ただの冗談だと」

侯爵はゆっくりと頭を下げた。

「そのとおりだ」

フォルチュナ氏は一瞬凍り付いたようになったが、突然叫んだ。

「何という!あんなことを、あなたはやったのですか……貴族たるあなたが!」

興奮に身を震わせながら、ヴァロルセイ侯爵は部屋の中を無茶苦茶に歩き回った。自分の形相を鏡で見たとしたら、自分で自分のことが怖くなったであろう。

「貴族か!」彼は怒りを抑えながら繰り返した。「貴族! きょうび人はその言葉しか知らんようだな。貴族とは何だ?フォルチュナ君、君はどういう意味だと思っている? ひょっとして、人生を重々しい足取りで歩く英雄的で愚かな人間か、気を滅入らせるような襞飾りの服に身を包み自分の主義の中におさまり、ヨブのように禁欲的で、殉教者のように運命を甘受する人間か、それともドン・キホーテのように融通のきかぬ美徳を説き、自らもそれを実践する輩か?

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2020-09-17 08:36:28 | 地獄の生活

しかし侯爵の方では、何も疑わず、言葉を続けていた。フォルチュナ氏に向かって、というよりは自分自身に向かって語っているかのようであった。

「君の目には奇妙に映っているんだろうな。この私、アンジュ・マリー・ロベール・ダルボンのド・ヴァロルセイ侯爵が、父親も母親も知らぬ、ただマルグリットという短い名前しか持たぬ娘と結婚するとは。この点から見れば、この結婚は特に素晴らしいものとは言えない。それは確かだ。しかし、彼女が二十万フランの持参金しかないということが周知の事実となれば、私が自分の家名を武器に持参金目当てで結婚したと私を悪く言う者はいないだろう。それどころか、私は恋愛結婚をしたという風に見えるだろう……それで私も若返れるというものだ」

ここで彼は言いさした。フォルチュナ氏があくまでも冷たい沈黙を保っているのに苛立ったのだ。

「おい、君ね、二十パーセントの親方」と彼は言った。「君の不機嫌な顔を見ていると、君が成功を疑っているように見えるよ」

「疑いを持つことは常に必要です……」とフォルチュナ氏は哲学を論じるような言い方をした。

ヴァロルセイ侯爵は肩をすくめた。

「障害物をすべてクリアした後でもか?」彼はからかいの口調で言った。

「ええもちろん、そうですよ」

「この結婚は成立したも同然だというのに、一体何が欠けていると言うのかね?」

「マルグリット嬢の承諾が、でございます」

これはヴァロルセイ侯爵の頭に冷水をぶっかけるようなものだった。苛立った身震いが彼の全身を襲った。彼は蒼白になり、内にこもった声で答えた。

「承諾は得てみせる。自信をもって言える」

フォルチュナという男は、怒っているかどうか外からは分からない。まるで五フラン硬貨のように冷たく滑らかなこの手の人間は、無駄な感情など持たないのだ。しかし、このときの彼は顧客が愚かにも勝利のファンファーレを吹き鳴らすのを聞いて、非常に苛立っていた。彼の方では自分の四万フランとの辛い別れの悲しみを心に深く隠しているというのに。というわけで、侯爵の喜びように心を動かされるどころか、彼は今ナイフを突き立てたばかりの傷口に更にナイフをねじ込むことで憂さ晴らしをしてやろうと考えた。

「私が猜疑心を持つのは致し方のないことでございます」と彼は言った。「これはそもそもあなた様が一週間前に仰ったことに端を発しておりますので」

「私が何を言った?」

「マルグリット嬢には、その、どう言えばよろしいでしょうか、密かに思い定めた方がおられるのではないか、とあなた様がお疑いになっておられるということです」

侯爵の熱狂した表情が一変し、この上なく暗い落胆の色が浮かんだ。彼の心中に激しい苦痛が去来しているのが見て取れた。9.17

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2020-09-16 11:12:04 | 地獄の生活

「それで、進捗具合はどんなものだ?」

「お誂え向きに事は運んでおります」

侯爵は暖炉の前に再び座り直し、この上なく貴族的な無造作を装って火をかき立てるつもりだったが、うまく行かなかった。

「話を聞こう」とだけ、彼は言った。

「それでは侯爵」フォルチュナ氏は答えた。「詳しいことは省略して簡単に申しましょう。私の考えた方策により、あなた様の不動産に掛けられたすべての抵当権が二十四時間以内に解除されることになります。適切な手続きを取ることにより、その日さっそく、保管人に不動産登記原簿の写しを要求することもできます。それは、もちろん、あなた様の不動産から抵当が外されたことを証明するものです。あなた様がそれをシャルース伯爵にお見せになれば、伯爵のお疑いは、もしあればの話でございますが、一挙に晴れるわけでございます……その方策というのは、それが実に簡単なことでございまして、問題と言えば資金を調達することだったのですが、私の懇意にしている取引所外株式仲買人のところで調達できることになりました。あなた様の債権者たちは二人を除いて全員、このちょっとした操作に同意してくれ、私は彼らの承諾を取りつけました。とは言え、ちょっとお高くつきます。手数料と諸費用で約二万六千フラン掛かります」

ヴァロルセイ侯爵は身体で大きく喜びを表したあまり、思わず両手でぱちぱちと拍手してしまった。

「それでは、もうこっちのもんだな!」と彼は叫んだ。「一か月も経たないうちに、マルグリット嬢はド・ヴァロルセイ侯爵夫人となり、私は新たに一万リーブルの年利収入を得ることになるのか……」

そのとき、フォルチュナ氏が沈んだ表情で首を振るのが彼の目に入った。

「なんだ!疑っているのか」彼は言葉を続けた。「いいか、今度は私の話を聞け。昨日私はド・シャルース伯爵と二時間じっくり話をした。それですべて合意がなされ、決定されたのだ。我々は約束を交わしたのだよ、二十パーセント親方。伯爵は中途半端なことはなさらない方だ。マルグリット嬢に二百万の持参金をお付けになる」

「二百万!」と相手は木霊のように繰り返した。

「おお、そうだとも、親愛なるアラブの君、ただ、ある個人的な理由で、それが何かあの方も仰らなかったのだが、婚姻契約書には二十万フランとしか書かないように、と念を押された。残りの百八十万フランはだね、君、役場の前で手渡しで頂くことになっている。受領証はなしでだ。正直に言うと、その取り決めは素晴らしいと思うね。君も、そう思わんか?」

フォルチュナ氏は答えなかった。ヴァロルセイ侯爵の手放しの喜びようは、嘲る気にはなれず、哀れを誘った。

「可哀想に」と彼は思っていた。「この瞬間にもシャルース伯爵が息を引き取っているかもしれぬと知ったら、こうは能天気にぺちゃくちゃ囀りはしないだろうに。マルグリット嬢に残されるものと言えば美しい目だけ、失われた何百万を嘆き悲しんでいるだろう……」9.16

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