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↓「このタイトルの意味は?」とよく聞かれますが、たいした意味はありません。身内から出たネタです。すいませんm(_ _)m

夏大

2013年07月27日 | SATOKO

去年ケン達の「夏」が終わり、今年の「夏」は去年とはまた違った思いで夏大の応援に出かけている。
先日わがT高校の後輩たちの「夏」が終わった。

2回戦敗退ではあったが、後輩たちは一生懸命なプレイを見せてくれて、

めちゃめちゃ暑かったけど、やっぱり球場に出かけていってスタンドから応援してよかったなぁと思った。

 

新聞に「球児の涙」という記事がのっていた。

負けた学校の球児が必ず泣くのはどうしてか?

というもので、記者は以下のような結論をだしていた。

 

「チームに申し訳ない」

自分のプレーの結果が、もし自分だけで完結すれば、失敗しても心の整理はつきやすいかもしれません。

でも、同じように勝利を切望する仲間を思うと、喜びも悔しさも段違いでしょう。厳しい練習に打ち勝った間柄ならなおさらです。

だから、球児たちは仲間のために互いに泣くというのが、私なりの結論です。

そう考えると、彼らの涙がすがすがしい理由が納得できませんか?

 

なるほど、と思うと同時に、それだけじゃない気もした。

私は野球部父母会に参加し、ケンの高校3年間、かなり深く野球部とつきあってきた。

多分普通の部活の父兄よりもそうとう多くの時間、野球部の子供たちを見ていたんだと思う。

そんな私達が、自分の子供たちの「夏」が終わった瞬間感じるのは、

なんとも言えない「喪失感」と、「さびしい」「切ない」って思いだった。

親たちでさえこんなんなんだから、野球部員として練習にあけくれてきた子供たちの、負けたあとの「寂しさ」はどんなもんだったんだろう。

「このグランドで、この仲間たちと、こんなに全力でプレイすることは二度とないだろう」

球児の涙にはそんなさびしい気持ちもたくさんはいってる気がする。

 

いろんな部員がいて、いろんな思いで野球を続けてきたんだろうけど、

その集大成である「夏大」

背番号をもらえるのは20人

夏大のベンチ入りをめざして、一生懸命練習してきた2年半。

それがむくわれなかった仲間の涙。

そんな涙を見て、そんな仲間の分も戦う。

そこから始まった「夏大」。

そこで思うような結果が残せず、不甲斐ない気持ちで流す涙。

そういうのもあると思う。

 

やっぱりどれも「仲間を思って泣く」涙には違いないか・・。

 

今年も地方大会で何試合か観戦し、そのたび負けた方のチームの涙を何度も見てきた。

2年半の思いを吐き出すように泣いている子供達。

でもみんな、最初からこの瞬間が来ることを、どこか心のかたすみでずっと覚悟してたんだと思う。

とうとうその時が来てしまったという、本当に切ない気持ち。やりきれない気持ち。

 

そんな姿を見て、私自身がこの年になったから言えるんだろうけど、

そんな風に思いっきり「泣ける」ってこと、そのこと自体が、一生もんの素晴らしい事だと思う。

まさに「すがすがしい涙」

そんな涙を流すことができる機会はそんなにはないもんね。

 

いいなぁ、高校野球。

いいなぁ、夏大。

少年野球も、大学野球も、プロ野球も、なんでも面白いけど、

切なさと背中合わせで戦う「夏大」

プレイする球児も、応援する球児も、どうか全力で!

そして「すがすがしい涙」思いっきり流してください。

 

この写真を見ると、炎天下のグランドの「熱い」応援席に心が飛んでいきます。


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