ほるほる

矢作川のほとりから枝下用水(豊田市)をながめ
徐福・百済王など日中韓の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

「客観日本」で紹介いただきました。

2016-07-15 23:49:09 | 徐福伝説
「客観日本」ってなに?と思われるかと思います。

  「客観日本」は中国語で日本の「客観的」な姿を中国の読者に知っていただくポータルサイトです。
  運営主体は文部科学省所管の国立研究開発法人科学技術振興機構中国総合研究交流センターで、準公的な性格を持っています。
  「客観日本」では、日本の科学技術を中心に、経済、社会、文化、歴史、流行、グルメなど、幅広いジャンルについて、正確な日本の姿を紹介します。

というわけで、その「客観日本」に「中日韩之间两千年不衰的传说·徐福(中日韓の間で二千年衰えることのない伝説・徐福)」と題して、
徐福伝説研究に取り組む私のことを紹介いただきました。
http://www.keguanjp.com/kgjp_jiaoliu/kgjp_jl_wenhua/pt20160714110502.html

中国の読者に向けて徐福の話って逆じゃない?と思われるかもしれませんが、
今年初めの東海日中関係学会の公開研究会(名古屋)で徐福伝説研究の現状を報告した時、
会場におこしくださった中国人記者の欧陽蔚怡さんが、
この日本の徐福研究をぜひ中国の人たちに知らせたいと興味を持ってくださり、
こうして今回記事にしてくださったのでした。

中国のいったいどのくらいの方たちの目に触れるかはわかりませんが、
この記事をきっかけに、うちにも徐福伝説…なんてことがあったら面白いですね。

改めて多くのお世話になってきた方々に感謝です。


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2016年7月9日 日帰り熊野・新宮の旅

2016-07-10 16:51:10 | 徐福伝説
予定通りなら、この週末は熊野で恒例の社会調査実習(大学合同調査)に参加しているのでした。
昨日は朝早くから東紀州地域に大雨および洪水警報がでていました。
私は一行が熊野に向かうよりも一足早く出発し、
熊野で熊野市役所、観光協会、徐福振興会の方たちに先日の中国象山での徐福の会議の報告をすることにしていました。
まもなく熊野につきますというところで、実習のリーダーから「途中まで来たけれど、雨の具合がひどいので引き返します」との電話、
あちゃー、と思いながら、始めは一人で熊野を満喫するかとも思ったのですが、
この地方の雨は尋常でないことは実感しているので、
よし、熊野市の方とお会いして、明日の予定だった新宮の方が日程変更できるようなら、この後新宮に行って帰ろう!と決めました。

まずは予定通り熊野での報告。
当日配布された分厚い論集なども持って行き、また本のなかに紹介された熊野なども紹介し、これからの熊野の徐福振興会について
いろんなはなしをしました。
徐福の墓の真下に暮らす振興会長のYさんは、ここ10年、本当に訪ねてくる人が増えたと教えて下さいました。
私もあちこちでこの地域への徐福渡来の証拠と伝わる「半両銭」への注目があることなどを改めてお伝えし、
あれこれとみなさんとアイデアを出し合いました。
やや停滞していた熊野市徐福振興会も今回、象山で表彰されたことがいい起爆剤になり、
新たな一歩を踏み出せそうな予感で、心強く感じました。

新宮でお会いする予定だった古くからお世話になっているYさん、Sさん。
私に合わせて出てきてくださいました。
待ち合わせはもちろん徐福公園。
Yさんは私が大学の卒業論文で徐福を書こうと、生まれて初めて現地を訪ねるという時に
商工観光課長だったという縁で出会った方。
ですから新宮に来ると、いまでも「志保」「志保ちゃん」と呼んでもらえます。
約30年前、私たちはお互いに若かった!…

徐福公園の隣には新しいお店ができていました。

新宮駅前には「徐福」と名の入ったお店などが多いのですが(徐福寿司、ビジネスホテル徐福などなど)
数年前に昔からの地名「徐福」を復活したため、こんな営業所も生まれたわけです。
昔の話、いまの話、これからの話などあれこれ話して夕方16時。

かつてなら当然泊まるところですが、高速道路が出来て、では帰ろうかということが可能になりました。
心配していた雨もやみ、走り始めます。
新宮から帰るならと、まずはつれあいが何よりも愛している香梅堂の「鈴焼き」を今回は少量購入。
私もなにか欲しいなあと思い、「道の駅ウミガメ公園」で「大内山ソフトクリーム」を食べようとお店に入ったら、
以前はなかった(とおもう)抹茶味があってそれを購入。

この色でわかるでしょう?ものすごく美味しかったです。

で、なんかちょっと買いたい魂に火がついて、このあと「さんま寿司」購入、「道の駅七里御浜」で「みかんジュース」を飲む。
スーパーで本マグロの幼魚で初めて聞いた魚の名前の刺し身などなどを購入。これで夕食は決まり!
そして走り続けました。


いつもなら途中で伊勢神宮帰りの車と合流するところがあって渋滞があるのですが
午前の雨がひどかったため、全く車なし。
スイスイと帰り、あんなにあれこれと寄り道したのに(買わないけれど見て回ったところもあり)、
新宮駅の徐福公園から我が家まで4時間で帰ってくることができました。

帰宅と同時に義父母から「なすときゅうりとメロン」が到着。
前に送ってもらった野菜を私があんまり美味しい美味しいというので、
また送ってくれたのでした。感謝!
そこで、さんま寿司と刺身を並べるだけでなく、なすも焼くことにしました。←今夜のメニュー手抜きすぎ!

一泊二日の熊野、新宮の合同調査(楽しい!)の予定が、日帰り車の一人旅となりましたが、
こういうことも可能になったのだと驚きました。
期日前投票も終えておいたし、今日・日曜日はなんだか得した気分です。

というものの、一日はあっという間ですね。
洗濯物して、お布団干して、掃除機かけて、額ほどの庭の菜園の草抜きして、
そう、この庭がいま楽しいのですが、その話はまた今度。
いい週末になりました。(締め切りの仕事は、もともと今日はないものと考えてしない!)






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枝下用水日記、更新しました

2016-07-01 09:33:35 | 豊田土地改良区資料室
豊田土地改良区資料室ブログ「枝下用水日記」、
更新しました。
仕事してます…というか、日々楽しんでいます。
http://blog.goo.ne.jp/shidareyousui/e/dc532754ff580f2659e829a9fb725122
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日本海から

2016-06-21 22:02:48 | シホのホ(雑記帳)
先日、北の国(ワタル)から毛蟹やホッケやチーズや…母の日、父の日ということで美味しい荷物が届いた。http://blog.goo.ne.jp/horuhorushiho/e/585a269f0a752d1aeb3714282c27c001

そして今日、つれあいの実家から晩に荷物が届くことになっていたので待っていると、実家からの荷物とともに、「おかし」と書いた日本海(サホ)からの荷物が届いた
。「えー、サホが−!」と、いつまでもサホにはハードルが低く、喜々として箱を開ける。


サホなりの演出だそうで、宛名はつれあいのみ。でも開けると父の日と母の日のセットになっていた。
「新潟一番搾り」がはいっていて、箱の「父の日」をきちんと一箱は「母の日」と書き換えているところが細かな芸。そして以前つれあいが従兄弟夫婦からもらって、私に一つもくれないで食べきった、つれあいの大好きなマヨネーズあられ。そしてせんべい好きな私には荒砕き堅焼き煎餅!美味美味!
新潟はおせんべいが充実していて美味しい。
ああまた太ってしまう。

サプライズ好きな我が家は、離れていてもこんなふうに盛り上がっているのでした。


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2016年6月16日 2016中日韓徐福文化象山フォーラム その2

2016-06-19 22:50:29 | 徐福伝説
中国、韓国の徐福関係者とはこんな機会でないとじっくり話すこともできないため、昨夜はあれこれと時間をとられた。そのため、帰国のために荷詰めもできないままに寝てしまったので、5:00起床。それにしても今回もやっぱり荷物が多くなった。いつも中国行きは大きなスーツケースを半分以上は空の状態で持っていく。それでもパンパンになってしまうのだ。今回も相当な量になった。ほとんどが本。たぶん重量オーバー。

8:30から昨日の大会議室で論文検討会。

中国:張良群:中国徐福会副会長、日本:田島孝子:日本徐福協会会長、韓国:金享受:済州徐福文化国際交流協会理事長の3人が順に座長をつとめ、15人の発言があった。一番初めは今回の会場の象山徐福会の代表の方。用意されていたテーマは「徐福東渡と古越文化」だったけれど、昨日の私の発表を受けて、急遽テーマを変え、2012年、あの日の象山でのことを話してくださった。同時通訳のおかげもあって、いかにこの日を迎えることが大変だったか、そして今回、ずっと開催許可がおりないなかで、象山県のある寧波市が日本の奈良、韓国の済州とともに「東アジア文化都市」に2016年選定されたのをチャンスと申請し、やっと開催となったのだと知った。この「東アジア文化都市」の選定というのは日中韓の首脳会議で決まった国際イベントだそうで、選定されると1年間この名義を使って様々な文化イベントができるのだという。そう言われてみればそんなマークが配布物には全てついていた。今日は徐福関係者だけの会だったので話しやすかったこともあると思うが、こうしたこまかな話はこれまで表にならなかっただけに、昨日の私の発言に共感してもらえたことはほんとうに嬉しかった。
それぞれにこの日のために準備してきた発表だからもっと時間を十分に欲しかったと思う。その点では本当に気の毒だった。私は今回、翌日にどうしても外せない仕事が午前中にあり、必ず今日のうちに帰国しなくてはならなかったため、途中で抜けることになっていたのだけれど、同じ時間に抜ける方が多く、結局その時間が閉会になることになり、結果、最後まで聞くことができて心残りがなく有りがたかった。

10:45早い昼食を取り、11:30みなさんに見送られて車で上海浦東空港へ向かう。羽田孜さんの息子・次郎さんと話しているうちに、ほぼ同じ頃に中国に初めてきたことをしり、1985年ごろからの激動の中国を肌で感じてこれたことは自分たちに本当に良かったという話になった。次郎さんもだからこそこうして父の祝辞をわざわざもってきてくれたのだろうと思う。主催者も羽田さんの参加は本当に嬉しそうだった。
上海に入った頃からの高速道路の渋滞はいつものものなのか。隣に座っていた新宮市職員のTさんが「上海ディズニーが今日オープンです」というので、それが本当の理由かはわからないものの、みな納得。今回の大会はいつでも上海ディズニーのオープンの年として覚えられるのがいい。


15:00上海浦東空港着。12日の爆破事件を受けて、空港内にはいるのに2段階「爆破検査」と書かれたところで止められたがなんとか入場。フライトが遅れたものの、中部国際空港からの最終列車に飛び乗ることができ、夜中12:30帰宅。就寝。

みなさん本当にありがとうございました。
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