四国の四季と遊びのお部屋(JAPAN THE LIGHT OF DEY)

何を探しているの??リンクが一杯です。お探しのものありませんか??探しますよ・・・!!!

古事記十七・・・吉野川

2013-09-18 10:51:47 | Weblog
先日のイザナミ神社の帰り道・・何故??イザナミ神社は中州に??と気になりもう一つの中洲四国三郎橋の南にある神社<天佐自能和気神社>へ行ってみました。「やった~やはり・・・」
ココの祭神は神皇産霊、尊高皇産霊尊、日子刺肩別尊そして、意富夜麻登玖邇阿礼比売命(おおやまとくにあれひめ)つまり孝霊天皇の第三夫人と有ります。つまり、徳島県の吉野川の中州ではイザナミや意富夜麻登玖邇阿礼比売命を祭神として祭ったのです。
画像の一番目は昔祠が有って祭っていた中州(小島)先日の美馬市美馬町の小島です。そして、矢印が祠の有った所です。
そして次の画像は天佐自能和気神社の鳥居と碑文が書かれた石碑です。
考えると吉野川は時には雄々しく荒れるが基本的には台地に惠を与え人々の暮らしを支えてきたので母なる川として女性を崇めたと言うのは表向きで本当は・・・体で考えると・・・ではなかったのではないか!!
昔はあまり難しく考えないでしかも理性と欲望で理性よりも欲望が勝つ時代に理性で理解しようとすると考えに相違が生まれますね。
やはり古事記を紐解く時・・・欲望や恐れを考えると分かりやすいのではないでしょうかね。
<母なる吉野川>日本三大河川の四国三郎貴女も大いなる流れとはぐぐまれた台地そして四国阿波の古代ロマンに触れてみませんか??川と女性の神々気にかかるのでもう少し探しますね。
そして此方は
全国のブログへの窓口ですよ・・人気ブログランキングへ


雑学・・・余談を・・

2013-09-17 10:23:13 | Weblog
昨日舞中島を散策中、昔から気になっていた此方をちょっと書きますね。相対性理論と言えばアインシュタインですが、其のアインシュタインの友人が舞中島にいたのですよ。ご存知ですか???リンク先は美馬市のページですが、そこでも紹介されているので説明は省きますが、彼に当てた碑文が石版となってお墓に飾られています。画像は其のお墓と翻訳記事です。
明かされない、そして広がらない旧跡が沢山有る美馬市貴方も訪ねて発見し其の喜びをそして感動を味わってくださいね。そして、太古の昔に神々がはぐくみ守った神聖な所剣山(つるぎさん)そこには今も太古の昔を見てきた木々達が大きく育ち秋風に吹かれながらその緑の葉を色ずかせ貴女のお越しを待っていますよ。リンク先は貞光町観光協会です。ツアーに参加してみてはいかがですか??爽やかな秋風と新しい発見に心躍らせることでしょうね。お待ちしてますね。そして始めの画像は眉の如しと万葉で歌われた眉山から徳島市内を眺めた所です。
あは・・雑学、雑学・・・と言う事で・・此方は
人気ブログランキングへ全国のブログへの窓口・・
・・・・・・・阿波と古事記の動画がリンク前は再生回数55850でしたが、リンク後は現在57417回の再生です。やったね、・・・まだまだ見てね。第一話です。そして第二話が此方です。・・・第三話がこちら・・最後の第四話がこちらです。ご覧になってみてくださいね。

箸休め・・・・・・・月?

2013-09-16 21:35:57 | Weblog
台風18号が駆け足で過ぎ去って嵐の跡の晴天を月が我が物顔で顔を出していますが、もうすぐ満月・・・今年の<中秋の名月>は19日ですが、名東郡佐那河内村にある大河原高原で観月して見ませんか??二人だけで神に近いところで観月するのはとてもすばらしいと思いませんか??時間と余裕が有ればこんな所でこぼれそうな星たちと一緒に愛を告白すれば・・・・お薦めですよ。言葉なんて要りません。黙って連れて行くだけで貴方はイザナギになることでしょうね。そして時間が有れば画像のような所もご覧くださいね。
<中秋の名月>9月19日は貴方にとって最高のチャンスですよ。言葉なんて要りません。町の明かりの無い小高い丘に行けば其処は貴方達の世界ですよ。!!!!ガンバレ日本の若者たち・・・・!!!
と言う事で箸休め最後は・・・此方へネ・・全国のブログを・・・

古事記16・・イザナミ神社

2013-09-16 17:45:28 | Weblog
美馬市の舞中島にある<イザナミ神社>境内にご神木を持ちますが??
画像は正面です。そして、常夜灯が有ったので年号をパチリとしました。文政7年と有りますから年号表で調べますと1831年ですね。そして先ほどの文化16年は1818年となりますが、文化は15年までしか有りません。これはどうしたことかと帰ってから気づきましたので又調べてきますね。そして、年号には神武天皇即位を紀元とする<皇紀>と言う元号も有ります、西暦2013年は皇紀2673年です。
と話がそれましたが、最後は・・・画像をご覧ください。舞中島の社殿にはこんな感じで此方が元有ったものと思いますね。

そして<御5柱>がありました。5人の神様です。此方の神社は昔からココに有ったように思いますね。下の画像の説明書きを読んでみてくださいね。

そして此方からは・・・・人気ブログランキングへ全国のブログへ・・・

古事記十五・・イザナミ神社??

2013-09-16 16:58:36 | Weblog
・・・はじめてお越しの方は此方の七福神の話から読んでね。良く分かるからね。
やはり二つ有りましたが、まずは美馬町のイザナミ神社画像でUPしますが、社殿の説明がありませんでしたが、美馬市のページには延喜式の候補と書かれています。そして、境内の中を調べると文化16年と言う記述を見つけましたが、画像を取ったつもりが写っていませんでした。

あ・・・神社に出てくる延喜式の説明を<延喜式神名帳>西暦905年、醍醐天皇の命により藤原時平が始めてその後忠平が受け継ぎ927年弘仁式と貞観式及び補則されて完成し、967年により施行されたものです。これに記載があればそれ以前に存在したことになります。徳島県にはイザナミ神社は一社有ります。しかし、比定はされていません。
此方の画像は元有った所と言われている場所の島です。
又、調べていくと次の舞中島の神社は画像でUPしますが、
<十二所大権現>と呼ばれていたようです。
そして此方はいつもの・・・
人気ブログランキングへ全国のブログへ・・・