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杉山 好先生の思い出 ~「杉山 好先生を送る会」に参列して~

2011年11月03日 | pocknと音楽を語ろう!
去る9月10日、古典文学やバッハ研究で著名な杉山 好(よしむ)先生が亡くなったことを、新聞の訃報欄で知った。

先生との出会い
もう四半世紀以上も前のことになるが、ドレスデン聖十字架合唱団と管弦楽団と共に、指揮者のマルティン・フレーミヒ氏が来日した際、フレーミヒ氏が藝大のバッハカンタータクラブを指導する公開レッスンの様子がFMで放送された。当時学生だった僕が所属していた合唱部の先輩曰く「あそこで通訳をしていた先生は、ボクがいるゼミの先生なんだよ」

その先生こそ、杉山好先生だった。フレーミヒ指揮によるバッハの「クリスマスオラトリオ」のCDは、今でも僕の愛聴盤だが、そのフレーミヒ氏の指導を、とても明快に、熱く、学生達に伝えていた様子を思い出し、こんなスゴイ先生がうちの大学でゼミを持っているとなれば、何としてもこのゼミに入りたい!と、1年生だった僕はその時、3年生から始まるゼミを決めた。

杉山先生の思い出
めでたく入ゼミが認められた杉山ゼミのテーマは「J.S.バッハのカンタータ研究」。人数は3、4年合わせて10人ちょっと。みんな超個性派ぞろい。毎週のゼミは、バッハのカンタータのテキストを調べ、デュルの作品論を輪読し、実際に録音を聴いて内容の理解を深めていくというもの。デュルの原書の輪読は、一回で1ページも進まないこともあるほどゆっくりしたペースだったが、先生は、デュルの記述や、台本歌詞をとても丁寧に解説してくださった。それは音楽や聖書の話にとどまらず、聖書を背景とした思想史、哲学や文学や自然科学にまでどんどんとつながり、広がっていく。この先生の頭の中はいったいどうなっているんだろう、と思うほど、特定分野や考えに捕われることなく、人類が太古から積み重ね、育んできた「知」というものを知り尽した者にしかできない話が、泉のように湧き出てくる。こんな話に接して、学問の深淵な世界の一端に触れる喜びを味わったものだ。

杉山先生は、「知」を伝えるだけではなく、熱く「情」に訴えてくる先生でもあった。バッハの宗教作品には、例えば十字架を臨時記号のシャープや、音の交差で表現したり、テキストの象徴的な言葉を調性で表すなど、一種の修辞法的な手法が散りばめられていていることは有名だが、杉山先生は、こうした手法を表面的に捉えるのではなく、バッハがいかに篤い信仰心に駆られて、その思いを音楽に込め、それがこのような手法に結び付いているかを、様々なエピソードや背景を総動員して熱く、強く訴える。「これがバッハのやったこと、バッハの情熱なんです!」杉山先生が、時に目に涙を浮かべて、熱っぽく説く姿に何度遭遇したことだろう。そんなときの先生と、それを聞く学生達は、心が一直線につながっているのを感じた。

先生は教壇に立って話を始めると、学生達よりももっと遠くを見つめている感じで、なかなか名前を覚えてもらえなかったが、夏のゼミ合宿で、先生との距離がぐっと近づいた。3年生のときは、はるばる下北半島の田名部というところでゼミ合宿をやった。
先生と寝食を共にし、一緒に観光したり、夜はお酒を飲んでみんなで歌を歌ったりして交流した。日頃は学者然とした雰囲気を持つ先生だが、子供のような無邪気な一面を見せる先生とは、いろいろな話ができる間になった。先生はどんなことにでも好奇心旺盛。僕たち学生のたわいもない話にも本気で付き合ってくれたのは嬉しかった。

ゼミ合宿でバッハのコラールを歌う(1982 新甲子)

杉山先生は、本務校を東大に持ちながら、獨協大学の創立時から東大を退官後も1998年まで獨協大学に奉職された。獨協大学の創設者である天野貞祐先生に「手伝って欲しい」と請われてのことだったそうだ。
35年余り獨協大学で教え続けた杉山先生は、最後まで非常勤講師だったが、これは先生の信念だということをよく聞いた。非常勤講師は何年勤めても契約は1年ごと。獨協で教え始めた頃の、新鮮な気持ちを毎年新たに出来ることが大切、とおっしゃっていた。そして、何かにつけて先生は獨協大学の学生のことを褒め、獨協の学生には東大生にないものを持っている、と、あの真っ直ぐな目でおっしゃられるのを聞いて嬉しく感じたものだ。
4年生追い出しゼミコンパ(1983.2)

送る会
10月29日、「杉山好先生を送る会」に参列した。抜けるような秋空の下、杉山先生が晩年まで教壇に立っていた緑豊かな恵泉女学園大学内で行われた「送る会」の第1部はチャペルでの礼拝。前奏と後奏では、バッハのコラール・パルティータ「おお神よ、汝慈しみに富みたもう神よ」がオルガンで奏され、それに対応した杉山先生の訳による歌詞が配られた。

第2部は、場所を学生ラウンジに移し、先生とゆかりの深かった方々の思い出話で進行する茶話会。ここでは、先生が好きだったというバッハのコラール「イエス、わが喜びよ」(杉山先生訳のタイトル)を、ドイツ語による四部合唱で歌った。誰の思い出話からも先生の人柄がとても偲ばれ、集まった人たちは、話に頷いたり、笑ったり、涙する場面も多く、心のこもった会だった。

杉山先生ご自身が、話に熱が入ると、とても長くなることは有名だが、8人の方による「思い出話」も、大幅に時間オーバーする方が続出。4時終了の予定だったが、終わったのは5時半近くだった。そんな中、5分という事前に与えられた時間内にまとめた原稿を手にした磯山雅さんの朗読を聞いて、杉山先生が目の前に蘇ったような瞬間を感じたので、簡単に紹介しておきたい(話の内容を正しく再現できているかわからない点はご容赦ください)。

バッハが、あるメッセージを、他のメッセージと併せて同時に伝えることを、杉山先生はよくバッハの「同時性」(Gleichzeitigkeit)として話していたが、最近これを改めて認識することに出会った。それは、バッハのロ短調ミサの「クレド」における4声のフーガで、上三声が“ Credo in unum deum“(唯一なる神を信じる)と歌っている中、バスだけが“Patrem omnipotentem“(全能の父を信じる)と歌うが、これはバッハが、「全能なる父」とは即ち「唯一なる神」に他ならない、と訴えている、というもの。バッハは一旦バスのパートを上三声と同じ歌詞で書いた後、ナイフで削って書き直していることを上げて、バッハの信仰心からくる強い信念の表れだ。*

…熱っぽくこう話す磯山氏に、杉山先生の顔が重なった。
磯山氏は、11月7日朝6時からNHK・FMで放送される「古楽の楽しみ」という番組で、先生が遺した膨大なバッハの声楽曲の歌詞対訳のことを紹介しつつ、その功績の一端を偲ぶとのこと。これは是非聴かなければ!

*この箇所と思われる部分を後で手持ちのCD(コルボ指揮)で聴いてみたが、確かめることができなかった。近々スコアで確かめたい。

杉山先生の声を聞く
思えば、毎年2月に行われていた「杉山先生を囲む会」は、案内をもらっていながら、10年来参加していなかったことが悔やまれる。少し前から、先生が翻訳したW.フェーリクス著『J.S.バッハ生涯と作品』という本を読み始めた。先生にサインを頂いたきり、怠け者の僕は、ろくに読みもせず本棚に置きっ放しにしていた本だ。バッハの生き様を伝えるとても興味深い内容が、杉山先生の格調高い訳文からは、先生自身のメッセージも感じられる。これからしばらくは、杉山先生の著作を通して、天に昇ってしまった先生からの声に耳を澄ませたい。

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6 コメント

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バッハを愛する人の生き様 (田中秀明)
2013-02-07 17:33:46
つくばの「バッハの森」にて毎週バッハのカンタータを聴いています。先週、杉山先生の名前を初めて知り検索したら出てきました。カンタータのドイツ語を追っかけるだけでもたいへんなのですが勉強を続けたいと思います。
僕のHPでも少しだけバッハを取り上げました。11/08/15、11/12/11です。
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Re: バッハの森 (pockn)
2013-02-10 02:00:57
田中さま、コメントありがとうございます。筑波には素晴らしい施設と企画があるのですね。バッハの音楽は私にとっても喜び、勇気、癒し・・・ 生きるために必要なあらゆるものをそなえている気がします。来週は藝大のカンタータクラブの演奏会があり、また楽しみです。
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Unknown (市毛 茂)
2013-11-04 13:58:55
杉山好先生には、獨協大学でMax Weberゼミや夏の聖書合宿で教えを受けました。Weberゼミは私共の学生が最後でその後、バッハゼミを講じられました。
1998年まで獨協で教えておられたとの事、感無量、天野初代学長の依頼で教えておられた事は先生から聞いておりました。
M。Weberの宗教社会学的分析は今でも人生の役に立っており、K。Jaspers哲学と共に人生の道標として生かされております。
杉山先生は天国でもにこやかに講義されているでしょう。
市毛 茂 シンガポールより
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Unknown (pockn)
2013-11-10 00:55:58
市毛さま、シンガポールよりコメントをありがとうございました。
杉山先生のゼミ生は国際的に活躍されている方が多いですね。このようにコメントを頂くことでまた先生のことを身近に思い出し、
もっと勉強しなければ、と思うのは、遠くから先生がそのように
図っていらっしゃるからかも知れませんね。
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杉山先生の弟子の1人です (池上陽子)
2014-01-28 22:59:05
初めまして、でしょうか?獨協バッハゼミの卒業生です。
2月11日が近づき、今年は集まりがあるのかな、と思いつつ、検索していてたどり着きました。私もお別れの会にゼミOBの方々と共に出席しておりました。ヨハネ受難曲時代のゼミ生です。

私も杉山先生について何度かブログに書いておりまして、ひょっとしたら東中野の時代にお会いしたことがあるかもしれない、と思いコメントさせていただきました。

こちらのエントリーを拝読し、先生がお年を召されて丸くなった、という噂は本当だったんだな、と思いほっこりしました。私がゼミ生になったのは、東大を退職された後なので、厳しいながらも普段から先生の愉快な面をかいま見ることができました。

まとまりのないコメントですみません。獨協杉山ゼミよ永遠なれ!

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Re:杉山先生の弟子の1人です (pockn)
2014-01-29 18:10:42
池上陽子さま、コメントをいただきありがとうございます。
東中野での先生をしのぶ会ではお目にかかれて嬉しかったです。
杉山先生は厳しい面と、ちょっとおとぼけ(失礼・・・)の両面に接することができ、それがまた思い出深いものになっています。
世代は違ってもこうして杉山先生が仲間同士の絆を司ってくださっているように思います。
ブログも少しずつ読ませて頂きますね。
どうぞよろしくお願いします。
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