GWもきょうで終りです。けれども我輩には関係ないこと・・・。
きょうもトコ・トコと花の国プールに出かけました。
「あれッ?」 早いな~~う~ん・・・端午の節句もおわったか?
昨日まであった「鯉幟」の鯉の姿がありません。
プールでは何時もの方達が元気に見えて一緒に歩きました。
ターンの練習をするも相変わらず出来ません。鈍いですね~~
いい加減 鼻から水を脳に入れたところでギブ・アップ・・・
帰りに先日買った「たこ焼き」の味が忘れられずまたお店に寄った。
「たい焼」と「ぱんだ焼き」も買った。ぱんだ焼きなど初めてだ。

お店のメニュウー
「たい焼」と「ぱんだ焼」です。どちらも100円でした。
お昼はこれで済ませました。
家に帰るとカミさんが生け垣の躑躅の花が側溝に落ちていてその掃除をしていました。
もう三割くらい落ちてきました。
早いですね~~

//////////////////////////////////////////////
http://mainichi.jp/opinion/news/20120504ddm003070026000c.html 以下全文
金言:与謝野晶子の目覚め=西川恵
毎日新聞 2012年05月04日 東京朝刊
<kin−gon>
今年は歌人、与謝野晶子がパリに行って100年である。1912年5月5日、新橋を列車でたち、福井県の敦賀から海路、ロシアのウラジオストクに渡った。そこからシベリア鉄道で、途中、モスクワに立ち寄って、パリの北駅に着いたのは19日午後4時。2週間の長旅だった。
今の季節、パリは日が長い。半年前に渡仏していた夫の鉄幹が駅に出迎えたが、真昼のような明るさだったと思われる。タクシーで鉄幹が借家していた駅に近いモンマルトル街のアパルトマンに向かい、旅装を解いた。
日本で名の知れた晶子が来ることはパリの日本人留学生の間に広まっていて、彼らの紹介や、鉄幹の手引きもあって、仏文化人の集まりにも顔を出す。彫刻家のロダン、作家のアンリ・ド・レニエとも知り合う。晶子は滞在中、<ああ皐月(さつき)仏蘭西(フランス)の野は火の色す 君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟>など多くの歌を詠み、評論を残した。
フランス側でも当時の文芸誌「レ・ザナル」がインタビューをしている。この中で晶子はフランスと英国の女性問題を論じ、女性解放運動が盛んな英国に比べ、フランスにはなぜ同様の運動がないのか通訳を介し、ジャーナリストに問いただしている。
. 明治期、渡欧した日本人女性には川上貞奴などの技芸人はいた。しかし知識人としてかの地の文化人と対等に交わり、インタビューを受けた女性は、恐らく晶子が初めてだ。文学・芸術の創作者に深い尊敬を払うフランスで、晶子が敬意をもって受け入れられたことは想像に難くない。
興味深いのは晶子の心の変容だ。帰国後、次のような趣旨のことを書いている。
「近年、欧州を旅行するまで、私は日本に居ながら世界にあこがれる浮浪者だった。日本より世界の方がなつかしかった。しかし欧州で私は日本女性を代表しているような待遇を受け、世界の広場にいる一日本女性であることをしみじみうれしく思った。日本を愛する心と、世界を愛する心が抵触しないことを私の内に経験した」(「雑記帳」)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つぶやき
明治時代はみんなヨーロッパへ・・・それも花のパリーへ・・・ユラリ・ユラリと船に乗り次はトコ・トコとSLでロシアを横切りパリーに行く。
なんと二週間もかけて・・・・パリーに着く。
与謝野晶子 氏も例外でなかった。それから もう100年も経つのですね~・・・
時の流れは静かに流れ・・誰もが老いて去ってゆく。
「世の中は、人の思うほど善くもなければ、悪くもない」 モーパッサン
大学時代の4年間を共に暮らした無二の親友 W君はよき公務員になり、我輩の役人批判に対して こう言い放った。
「法律は”性善説”により成り立っているからな~君のような解釈はしないものだ」
彼も今は癌と闘っている。東京都の外れに居を構えているので遠くていかれない。
今は大学を卒業して半世紀 以上を過ぎている。

「おまけ」のニュース ↓
「ねこカフエ~」だそうです。ウィーンで日本人女性が開店されたそうです。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120505/erp12050508220003-n1.htm
我輩のつぶやき ↓
コーヒーを飲んでいるときに猫ちゃんが来て膝の上にチョコンと載ると何かしら いい気分になるかも? 女性客が多いかもね。我輩の娘も猫をネコ可愛がりをして今ではその猫ちゃん なんと10kg以上はある超メタボで余り動けないようだ。人間の歳に直すと100歳近いとか?ドテッと転んだまま動かないそうだ。
きょうもトコ・トコと花の国プールに出かけました。
「あれッ?」 早いな~~う~ん・・・端午の節句もおわったか?
昨日まであった「鯉幟」の鯉の姿がありません。

プールでは何時もの方達が元気に見えて一緒に歩きました。
ターンの練習をするも相変わらず出来ません。鈍いですね~~
いい加減 鼻から水を脳に入れたところでギブ・アップ・・・
帰りに先日買った「たこ焼き」の味が忘れられずまたお店に寄った。

「たい焼」と「ぱんだ焼き」も買った。ぱんだ焼きなど初めてだ。


お店のメニュウー


「たい焼」と「ぱんだ焼」です。どちらも100円でした。

お昼はこれで済ませました。
家に帰るとカミさんが生け垣の躑躅の花が側溝に落ちていてその掃除をしていました。
もう三割くらい落ちてきました。


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http://mainichi.jp/opinion/news/20120504ddm003070026000c.html 以下全文
金言:与謝野晶子の目覚め=西川恵
毎日新聞 2012年05月04日 東京朝刊
<kin−gon>
今年は歌人、与謝野晶子がパリに行って100年である。1912年5月5日、新橋を列車でたち、福井県の敦賀から海路、ロシアのウラジオストクに渡った。そこからシベリア鉄道で、途中、モスクワに立ち寄って、パリの北駅に着いたのは19日午後4時。2週間の長旅だった。
今の季節、パリは日が長い。半年前に渡仏していた夫の鉄幹が駅に出迎えたが、真昼のような明るさだったと思われる。タクシーで鉄幹が借家していた駅に近いモンマルトル街のアパルトマンに向かい、旅装を解いた。
日本で名の知れた晶子が来ることはパリの日本人留学生の間に広まっていて、彼らの紹介や、鉄幹の手引きもあって、仏文化人の集まりにも顔を出す。彫刻家のロダン、作家のアンリ・ド・レニエとも知り合う。晶子は滞在中、<ああ皐月(さつき)仏蘭西(フランス)の野は火の色す 君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟>など多くの歌を詠み、評論を残した。
フランス側でも当時の文芸誌「レ・ザナル」がインタビューをしている。この中で晶子はフランスと英国の女性問題を論じ、女性解放運動が盛んな英国に比べ、フランスにはなぜ同様の運動がないのか通訳を介し、ジャーナリストに問いただしている。
. 明治期、渡欧した日本人女性には川上貞奴などの技芸人はいた。しかし知識人としてかの地の文化人と対等に交わり、インタビューを受けた女性は、恐らく晶子が初めてだ。文学・芸術の創作者に深い尊敬を払うフランスで、晶子が敬意をもって受け入れられたことは想像に難くない。
興味深いのは晶子の心の変容だ。帰国後、次のような趣旨のことを書いている。
「近年、欧州を旅行するまで、私は日本に居ながら世界にあこがれる浮浪者だった。日本より世界の方がなつかしかった。しかし欧州で私は日本女性を代表しているような待遇を受け、世界の広場にいる一日本女性であることをしみじみうれしく思った。日本を愛する心と、世界を愛する心が抵触しないことを私の内に経験した」(「雑記帳」)
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つぶやき
明治時代はみんなヨーロッパへ・・・それも花のパリーへ・・・ユラリ・ユラリと船に乗り次はトコ・トコとSLでロシアを横切りパリーに行く。
なんと二週間もかけて・・・・パリーに着く。
与謝野晶子 氏も例外でなかった。それから もう100年も経つのですね~・・・
時の流れは静かに流れ・・誰もが老いて去ってゆく。
「世の中は、人の思うほど善くもなければ、悪くもない」 モーパッサン
大学時代の4年間を共に暮らした無二の親友 W君はよき公務員になり、我輩の役人批判に対して こう言い放った。
「法律は”性善説”により成り立っているからな~君のような解釈はしないものだ」
彼も今は癌と闘っている。東京都の外れに居を構えているので遠くていかれない。
今は大学を卒業して半世紀 以上を過ぎている。

「おまけ」のニュース ↓
「ねこカフエ~」だそうです。ウィーンで日本人女性が開店されたそうです。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120505/erp12050508220003-n1.htm
我輩のつぶやき ↓
コーヒーを飲んでいるときに猫ちゃんが来て膝の上にチョコンと載ると何かしら いい気分になるかも? 女性客が多いかもね。我輩の娘も猫をネコ可愛がりをして今ではその猫ちゃん なんと10kg以上はある超メタボで余り動けないようだ。人間の歳に直すと100歳近いとか?ドテッと転んだまま動かないそうだ。

素敵な楽しいGWをどの様に過ごされましたか?
小生は人ごみを避けて大竹市に行って見ました。
鯉幟も子供の日が過ぎると早々と降ろされるようですね。
パンダ焼とは初めて見ました~!
今回ひろしさんが上げられた「仁和寺」私にも思い出の多いお寺でした。格調の高いお寺でしたね。桜もいい時期に行かれよかったですね。
きょうのジムは混んでいました。
今 こちらでは竜巻の話題で一杯です。凄まじい破壊力ですね。竜巻はアメリカのもの?と思っていましたが?アレだけ強力な破壊力は初めてでは?RC5階建ての共同住宅もメチャ・メチャです。部屋の中で箪笥が宙に廻ったといわれています。建築屋も何らかの対策を考えなくてはいけませんね。これからは一戸建てには地下室が必要になりそうです。地上部分はなくなってもいいように・・・。