
前段から引き続き、私論『摂州合邦辻』考を。
さてそれでは、世間にあまねく流布していたろう、謡曲はじめ説教節世界のお話を近世人がいかに脚色したか?といえば、まず真っ先にエログロ見世物的切り口をとったはずだ、と私は思う。
見物を怖がらせ、時に笑わせ、気味悪く思わせ、眉をひそめさせて、最後は涙させ、駄目押しで納得させる。
かくも無残かつ醜怪な悲惨が、仏さまのお陰で救われてめでたしめでたし!を、退屈させないよう、扇情的直接的なおかつ目に鮮やかに仕立てたに違いないのだ。
それゆえ、明治以降の「合邦庵室」一幕だけの上演で玉手中心主義、というのはすでにしてズレている。
むしろ、当時の見物を沸かせたのは、浅香姫と俊徳丸の再会や、そこに絡む合邦の勧進車に俊徳丸を乗り込ませて姫に引かせる趣向(小栗・照手同様の)だったろうし、序幕からして「悪い継母だねぇ」とたっぷり思わせることが最優先されたのだと思う。
さらに、「天王寺西門前の場(今回は南門)」の合邦道心の、閻魔堂勧進祭文もまた見世場だったろう。
願人坊主に近い合邦が、うんと滑稽に、卑猥ささえまじえて演じたのではないか?と想像している。
その後の「万代池の場」での俊徳丸の落魄ぶりも、もっともっと汚れきったみすぼらしい、これ以上ないくらいに陰惨な姿になっているべきなのだ。登場した途端に、鼻をつく臭気が感じられるほどの。
「崇高な者が、人でなしの不浄に堕ちた!」という衝撃を、見物から期待されていたろう場面だからである。
着付けの工夫だけではなく、この場ではことさらに、癩でただれた化粧さえしてみせていたのではないか…
そんな濃さあって、この二つの幕はよりいっそう涙をそそる「絵」にみえたろう。
地獄と極楽が、視点を変えればそっくりあるという同居性・同時性こそ、「聖別化された地」の特色なのだ!
これら天王寺幕で、
「地獄は極楽の出店 それなら地獄の主の閻魔さまも 極楽往生の大恩人」
といった科白を合邦がいいながら、閻魔像を拝んでみせる場面がある。
ここにこそ『摂州合邦辻』という芝居のヘソがあったに違いない、と私は思う。
地獄極楽の地続き・表裏一体感覚は、悲惨物語を地でいく中世の名もなき人々が虚心に信じていた時空だろうし、これらの諦観とも詠嘆ともつかぬ気分は、近世人にも多かれ少なかれあったはずなのである。
ちなみに私は、このあたりの近世人的心根・常識・世界観を、もっとドライに趣向としてとりいれ、日常をあえてブラックボックス化することで、サスペンスかつスリリングな舞台を目指したのが、かの大南北だと考えている。
それくらい南北は地獄好きだったろう(笑)
さて、こうみてくると「合邦庵室」での玉手は、どこか【ケレン味】だったのではないか?、と思えてくる。
女の嫉妬する様、嫉妬の百相の極め付けを、たった一幕のうちに、ふんだんにみせつけるところが見世場だった気がしてならないのだ。それも、継母が継子を恋慕うという異常な(道理にはずれた)極限状況下で。
狂乱の玉手が父合邦の刃にかかって、いざもどり、縷々説明する場面は、大いに「泣いてください!」だろう。
ここで理屈が通ると次に玉手は、重ねて自らの肉体を抉ることをその場の全員から求められる。この残酷さ…!
意を決した玉手が刃で我とわが身を切り裂き、肝の臓からの生血を鮑の盃に注ぐまでもまた、凄惨さと美(あるいはエロ)とをいかに同居させるか?といったみどころだったかもしれないのである。
もっというと、玉手の流す不浄の血(穢れ)が、俊徳丸が体現するこの世を超えた高貴さと<交わる>といった趣向そのものが、当時の見物になにがしかの祝祭感を与えたのだろう。地獄と極楽の「交感」といってもいい。
それと共に、「合邦庵室」において共同体住民が寄り合って百万遍の講をしているとか、講仲間が去った後にも、老夫婦が娘玉手の死を確信してしんみりと回向しているといったトーン、善なる立場にもどった末期の玉手に父自ら巨大な数珠をかけてやるというあたりの、どことなく【うさん臭い抹香くささ】も大事だったろうと思う。
合邦が体現するのは、民間信仰と一体化した市井の仏道であり、宗教エリートだった高僧のソレではない。
これらの卑近さと猥雑さ、いかがわしさときたら…
このようにドロドロしたもの、濃くてうっとおしいもの、すっきりしないもの、かっこよくないもの、洒脱ではないもの、洗練されないものが、あくまでも「民間仏教的教訓譚」として提示されるというのが、中世説話ベースの芝居の妙味だろう!
うーむ…
どうにもこうにも、玉手の純愛といった主題は、ものすごく近代臭い。
つまり、今現在の「合邦庵室」には、密室の心理ドラマといった趣が強すぎるきらいがあるのだ。
というか、無理に心理ドラマで考えて場面構築しようとすると『摂州合邦辻』のケースなら、「合邦庵室」しかフィットしない、舞台化できない、無理だよ…ということなのである。
そのために、中世説話ベースの物語と、昨今まったくお目にかかれなくなったのだろう。
人間を超えたものにしかすがれなかった気分のようなものが、次第にわからなくなっているからしょうがないにしろ、玉手役者と称されるように『摂州合邦辻』が玉手目当ての芝居になったのは、五代目歌右衛門あたりからなのかもしれない。
このラインを強化したのが、五代目の衣鉢を継いだ六代目歌右衛門であり、六代目菊五郎に教わった梅幸だろう。
当時の役者の感度からいくと、抹香くさくもくどすぎる『摂州合邦辻』は、どこかうんと陳腐だったはずだ。
彼らにはまだ『摂州合邦辻』の中世精神をそれとしることができたろう分、よけいに、である。
だが、現代ではどうか?
屈指の心理サスペンス劇としてみるのもアリだろうが、説話世界をおぼろに体験する舞台であってもいい。
私たちにはすっかりおなじみの人間主義と違うから、昔の芝居は面白いんじゃないかなぁ…
歌舞伎仲間からつい先頃亡くなった、江戸糸あやつり「結城座」の義太夫弾き語りをされていた、女義太夫一筋の竹本素京さんの「合邦庵室」がいかなる文楽大夫のそれよりも、音曲として絶品だ、と教えていただいた。
私はあいにくと「合邦庵室」は聞いたことがないのだが、かつて「結城座」にどっぷりはまり、素京さんの語りを何度も聞いているので、なにがどういいのか?が、直感的にわかるところがある。
「結城座」には、説教節世界が抱えもつ中世的時空、鬱屈した暗さと行き場のないドロドロ、あまりに深すぎ濃すぎて異常に転がりがちな情の強さ、それらをケラケラと即座に面白がれるような独特なムードとセンスがあった。
「雑味」というか「下手(げて)」というか、純化も濾過もしない、澱たっぷりの濁り酒みたいな感覚である。
このような感触には、今どき、あまり出会えないのだが、たしかに素京さんの「合邦」はいいだろう。
私は一度、中世べったり、泥絵具のような『摂州合邦辻』他の通し狂言をみてみたい。
客は来ないだろうし、来てもドン退きしそうだし、うっかりすると社会的にまずいかもしれないが、それでも尚、そんな芝居をたっぷりとみてみたいのである。
それこそ、かつて天井桟敷で寺山修司がやってみせたような、妖しい・危ない・やばすぎる下手味を…!
今回の国立劇場の通し上演は、当代坂田藤十郎の藝をたっぷりと楽しむ、という点では大変に優れていた。
脳内歌右衛門・梅幸の玉手御前と比較検討するもよし、幕ごとの藤十郎玉手のしようを楽しむもよし。
我當や秀太郎、愛之助、彦三郎、三津五郎、翫雀、吉弥などを眺めるもよし。
だが、もはや「合邦庵室」しか『摂州合邦辻』じゃない現代においてはよりいっそう、これでもかっ!なおどろおどろしい中世地獄極楽巡りを再現してもらいたいなぁ、と思うのだ。
それをみれば、近世純歌舞伎の偉大・大南北がもっとストレートに体感できるだろうし、幕末の仕事人・黙阿弥が目指した方向性も了解できるだろう。
そうでなくては、あえて通す意義が薄まるんじゃないかな?とさえ感じる。
みどり幕の「合邦庵室」が洗練され、完成度が高ければ高いほど、玉手役者の至芸を味わうためにはみどり幕だけをみればいいのである。なのに、無理に通して、玉手に失望する見物が出てしまったら、もったいないよ…
そんな風に考えると、市川猿之助「春秋会」での通しの方が、ライトで若干ポップすぎ、お家騒動に寄りすぎ、義太夫味が薄かったとはいえ、少なくともみた目には楽しかったと思う。
また、説教節世界にこだわっていた彼ならではの場面編集手法に、「結城座」が醸していたような、おどろとしたヘビーさはなくとも、山ほどの発見があったのである。転換の妙に、上演中、ずーっと興奮し痺れた。
少なくとも、めくるめくお話世界はあったかな。
どうでしょ、松竹さん。
コクーン歌舞伎で、福助玉手、俊徳丸勘三郎、浅香姫七之助、合邦翫雀とかで、やれませんかね?
全編ドヨーンでドロドロ、品なんかなくて、ともかくエロでグロ、かつ勢いだけはすごすぎ!みたいなの。
そういう小芝居ノリでの通しなら、なにはなくても駆けつけちゃうぞー!
■関連稿:一)藤十郎の玉手御前はいかなる女か?
:二)「合邦庵室」藤十郎玉手の核
:三)【中世】時空としての『摂州合邦辻』/上
■参照頁:「しんとく・弱法師・合邦対照表 (参考・愛護若)」
さてそれでは、世間にあまねく流布していたろう、謡曲はじめ説教節世界のお話を近世人がいかに脚色したか?といえば、まず真っ先にエログロ見世物的切り口をとったはずだ、と私は思う。
見物を怖がらせ、時に笑わせ、気味悪く思わせ、眉をひそめさせて、最後は涙させ、駄目押しで納得させる。
かくも無残かつ醜怪な悲惨が、仏さまのお陰で救われてめでたしめでたし!を、退屈させないよう、扇情的直接的なおかつ目に鮮やかに仕立てたに違いないのだ。
それゆえ、明治以降の「合邦庵室」一幕だけの上演で玉手中心主義、というのはすでにしてズレている。
むしろ、当時の見物を沸かせたのは、浅香姫と俊徳丸の再会や、そこに絡む合邦の勧進車に俊徳丸を乗り込ませて姫に引かせる趣向(小栗・照手同様の)だったろうし、序幕からして「悪い継母だねぇ」とたっぷり思わせることが最優先されたのだと思う。
さらに、「天王寺西門前の場(今回は南門)」の合邦道心の、閻魔堂勧進祭文もまた見世場だったろう。
願人坊主に近い合邦が、うんと滑稽に、卑猥ささえまじえて演じたのではないか?と想像している。
その後の「万代池の場」での俊徳丸の落魄ぶりも、もっともっと汚れきったみすぼらしい、これ以上ないくらいに陰惨な姿になっているべきなのだ。登場した途端に、鼻をつく臭気が感じられるほどの。
「崇高な者が、人でなしの不浄に堕ちた!」という衝撃を、見物から期待されていたろう場面だからである。
着付けの工夫だけではなく、この場ではことさらに、癩でただれた化粧さえしてみせていたのではないか…
そんな濃さあって、この二つの幕はよりいっそう涙をそそる「絵」にみえたろう。
地獄と極楽が、視点を変えればそっくりあるという同居性・同時性こそ、「聖別化された地」の特色なのだ!
これら天王寺幕で、
「地獄は極楽の出店 それなら地獄の主の閻魔さまも 極楽往生の大恩人」
といった科白を合邦がいいながら、閻魔像を拝んでみせる場面がある。
ここにこそ『摂州合邦辻』という芝居のヘソがあったに違いない、と私は思う。
地獄極楽の地続き・表裏一体感覚は、悲惨物語を地でいく中世の名もなき人々が虚心に信じていた時空だろうし、これらの諦観とも詠嘆ともつかぬ気分は、近世人にも多かれ少なかれあったはずなのである。
ちなみに私は、このあたりの近世人的心根・常識・世界観を、もっとドライに趣向としてとりいれ、日常をあえてブラックボックス化することで、サスペンスかつスリリングな舞台を目指したのが、かの大南北だと考えている。
それくらい南北は地獄好きだったろう(笑)
さて、こうみてくると「合邦庵室」での玉手は、どこか【ケレン味】だったのではないか?、と思えてくる。
女の嫉妬する様、嫉妬の百相の極め付けを、たった一幕のうちに、ふんだんにみせつけるところが見世場だった気がしてならないのだ。それも、継母が継子を恋慕うという異常な(道理にはずれた)極限状況下で。
狂乱の玉手が父合邦の刃にかかって、いざもどり、縷々説明する場面は、大いに「泣いてください!」だろう。
ここで理屈が通ると次に玉手は、重ねて自らの肉体を抉ることをその場の全員から求められる。この残酷さ…!
意を決した玉手が刃で我とわが身を切り裂き、肝の臓からの生血を鮑の盃に注ぐまでもまた、凄惨さと美(あるいはエロ)とをいかに同居させるか?といったみどころだったかもしれないのである。
もっというと、玉手の流す不浄の血(穢れ)が、俊徳丸が体現するこの世を超えた高貴さと<交わる>といった趣向そのものが、当時の見物になにがしかの祝祭感を与えたのだろう。地獄と極楽の「交感」といってもいい。
それと共に、「合邦庵室」において共同体住民が寄り合って百万遍の講をしているとか、講仲間が去った後にも、老夫婦が娘玉手の死を確信してしんみりと回向しているといったトーン、善なる立場にもどった末期の玉手に父自ら巨大な数珠をかけてやるというあたりの、どことなく【うさん臭い抹香くささ】も大事だったろうと思う。
合邦が体現するのは、民間信仰と一体化した市井の仏道であり、宗教エリートだった高僧のソレではない。
これらの卑近さと猥雑さ、いかがわしさときたら…
このようにドロドロしたもの、濃くてうっとおしいもの、すっきりしないもの、かっこよくないもの、洒脱ではないもの、洗練されないものが、あくまでも「民間仏教的教訓譚」として提示されるというのが、中世説話ベースの芝居の妙味だろう!
うーむ…
どうにもこうにも、玉手の純愛といった主題は、ものすごく近代臭い。
つまり、今現在の「合邦庵室」には、密室の心理ドラマといった趣が強すぎるきらいがあるのだ。
というか、無理に心理ドラマで考えて場面構築しようとすると『摂州合邦辻』のケースなら、「合邦庵室」しかフィットしない、舞台化できない、無理だよ…ということなのである。
そのために、中世説話ベースの物語と、昨今まったくお目にかかれなくなったのだろう。
人間を超えたものにしかすがれなかった気分のようなものが、次第にわからなくなっているからしょうがないにしろ、玉手役者と称されるように『摂州合邦辻』が玉手目当ての芝居になったのは、五代目歌右衛門あたりからなのかもしれない。
このラインを強化したのが、五代目の衣鉢を継いだ六代目歌右衛門であり、六代目菊五郎に教わった梅幸だろう。
当時の役者の感度からいくと、抹香くさくもくどすぎる『摂州合邦辻』は、どこかうんと陳腐だったはずだ。
彼らにはまだ『摂州合邦辻』の中世精神をそれとしることができたろう分、よけいに、である。
だが、現代ではどうか?
屈指の心理サスペンス劇としてみるのもアリだろうが、説話世界をおぼろに体験する舞台であってもいい。
私たちにはすっかりおなじみの人間主義と違うから、昔の芝居は面白いんじゃないかなぁ…
歌舞伎仲間からつい先頃亡くなった、江戸糸あやつり「結城座」の義太夫弾き語りをされていた、女義太夫一筋の竹本素京さんの「合邦庵室」がいかなる文楽大夫のそれよりも、音曲として絶品だ、と教えていただいた。
私はあいにくと「合邦庵室」は聞いたことがないのだが、かつて「結城座」にどっぷりはまり、素京さんの語りを何度も聞いているので、なにがどういいのか?が、直感的にわかるところがある。
「結城座」には、説教節世界が抱えもつ中世的時空、鬱屈した暗さと行き場のないドロドロ、あまりに深すぎ濃すぎて異常に転がりがちな情の強さ、それらをケラケラと即座に面白がれるような独特なムードとセンスがあった。
「雑味」というか「下手(げて)」というか、純化も濾過もしない、澱たっぷりの濁り酒みたいな感覚である。
このような感触には、今どき、あまり出会えないのだが、たしかに素京さんの「合邦」はいいだろう。
私は一度、中世べったり、泥絵具のような『摂州合邦辻』他の通し狂言をみてみたい。
客は来ないだろうし、来てもドン退きしそうだし、うっかりすると社会的にまずいかもしれないが、それでも尚、そんな芝居をたっぷりとみてみたいのである。
それこそ、かつて天井桟敷で寺山修司がやってみせたような、妖しい・危ない・やばすぎる下手味を…!
今回の国立劇場の通し上演は、当代坂田藤十郎の藝をたっぷりと楽しむ、という点では大変に優れていた。
脳内歌右衛門・梅幸の玉手御前と比較検討するもよし、幕ごとの藤十郎玉手のしようを楽しむもよし。
我當や秀太郎、愛之助、彦三郎、三津五郎、翫雀、吉弥などを眺めるもよし。
だが、もはや「合邦庵室」しか『摂州合邦辻』じゃない現代においてはよりいっそう、これでもかっ!なおどろおどろしい中世地獄極楽巡りを再現してもらいたいなぁ、と思うのだ。
それをみれば、近世純歌舞伎の偉大・大南北がもっとストレートに体感できるだろうし、幕末の仕事人・黙阿弥が目指した方向性も了解できるだろう。
そうでなくては、あえて通す意義が薄まるんじゃないかな?とさえ感じる。
みどり幕の「合邦庵室」が洗練され、完成度が高ければ高いほど、玉手役者の至芸を味わうためにはみどり幕だけをみればいいのである。なのに、無理に通して、玉手に失望する見物が出てしまったら、もったいないよ…
そんな風に考えると、市川猿之助「春秋会」での通しの方が、ライトで若干ポップすぎ、お家騒動に寄りすぎ、義太夫味が薄かったとはいえ、少なくともみた目には楽しかったと思う。
また、説教節世界にこだわっていた彼ならではの場面編集手法に、「結城座」が醸していたような、おどろとしたヘビーさはなくとも、山ほどの発見があったのである。転換の妙に、上演中、ずーっと興奮し痺れた。
少なくとも、めくるめくお話世界はあったかな。
どうでしょ、松竹さん。
コクーン歌舞伎で、福助玉手、俊徳丸勘三郎、浅香姫七之助、合邦翫雀とかで、やれませんかね?
全編ドヨーンでドロドロ、品なんかなくて、ともかくエロでグロ、かつ勢いだけはすごすぎ!みたいなの。
そういう小芝居ノリでの通しなら、なにはなくても駆けつけちゃうぞー!
■関連稿:一)藤十郎の玉手御前はいかなる女か?
:二)「合邦庵室」藤十郎玉手の核
:三)【中世】時空としての『摂州合邦辻』/上
■参照頁:「しんとく・弱法師・合邦対照表 (参考・愛護若)」
初演の時の様子ってどうだったんでしょう。
猥雑な中世的世界やエログロな道具立ても
ふんだんに盛り込んでお客を楽しませたのかも
しれません。
一方、浄瑠璃作者って、結構合理主義者の
ところがあって(寅の年月日時がそろった妙薬は
ご都合主義?か当時の合理主義か不明ですが(笑))、
さらに因縁話が主題の説教節等を親子の情を主題に
したものにテーマを変えていることが多いと思います。
このへんが中世様式でなく江戸時代様式な気がします。
「合邦」が文楽でよく掛かるのは、やっぱり庵室の
場面の曲が非常に見事に作曲・編曲されているのが
大きいように思います。お話も素晴らしいですが。
ちょっといろいろ書きたくなってきてるんですが、
今日はとりあえず簡単に。
ここ数日は夢の中状態で、お返事が遅くなりました。
>浄瑠璃作者って、結構合理主義者のところがあって
はい、私もそう思います。
人形浄瑠璃って「理」が通りますよね。
それゆえ、今の時代でも「わかりやすい」んじゃないでしょうか?
>因縁話が主題の説教節等を親子の情を主題にしたものに
>テーマを変えていることが多い
これもよくわかります。
ですが、それが「歌舞伎的か?」というと違うかな、と思うのです。なので、今回の通し方は本行に乗っ取って…という狙いなら大正解なのですが、歌舞伎的にはもっとしようがあるんじゃないのかな、と感じた次第です。
もともと、人形浄瑠璃で好んでかかった芝居であり歌舞伎移植は幕末でしたので、「親子」と「不義の純愛」を入れ子にみせるやり方でそう大きなズレはないと思いますが、現代ならもっと別の形で通せるんじゃないの?と私などはどうしても思ってしまうのです。それこそが、現代的切り口でしょう。
現代で歌舞伎、さらに通すなら、猿之助がとった路線もアリなのです。そして、そっちの方が発見がある気さえする。
そうなった時、「合邦」は多分違ったみえかたをするようになる。説話世界が内包していた豊かさ(または過激さ・暴力性、あるいは宗教感覚その他諸々)に触れることができるんじゃないかな~と、ついつい夢想してしまうのでありました(笑)