27日(日)
体温36.57℃
年末から入院し、一時は危篤状態に陥っていた叔父が奇跡的に回復。
今日は両親と夫の4人で、叔父を見舞ってきた。
前回行った時はICUに入っていて、危険な状態だった。
当然意識もなく非常に重篤な病状だったが、今月に入ってめざましく回復し
一般病棟に移ることができたのだという。
叔父は車椅子に乗ってはいたが声には力があり、確実に回復しているのがわかる。
私は叔父が大学生の時に生まれ、幼少期は一緒に住んでいたのでとても可愛がってもらった
記憶がある。
とてもユニークな人だったが私は大好きで、いつもチョコチョコとあとをくっついていた。
英文科の学生だったのだが、面白がって英語の辞書(絵が多かった)をまるごと一冊私に覚えさせたり
妙な言葉をいろいろ覚えこませた。(4歳児が“不可思議”とか使うか?!)
そのせいで私は幼稚園の入試は英語で受答えをし、妙な言葉を連発して試験官の先生方を
混乱させたという。(その後、英語は中学生になるまでにキレイサッパリ忘れてしまった
)
そんな愛すべき人柄の叔父が危篤、と聞いた時は愕然とし非常にショックだった。
しかし今日の叔父は以前にもましてシャレをとばしまくっていて、本当に病人か?という感じ。
しばらく闘病は続くだろうが、どうか元気を取り戻して明るさをまた分けてほしい。
両親と病院の最寄り駅で別れ、ちょっとドライブ。
大宮花の丘公園へ。
ここは以前私が住んでいた家の近所だが、数年前に完成したようだ。
(私がいた時は、まだ未完成だった)
もう少しするとチューリップなどがとてもきれいなようだが、まだ花の季節には早かったらしい。
しかしお散歩にもよい公園なので、1時間ちょっと近辺を含め散策した。
その後16号沿いのショッピングセンターを覗き、岩槻の洋麺屋五右衛門で夕食。
おいしかった
夫はにんにく屋は以前行ったことはあっても、洋麺屋のほうは初めてだったらしい。
私は2年ぶりくらい。
とはいえいつもデパートの中の店ばかりで、路面店は初めてだった。
なかなか雰囲気もよかったし、近々また行ってみたいな

年末から入院し、一時は危篤状態に陥っていた叔父が奇跡的に回復。
今日は両親と夫の4人で、叔父を見舞ってきた。
前回行った時はICUに入っていて、危険な状態だった。
当然意識もなく非常に重篤な病状だったが、今月に入ってめざましく回復し
一般病棟に移ることができたのだという。
叔父は車椅子に乗ってはいたが声には力があり、確実に回復しているのがわかる。
私は叔父が大学生の時に生まれ、幼少期は一緒に住んでいたのでとても可愛がってもらった
記憶がある。
とてもユニークな人だったが私は大好きで、いつもチョコチョコとあとをくっついていた。
英文科の学生だったのだが、面白がって英語の辞書(絵が多かった)をまるごと一冊私に覚えさせたり
妙な言葉をいろいろ覚えこませた。(4歳児が“不可思議”とか使うか?!)
そのせいで私は幼稚園の入試は英語で受答えをし、妙な言葉を連発して試験官の先生方を
混乱させたという。(その後、英語は中学生になるまでにキレイサッパリ忘れてしまった

そんな愛すべき人柄の叔父が危篤、と聞いた時は愕然とし非常にショックだった。
しかし今日の叔父は以前にもましてシャレをとばしまくっていて、本当に病人か?という感じ。
しばらく闘病は続くだろうが、どうか元気を取り戻して明るさをまた分けてほしい。
両親と病院の最寄り駅で別れ、ちょっとドライブ。
大宮花の丘公園へ。
ここは以前私が住んでいた家の近所だが、数年前に完成したようだ。
(私がいた時は、まだ未完成だった)
もう少しするとチューリップなどがとてもきれいなようだが、まだ花の季節には早かったらしい。
しかしお散歩にもよい公園なので、1時間ちょっと近辺を含め散策した。
その後16号沿いのショッピングセンターを覗き、岩槻の洋麺屋五右衛門で夕食。
おいしかった

夫はにんにく屋は以前行ったことはあっても、洋麺屋のほうは初めてだったらしい。
私は2年ぶりくらい。
とはいえいつもデパートの中の店ばかりで、路面店は初めてだった。
なかなか雰囲気もよかったし、近々また行ってみたいな
