ホイヘンス特集第2段です。大気の分析から、タイタンの歴史がわかってきました。翻訳ではなく、解説です。
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Nature: News and Views: Planetary science: Huygens rediscovers Titanより
2004年12月25日にカッシーニから切り離されたホイヘンスは、2005年1月14日にタイタン大気中に突入し、2時間27分かけてタイタンの地表に到達し、着陸しました。データはカッシーニを通して69分間にわたり送られてきました。
タイタンは地球の10倍も厚い主に窒素から成る大気を持っていますが、非常に低温のために水は氷として存在し、大気中には水蒸気が含まれていません(図1)。これに対し火星や地球、金星では水蒸気が含まれ、炭素化合物はすぐに酸化されてしまいます。
図1 地球とタイタンの大気の比較(クリックで拡大)
水に含まれる酸素原子を除けば、タイタンは水素原子に富む環境です。そのため、大気中の炭素原子を含む気体としては、二酸化炭素(0.345%)よりもむしろメタン(1.6%)が多いのが特徴です。このメタンが紫外線によって光化学反応を起こし、タイタンを包むもやの層を作っています。ホイヘンス大気構造観測機器(HASI)による測定ではタイタンの表面温度は94K(-179℃)でした。液体メタンが存在できる環境です。
ドップラー風速測定器(DWE)による観測では、タイタンの大気は自転方向へ流れていることが確かめられ、この現象はスーパーローテーションと呼ばれています。これはこれまでの観測結果や理論と一致します。高度120kmで風速は最大で、120m/sに達しています。これに対し、HASIによる観測によれば、地表近くの風は非常に弱く、1m/s以下です。
エアロゾル採取器・熱分解器(ACP)により大気中のエアロゾルが採取され熱分解されて、ガスクロマトグラフ質量分光計(GCMS)により分析されました。その結果、窒素を含む有機物(恐らくアミノ化合物、イミノ化合物、ニトリル化合物などを含んでいると思われる)が検出されました。エアロゾルは地表に降り積もり、約1kmの層を作っていると考えられます。このような過程により、大気中のメタンはどんどん失われていきます(1000万~2000万年程でなくなるペースです)。そのため、大気中にメタンを供給するメカニズムがあるはずです。
いくつかのホイヘンスの科学機器が、タイタンにメタンの相転移サイクル(気体・液体・固体と変化すること)があることを示唆しています。GCMSと降下撮影/分光放射計(EISR)が、低層大気中でメタンのもやを検出しています。地表科学パッケージは着陸地点が湿った砂で覆われていることを明らかにしました。着陸直後にメタン量が急に増えたことが、GCMSによって捉えられました。着陸地点の地表は、氷の粒と降り積もったエアロゾル、そして液体メタンから成っているようです。
DISRが撮影した画像には、メタンの雨や地下から湧き出た液体メタンが氷の岩盤を削りながら流れてできたと思われる川のネットワークが写し出されていました(図2)。図2は高度16kmから撮影された画像です。
図2 メタンの川(クリックで拡大)
タイタンには、地球と同じように大量の窒素が大気中に含まれています。しかし窒素同位体比(同じ窒素原子でも質量の異なる14Nと15Nという2種類がある)を調べると、地球に比べて14Nの割合が小さいことが分かりました。これは、かつてタイタンにはもっと大量の大気があり、現在の大気量の約5倍の量が宇宙空間へ逃げていったときに、より軽い14Nの方が15Nよりも先に逃げていったためだと思われます(火星でも見られる現象です)。これに対してメタンに含まれる炭素原子にはこのような現象は見られません。これも、メタンが常に大気中に供給されている証拠の一つです。
メタンの供給メカニズムとして考えられるのが、氷火山やそれに似た活動です。それを裏付けたのが、40Ar(Ar:アルゴン)の存在です。40Arは、氷と水でできたマントルの下にある岩石中に含まれる放射性同位体40K(K:カリウム)が崩壊してできます(放射性同位体は不安定なので放射線を出して別の原子に変わってしまい、この現象を崩壊といいます)。地下深くでできた40Arを大気中へと運ぶメカニズムがあるという証拠です。
また、36Arは崩壊によってではなくもともと存在していた原子ですが、タイタンにはこの36Arがわずかな量しか存在しないことも分かりました。太陽系が形作られていた頃、タイタンに取り込まれたガスが大気を作りました。36Arは45K(-228℃)という低温状態でしか取り込まれません。36Arが少ないということは、大気を獲得した頃のタイタンはもっと高温だったということになります。このような高温状態では窒素分子(N2)は取り込まれません。現在の窒素分子を作る窒素原子は、もともとはアンモニアなどの化合物の形で取り込まれたということになるのです。
厚い窒素の大気を持つためには、実際に観測される量の4~20倍の量の炭素原子がどこかに隠されていなければならないことが知られています。例えば地球では、炭酸塩岩石として地殻に閉じ込められています。タイタンではどうでしょうか。一部はエアロゾルとして地表に降り積もり、後に地表を覆った氷の層の下に隠されているでしょう。しかしそれだけでは足りないので、もっと深いところにあるマントル中で何十億年も昔に作られたメタンが、タイタンの地殻の下に広がっていると考えられている海の中に水と結合した水和物の形で存在しているかもしれません。もしくは、地下深くに今でも元の姿(有機物、二酸化炭素、結晶)のまま存在しているとも考えられます。
タイタンはこれからも多くのことを教えてくれるでしょう。ホイヘンス着陸地点は、かつて大西洋にあると言われた架空の島にちなんで、アンティリアと名付けられました。
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Nature: News and Views: Planetary science: Huygens rediscovers Titanより
2004年12月25日にカッシーニから切り離されたホイヘンスは、2005年1月14日にタイタン大気中に突入し、2時間27分かけてタイタンの地表に到達し、着陸しました。データはカッシーニを通して69分間にわたり送られてきました。
タイタンは地球の10倍も厚い主に窒素から成る大気を持っていますが、非常に低温のために水は氷として存在し、大気中には水蒸気が含まれていません(図1)。これに対し火星や地球、金星では水蒸気が含まれ、炭素化合物はすぐに酸化されてしまいます。
図1 地球とタイタンの大気の比較(クリックで拡大)
水に含まれる酸素原子を除けば、タイタンは水素原子に富む環境です。そのため、大気中の炭素原子を含む気体としては、二酸化炭素(0.345%)よりもむしろメタン(1.6%)が多いのが特徴です。このメタンが紫外線によって光化学反応を起こし、タイタンを包むもやの層を作っています。ホイヘンス大気構造観測機器(HASI)による測定ではタイタンの表面温度は94K(-179℃)でした。液体メタンが存在できる環境です。
ドップラー風速測定器(DWE)による観測では、タイタンの大気は自転方向へ流れていることが確かめられ、この現象はスーパーローテーションと呼ばれています。これはこれまでの観測結果や理論と一致します。高度120kmで風速は最大で、120m/sに達しています。これに対し、HASIによる観測によれば、地表近くの風は非常に弱く、1m/s以下です。
エアロゾル採取器・熱分解器(ACP)により大気中のエアロゾルが採取され熱分解されて、ガスクロマトグラフ質量分光計(GCMS)により分析されました。その結果、窒素を含む有機物(恐らくアミノ化合物、イミノ化合物、ニトリル化合物などを含んでいると思われる)が検出されました。エアロゾルは地表に降り積もり、約1kmの層を作っていると考えられます。このような過程により、大気中のメタンはどんどん失われていきます(1000万~2000万年程でなくなるペースです)。そのため、大気中にメタンを供給するメカニズムがあるはずです。
いくつかのホイヘンスの科学機器が、タイタンにメタンの相転移サイクル(気体・液体・固体と変化すること)があることを示唆しています。GCMSと降下撮影/分光放射計(EISR)が、低層大気中でメタンのもやを検出しています。地表科学パッケージは着陸地点が湿った砂で覆われていることを明らかにしました。着陸直後にメタン量が急に増えたことが、GCMSによって捉えられました。着陸地点の地表は、氷の粒と降り積もったエアロゾル、そして液体メタンから成っているようです。
DISRが撮影した画像には、メタンの雨や地下から湧き出た液体メタンが氷の岩盤を削りながら流れてできたと思われる川のネットワークが写し出されていました(図2)。図2は高度16kmから撮影された画像です。
図2 メタンの川(クリックで拡大)
タイタンには、地球と同じように大量の窒素が大気中に含まれています。しかし窒素同位体比(同じ窒素原子でも質量の異なる14Nと15Nという2種類がある)を調べると、地球に比べて14Nの割合が小さいことが分かりました。これは、かつてタイタンにはもっと大量の大気があり、現在の大気量の約5倍の量が宇宙空間へ逃げていったときに、より軽い14Nの方が15Nよりも先に逃げていったためだと思われます(火星でも見られる現象です)。これに対してメタンに含まれる炭素原子にはこのような現象は見られません。これも、メタンが常に大気中に供給されている証拠の一つです。
メタンの供給メカニズムとして考えられるのが、氷火山やそれに似た活動です。それを裏付けたのが、40Ar(Ar:アルゴン)の存在です。40Arは、氷と水でできたマントルの下にある岩石中に含まれる放射性同位体40K(K:カリウム)が崩壊してできます(放射性同位体は不安定なので放射線を出して別の原子に変わってしまい、この現象を崩壊といいます)。地下深くでできた40Arを大気中へと運ぶメカニズムがあるという証拠です。
また、36Arは崩壊によってではなくもともと存在していた原子ですが、タイタンにはこの36Arがわずかな量しか存在しないことも分かりました。太陽系が形作られていた頃、タイタンに取り込まれたガスが大気を作りました。36Arは45K(-228℃)という低温状態でしか取り込まれません。36Arが少ないということは、大気を獲得した頃のタイタンはもっと高温だったということになります。このような高温状態では窒素分子(N2)は取り込まれません。現在の窒素分子を作る窒素原子は、もともとはアンモニアなどの化合物の形で取り込まれたということになるのです。
厚い窒素の大気を持つためには、実際に観測される量の4~20倍の量の炭素原子がどこかに隠されていなければならないことが知られています。例えば地球では、炭酸塩岩石として地殻に閉じ込められています。タイタンではどうでしょうか。一部はエアロゾルとして地表に降り積もり、後に地表を覆った氷の層の下に隠されているでしょう。しかしそれだけでは足りないので、もっと深いところにあるマントル中で何十億年も昔に作られたメタンが、タイタンの地殻の下に広がっていると考えられている海の中に水と結合した水和物の形で存在しているかもしれません。もしくは、地下深くに今でも元の姿(有機物、二酸化炭素、結晶)のまま存在しているとも考えられます。
タイタンはこれからも多くのことを教えてくれるでしょう。ホイヘンス着陸地点は、かつて大西洋にあると言われた架空の島にちなんで、アンティリアと名付けられました。