WEB PENGUIN CLUB

♪結成39年 無派閥臍曲がり演芸ロックバンド、ペンギンクラブ公式ブログへようこそ!!♪

ウクレレブラザースからのお知らせ

2007-08-30 19:19:21 | News
皆々様へ

今年の夏は暑かったのではありません。
我が国は2007年をもって亜熱帯地域となりました。
来年の8月は40度にはなるでしょう。
こういうバカげた季節には、
バカげたライブを聞くというのはどうでしょう?
嫌ですか?
嫌でもご連絡致します。

昨年に引き続き我がウクレレブラザースは、
由緒正しい『目黒のさんま祭り』の野外ライブに出演します。
9月9日(日曜日)、盛大に催されるイベントの一環で、
荷台がステージになったトレーラーで、
午後1時から約20分のライブです。

公式応援サイトは、
http://www.owarai.to/meguro/

この中の地図を見て下さい。
「炭焼さんま食べ放題」って書いてあるでしょ?
この文字の「題」のあたりが会場です。
目黒駅を出ればすぐトラックが見えます。

当日さんまを食べるもよし、
ビールを飲むもよし、
さんま寄席を見るもよし、
もしいらっしゃることがありましたら、
まぁ覗いてみて下さい。

よろしくお願い致します。


***ナイロン弦で心も軽く*****

ウクレレブラザース  高野ひろし


*****山手線は下駄代わり*****

隊長のエンヤコラム 音楽家と私 その2 『オスカー・ピーターソンと私』

2007-08-26 13:50:11 | 隊長のエンヤコラム 音楽家と私
男女共学に嫌気が差した私が、校舎全体が更衣室臭い男子校の高校に入った時、音楽人生最大の事件が勃発しました。
私以上にピアノのセンスか無い妹が購入したポピュラーピアノの教則テープを何気なく聞いていた私は、遂にブルーノートという音階に遭遇したのです。
普通の完全音階がまるで魔法の如く、大人の哀愁が漂うジャージーでブルージーな音に変身するのです。
多感な年頃の私は恥も外聞もなく、「世の中はブルーノートだ」とさけびました。
それまでポロポロ弾いていたフレーズは、この日を境に一気に変わっていったのでした。
その時目の前に現れたのが、オスカー・ピーターソンその人でした。
その豪快にしてスィングするピアノ、何より凄まじいスピードに、私は惚れました。
ブルーノートを知ったばかりの私にも、彼のメロディーはズンズン侵入してきたのです。
何が凄かったって、両手でユニゾンしながら、恐ろしいスピードでアドリブを取るところでしたね。
そこでいきなりモンクに走らなかった素直な心を褒めてほしいですよ、まったく。
慌てて『ミーツ・オールド・フレンズ』みたいなレコードを買って、一杯の共演者を取っ替え引っ替えつつバリバリ弾きまくるピーターソンに、私は憧れを抱きました。
彼が所属していたヴァーヴというレーベルを、絶対的な信頼を持って攻めました。
カウント・ベイシーやエラ・フィッツジェラルド、ジョー・パス達の心地よいリズムとメロディーに、高校生の私はメロメロでありました。
油井正一やイソノカツオじゃなかったイソノテルオ、青木誠のFMを聞き、「ジャズ以外の音楽はハナクソだ」と宣言してしまいました。
ブルーノートの発見は、新たな音楽を私に与え、と同時に私の周りにバリアを張ってしまったのでありました。

練習日記 2007.08.04 (土) pm20:00~23:00

2007-08-25 13:46:24 | 練習日記
ヤングホーン隊のお二人は、夏休み中という事もあって、今夜はお休み。
一度参加してみて、やっぱ“イヤ・ダメ”ってことではなさそう。
小野木君の話によると、結構楽しんでくれたみたいです。
かなりの緊張だったようなので、ちょっとホッとしました。
それから、坂本ちゃん(tp)も仕事の都合で急遽お休み。従ってホーンの譜面がない。
それでも何とかしてしまう、す~さん(tb)は大したものだ。ちょっと尊敬しちゃいます。
次に宮原君(g)。学校の先生も大変のようで、夏休み中だというのにご出勤。
楽器を持って歩くことが出来ず、スタジオの備品をお借りしてのプレイとなったのだが、これがかなりのポンコツもの。
ノイズは発するは、チューニングは合わないわで、もう大トホホ状態。
まっ、タダでお借りしているのだから文句言っちゃイケマセンね。
そんなこんなで、新曲(いつまで新曲と呼ぶんだろう??)を交えて、出来る曲をそれなりにプレイして今夜は終了。
メンバーの大半が、もうすぐ誕生から半世紀を迎えます。
それでも、まだまだガンバルおじさん達なのでした・・・。
次回は、09/01(土) pm20:30からだ・・・♪♪

練習日記 2007.07.07 (土) pm20:00~23:00

2007-08-25 13:21:24 | 練習日記
大変です!! ペンギンクラブ直管ホーン隊の隊員が2名増えました!!
当然のことながら女子ですが、なななんと現役女子高校生です。
ヴォーカルの小野木君の愛娘(as.)とそのお友達(tp.)で、スタジオにも制服でのご登場。
吹奏楽部在籍だけあって、譜面バリバリ。当然初見でどんどん吹いてくれちゃいます。
とっても素敵です。それにしても、ホーンが4本になると、当たり前だけど迫力が違いますねぇ。
我々バンド本体も触発されて、ついつい力が入るってものです。
ってな訳で、今夜は出来るだけ多くの曲を体験してもらうためにも、次から次へとプレイしていきます。
が、久々の「グー・グー」を前にしてプチトラブル発生。
この曲は、ギター2人による、リフのハモリがあるのですが、竹中君が全然思い出せない。
スケールも忘れてしまっているようで、必死の形相でガンバッテいるのだか、どうも先に進まない。
小野木君からは、“5分経過”とのアナウンス。まるで、NHK囲碁中継を見ているようである。
とうとう思い出すことなく今夜のリハは終了。まっ、そんなことはどうでも良いです。
今夜は、何と言っても、より強化されたホーン隊に尽きます。
これに懲りず、次回も来てくれることを祈りつつ、パワーアップ??していく??、おじさん達なのでした・・・。
次回は、08/04(土) pm20:00からだ・・・♪♪

練習日記 2007.06.09 (土) pm20:00~23:00

2007-08-25 13:19:02 | 練習日記
5月の予定がキャンセルされて、約2ヶ月ぶりのリハーサルです。
今回は、サカモト社長(tp)が発熱のためご欠席。まっ、8人ともなると、なかなかねぇ。
で、ここでお知らせです。ギターの宮原君は、ご存じ??の通りのバイク小僧であります。
そんな彼が、某○○出版発行の『ドゥカティ・マガジン』の最新号に、愛車ドゥカティMHRとともに登場しております。ぜひ、ご覧下さいまし・・・。
てな訳で、とっととスタート。のはずが、その宮原君のツインリバーブのランプが付かない。
でも、ただのバルブ切れとのことで一件落着。そうこうしていると、深山君のべーアンが“ブーブー”吠えている。どこかの接触なのか??
原因はよくわからなかったけど、何とか落ち着かせて、ようやく本当にスタート。
まずは、前回のリハで、ある程度の形が見えてきた新曲2曲を。
しかぁ~し、いつもの事ながら見事に忘れている。でも、今回は思い出すのが(割と)早かったけどね。
もう一曲の方も、リズムをちょいと変えてみたりして楽しくなってきましたよ。お披露目はいつの日か??
あとは、スッゲェ久しぶりの『自転車に乗って』他を、スラリとプレイして今夜は終了。
頭と体と精神・・・、いろいろと着実に劣化が進んでいく今日この頃。
一歩先に進むためにも、何とか月イチでのリハをと思っている、おじさん達なのでした・・・。
次回は、07/07(土) pm20:00からだ・・・♪♪

練習日記 2007.04.07 (土) pm20:30~23:30

2007-08-25 13:16:05 | 練習日記
いやぁ~、すごい事です!! 早くも??今年2回目のリハーサルです!!
今夜から、本格的な新曲のアレンジに取り掛かることに。
とは言っても、まずは前回までのことを思い出さねばなりませぬ。
とっととスタートしようとすると、宮原君の音が出ない。
何と、コンセントが抜けていましたぁ。エフェクターのACもつないでいませんでしたぁ。
曲を思い出す以前に、セッティングを思い出す必要が出てきた次第であります。
そんなトホホ状態ではありますが、曲の方は意外にスイスイ思い出すじゃあ~りませんか。
ある程度の構成が見えてきたところで、体調不良で遅れていたすーさん(tb.)が到着。
とてもホーンを吹ける体ではなさそう。でも、その変わりにコンガを担いできてくれた。
エライ!! 見上げた根性だ!! 女の中の男??・・・ である。
続いて今夜は、以前少しだけ手をつけていた新曲もやってみる。
当然のことではあるが、作者を含めた全員がステキなほど忘れている。
こちらは思い出すまでに少々時間がかかりましたね。セカンドラインが実に難しい。
でも、何とか恰好がつくところまで持ってこれたかな?? 次回まで忘れないようにしなきゃね。
少ない曲数ながらも、内容の濃いリハだったと密かに思っているおじさん達なのでした・・・。
次回は、06/09(土) pm20:00からだ・・・♪♪

練習日記 2007.03.03 (土) pm20:00~23:00

2007-08-25 13:13:11 | 練習日記
今日は、ひな祭りです。ようやく今年のペンギンクラブが動き出しました。
参加が危ぶまれていた小野木君も早々に登場。やっぱ、彼がいないとねぇ。
さっ、これで全員集合かと思いきや、tb.のす~さんが発熱のため欠席とのこと。
なかなか揃わんのぅ。まっ、大事にしておくんなまし・・・。
ここで、深山君の新兵器がお披露目された。かなり渋いエレアコフレットレスベースである。
このベース、かなり良いです。とてもナチュラルな音色だし、ハウリングも気にならない。
ストラップホルダーが付いていないけど、座ってプレイすれば良いだけのこと。
いろんな場面で使えそう。今後の活躍が楽しみである・・・。
そうこうしていると、小野木君にトラブル発生。愛用のas.のマウスピースが見事にカビている。
これは洗浄して即解決。しかし、続いて管の内部にも、美しいエメラルドグリーンに輝くカビを発見。
皆からは、“五色沼サックス”と命名されたのであった。
で、今夜は、久々の新曲に着手。高野隊長が、スーパーカブに跨りながら作った力作??だ。
彼は、今日のリハまで忘れないように、日々心の中で歌い続けていたらしい。流石だ・・・。
ふむふむ、なかなか面白い曲になりそうです。次のリハまで憶えていればの話だけどね・・・。
その後は、手馴れた曲をリハビリ感覚でプレイして、今夜はお開きに。
次の単独ライヴに向けて、花粉症にも負けず動き出したおじさん達なのでした・・・。
次回は、04/07(土) pm20:30からだ・・・♪♪

隊長のエンヤコラム 音楽家と私 その1 『ビートルズと私』

2007-08-25 13:02:53 | 隊長のエンヤコラム 音楽家と私
私は中学生の時、ビートルズと出会いました。
当時の私は、幼稚園に行く前から習っていたピアノと小学3、4年の頃にやっとのことで別れ、5線譜もト音記号もバイエルもツェルニーも、ピアノに係わる全てをまるで宿便を洗い流すかの如く捨て、平和な音楽生活に浸っている真っ最中でありました。
その静かな日々をビートルズはレット・イット・ビーという卑劣な飛び道具を携えて、私の心に入り込んできたのです。
バカ盛りの中学生の耳に、あの印象的なピアノの前奏が響きわたったのでございます。
「ポールは偉い!」迂闊にも私は思ってしまいました(名誉のために申し上げておきますが、今はジョージが好きです)。
その日から私は、ビートルズなしでは生きていけない体になってしまいました。
レディー・マドンナはどうやって弾くのだろう? ハロー・グッドバイにピアノが入ったら変だろうか?
数年間開くことのなかった我が家のピアノの蓋が、ビートルズによって開いてしまったのです。
私は直ちに科学合奏隊・ヌルの一員となり、放課後の音楽室を占拠する輩となりました。
音楽室では飽きたらず、我が家の狭いピアノ部屋を練習場にいたしました。
そして、ビートルズをやってやってやりまくり、遂には彼らに捧げる歌まで作ってしまいました。
今思えば微笑ましいというよりは、空恐ろしい日々でありました。
世間には沢山の音楽があるということが分かったのは、私が高校生になってからです。
それによってようやくビートルズは、まるで憑き物が落ちたように、私から離
れていきました。
いや、そうではありません。ビートルズがonly oneではなく、one of themだと
見れるようになったのです。
ビートルズはまるで麻疹か水疱瘡のように私を手玉に取り、駆け抜けていきました。
しかし単なる通過儀礼として、跡形もなく消え去ったのではありません。
一生消えない水疱瘡の痕として、私の中に残り続けていくのであります。

人に歴史あり その2 『深山の巻』 (ベース & ヴォーカル)

2007-08-25 11:08:45 | 人に歴史あり
深山正樹は寝る男である。
彼は寝ている時にこそ、人生最大の幸福を感じているに違いない。
その上、一度寝るとなかなか起きないのである。
学生時代、彼はバンドのメンバー2人と、ミーハー若者憧れのアメリカ西海岸に旅立った。
当時オシャレさん若い衆のバイブルとも言うべき雑誌『ポパイ』『ホットドッグ』が、「やっぱウエストコーストじゃん」と宣言したのを真に受けての所行であろう。
まだ1ドルが250円という無礼な為替レートがまかり通っていた時代だ。
彼は流行に無頓着な振りを装って、実は誰よりも先に飛びつく男なのであった。
滅多に行けないキリシタンバテレンの国ということで、短い滞在期間を有効に使うべく各地を巡ると思いきや、暢気でものぐさな彼等は、約3週間、殆ど加州を離れることはなかった。
その旅に於いて、彼の爆睡王振りが遺憾なく発揮されたのである。
彼がひとたびベッドに倒れ込むと、体内の全てのエネルギーを一瞬にして放出、一切の生物学的行動を遮断する。
その直前に必ず口ずさむのが、「正樹の子守歌」である。それはこんな歌詞であった。
《今日も一日 儀式も終わって 顔が粉を吹きゃ わたしゃ寝るのみ ただ漠然と 雨が降ろうが ヤリが降ろうが わたしゃ寝るよ ゴーゴー・・・》
歌詞の中の「儀式」というのは、彼が日々欠かさなかった行為、即ちニキビに薬を塗布する作業のことだ。彼には運転中ニキビを潰すという癖があった。
ニキビが潰れた瞬間のことを彼は「噴火」と称した。その薬剤塗布が完了すると、その日の彼の意識下の行動は全て終わりなのであった。
以後彼は爆睡王として君臨し、それに勝るものは早朝サッカーと子供の運動会のみなのだ。
そんな彼の寝姿に触発され、高野隊長は『グーグー』という曲を作ったのだった。