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朝鮮雑記(本間九介)

2020年10月12日 13時25分00秒 | 日記

今日は本間九介の見た

1894年の李氏朝鮮です


 
 
 

本間九介の『朝鮮雑記』の中から一部紹介します
 
 
韓人は単純だ  
 
韓人は、比較的に正直というよりは、むしろ単純というべき人種である。彼らの喜怒哀楽は、すこぶる現金的(目先の利害や状況で、態度や主張を変える)なものだ。  彼らは、人の面前を装い、あるいは飾るなどという、陰険の部類に属する性質が少ない人種である。というわけで、彼らは、眼前では、恩にも感じ、また、威力ににも服従する。しかし、しばらくすれば、たちまち忘れており、まるで知らなかったことのようにふるまうのである。
 これは、彼らの中に、心服する(強く心に感じ、したがう)という性質が、備わっていないからだ。誰かが、もし、彼らを心服させようと努力したところで、効果を得ることは、まったく稀である。たびたび威力を加えていると、怨むし、たびたび恩を施していると、それに慣れっこになってしまう。そういった意味では、たいへんあつかいにくい人種なのだろう。
 例として、彼らが金を借りたとしてみる。その借用書には、期日を経過しても返済の義務を果たさない場合は、違約金として五貫文を求めるとか、法的な手続きをも服従する。しかし、しばらくすれば、たちまち忘れており、まるで知らなかったことのようにふるまうのである。
   これは、彼らの中に、心服する(強く心に感じ、したがう)という性質が、備わっていないからだ。誰かが、もし、彼らを心服させようと努力したところで、効果を得ることは、まったく稀である。たびたび威力を加えていると、怨むし、たびたび恩を施していると、それに慣れっこになってしまう。そういった意味では、たいへんあつかいにくい人種なのだろう。
   例として、彼らが金を借りたとしてみる。その借用書には、期日を経過しても返済の義務を果たさない場合は、違約金として五貫文を求めるとか、法的な手続きをして公裁をあこぐこととするとか、ゆったりと書いておいても、瓜期(期間の満了)になって、返済を催促したなら、彼らは必ず、こう答えるであろう、「一銭もありません。もう少し待ってもらえませんか」と。
   貸した人が、それは最初の約束と違うと責めれば、彼らは、こう言うのである、「ただいっときの苦しまぎれに、そう書いただけです。当時から、すでに、そのとおりにできるとは思っていませんでした」と。
   彼らは、常にこういった弁疏(言い訳)をするのであるが、いっこうに恥じる様子はない。しかし、不思議なことに、彼らは、借りた金を借りていないとは言わないのだ。実に、単純な人種だといえるのではないだろうか。
   証文に期日を約するのは仮相のもので、期日さえ延びれば、貸借関係も引き継がれると考える。これこそ、韓人の真面目。



 






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