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世界遺産 日光大紀行

織内将男のブログ; 世界遺産の日光寺社を中心に、大地域の日光を巡ります

170、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠と男体中宮」

2014-12-19 17:54:33 | 日光二荒山神社




  170、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠と男体中宮」  




http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c7/Mount_Nantaisan_from_Futarabashi_Bridge.JPG/800px-Mount_Nantaisan_from_Futarabashi_Bridge.JPG



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b5/NikkoNantaisan.jpg/1024px-NikkoNantaisan.jpg







奥日光、男体山周辺は、化け物も寄り付かない魔の山とされていた。

この魑魅魍魎の跋扈する奥日光・男体山に挑んだのが、かの勝道上人であった。
勝道は、「われもし山頂にいたらざれば、菩提にいたらず」、つまり山頂に達することが自分の悟りを開くと考え、前人未到の男体山への登頂を志した。

また、釈迦が雪山で苦行をしたという前例から、あえて残雪期の登山を選んだという。



勝道上人の登頂初挑戦は767年(神護景雲元年)4月上旬であったが、嵐にあって撤退を余儀なくされた。 更に、2回目は781年(天応元年)4月上旬、またしても悪天候により失敗した。

そして翌年782年(天応2年)3月、48歳の勝道は今回こそはと意を決し、中禅寺湖畔で経を読むこと7日間、頂上へ踏み出した。

湖畔から山頂まで1,200mの急坂、木々を掻き分け、残雪を踏み、途中2泊の野営を重ね、ついにその宿願を果たしたという。 

実に、初挑戦から16年後のことであった。




さて、男体山の山頂にある二荒山神社奥宮と、日光山内にある二荒山神社本社の中間にあるので、中宮祠と呼ばれている。

山麓、中禅寺湖を臨む景勝の地、標高1,200メートルの高地にあり、男体山頂奥宮への登拝口にあたる。
古くは男体大権現・男体中宮と呼ばれました。

頂上の二荒山神社奥宮と日光山内の日光二荒山神社本社の間にあるため、中宮祠と呼ばれています。


勝道上人が山頂をきわめた後、延暦3(784)年、ここに二荒権現をまつる社殿を建てたのがはじまりである。
祭神は二荒山神社(山内本社)と同じ、大己貴命・田心姫命(たごりひめのみこと)・味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)の三神である。


本殿・透塀・唐門・拝殿・浜鳥居など重要文化財指定の主要建造物のほか、数多くの建造物があり、本殿右側に山頂奥宮への登拝門がある。



次回、 「二荒山神社・中宮祠」







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169、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠と二荒山」

2014-12-17 17:21:17 | 日光二荒山神社




  169、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠と二荒山」  






http://www.geocities.jp/flow_and_stock/jisya-kanto/P10109351.jpg



















写;二荒山中宮祠神門



二荒(フタラ、あるいはニコウ)の名称には他にも諸説あるようで、『式内社調査報告』には以下の説が紹介されている。


★  二神示現説…男女対の神の現れ。二神のあらわれ。
★  補陀落山説…観音浄土を表す、補陀落(ふだらく)山の転化。
★  布多郷説…男体山一帯を、和名抄の布多郷にあてたもの。
★  二季暴風説…年2回の暴風。
★  アイヌ語源説…アイヌで熊笹を意味するフトラの転化。
★  土子説…マタギの地名「根子(ネゴ)」が土着後「土子(ニコ)」となった。
★  荒風現象説…二季に渡る「男体颪」と「日光雷」。
★  荒神説…二荒は、太荒であり、荒神の意味。
★  安羅説…日本府のあった安羅の音から、荒々となり、二荒と変化。
 
等々、多彩である。



「式内社調査報告」とは、

平安中期に書かれた朝廷及び朝廷周辺に関する規律(律令)、格式を著わした書物を延喜式(えんぎしき)といい、その中に神社の格式を著わしたのを「延喜式神名帳」(えんぎしき じんみょうちょう)と呼ばれている。 それは、延長5年(927年)にまとめられた「延喜式」のうち、巻九・十に纏められたものをいい、当時、「官社」とされていた全国の神社一覧である。

式内社調査報告は、その「延喜式」に書かれてある神社を調べるために、或いは、調べた結果を記した中心的な書物である。

この「式内社調査報告」は、全巻25冊にも及ぶとされ、聞くところ、神田の古本屋で一冊25万円で販売していたとか。



次回、「中宮祠と男体中宮」






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168、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠と男体山」

2014-12-16 16:27:55 | 日光二荒山神社




  168、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠と男体山」  






http://www.geocities.jp/flow_and_stock/jisya-kanto/P10109291.jpg



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二荒山中宮祠と男体山


http://www.geocities.jp/flow_and_stock/jisya-kanto/P10109381.jpg




二荒山中宮祠





大昔、私たち日本人の先祖は、天高くそびえ、雲、雨、雪、かみなりなどさまざまな自然現象を展開し、命のもとである大切な水を恵んでくれる高い山々に、惧(おそれ)れと尊敬の心を抱いた。

そして、そこには神がいると信じられ、自然に生まれた山岳信仰が芽ばえたのである。


関東平野の北方にそびえる霊峰二荒山 (男体)も古くから、神のおられる山として、敬われてきた。
その、中禅寺湖の北岸、男体山山麓の景勝の地に、二荒山の神が鎮座する神社が、二荒山神社中宮祠である。


一般に日光というと、市街地(日光市内・日光山内)方面のことを呼ぶ場合が多い。

これに対して、中禅寺湖や男体山周辺、さらに湯元方面まで含むエリアを奥日光という。
それは概ね、清滝を過ぎた「いろは坂」以降、特に、ここからよく見える「屏風岩」が境ともいわれる。 

尤も、湯元エリア付近のみを奥日光と呼ぶ人もあるようで、と言うことは、中禅寺湖、中宮祠辺りは中日光と呼んでもおかしくない様だが・・?。
 


その中宮祠御本体である男体山は、二荒山とも呼ばれ、その「ふたら」とは観音浄土の補陀洛(梵語-ぼんご-)から出ていることは再三述べた。

二荒山の命名説は、「屏風岩の穴から現れる風神と雷神が 年に2回嵐をもたらし、荒れるから」という説がある。


また日光という地名は、「二荒」を音読みにしたものともとされ、元々は、市街地方面を日光と呼んでいたわけではないのである。


次回、中宮祠と二荒山





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167、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠;はじめに」

2014-12-15 16:36:49 | 日光二荒山神社



  167、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・中宮祠;はじめに」  

















二荒山神社・中宮祠は、後背に男体山を抱いて。

中宮祠は、男体山中腹の中禅寺湖畔に鎮座する。
「中宮祠」とは、本社と奥宮との「中間の祠」の意である。


勝道上人による782年(天応2年)の男体山登頂ののち、784年(延暦3年)に建立されたという。この時、同時に中禅寺も当社の神宮寺として創建された。

古くは「男体中宮」「男体権現」「中禅寺権現」とも称された。
棟札の写しによれば、1096年(永長元年)、1155年(久寿2年)、1161年(永暦2年)の社殿造営が確認されている。その後、現在の社殿が1699年(元禄12年)に造営された。

当地は古くから男体山登山の表口とされ、現在も登拝口(登山口)が本殿横に位置している。入り口の登拝門は開山時(5月5日-10月25日)のみ門が開く。
7月31日-8月8日の登拝祭の間は、中宮祠本殿から奥宮に神像が遷される[4]。


境内は本殿を始めとして7棟が重要文化財に指定されているほか、イチイが栃木県指定天然記念物に指定されている。また宝物館では、二荒山神社が所有する刀剣等の多くの宝物


次回も、 「二荒山神社・中宮祠」






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166、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・日光三社のまとめ」

2014-12-14 17:15:46 | 日光二荒山神社




  166、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・日光三社のまとめ」  




http://www.kirariwedding.com/contents/thumbs/details_main/d422fc64ead1908ba24c8b10cba8f60b.jpg
二荒山本社(新宮)、


http://nikko.4-seasons.jp/cgi-bin/cms/cms_res/img/000/000/1352347358_400.jpg
それに滝尾神社、


https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/e7/8e84d86a5181588c64ffaf1745b9b5d9.jpg
本宮神社




日光探勝コース(クリックすると範囲拡大します)






二荒山本社(新宮)、それに滝尾神社、本宮神社とともに、古くから日光三社(三所)権現として敬まわれた。


本殿は、三間社流造りで銅瓦ぶき。塗装は向拝回りのみ極彩色で、ほかはほぼ弁柄漆塗り。拝殿は間口・奥行きとも3間(5.5メートル)角、入母屋造りで銅瓦ぶき。

全体的に簡素な佇まいであるが、本宮の名にふさわしい雰囲気が境内にただよっている。

本殿の背面に扉が設けられているが、この扉を開いて男体山を拝んだとされ、霊峰崇拝の名残をとどめている。
この事は、先に述べた「滝尾神社」の拝殿、唐門付き本殿など、様式、造形とも酷似している。



尚、具体的な社殿の建設や祭礼方式は、鎌倉時代初期に男体山山頂から遺蹟の出土品があったことでも覗えるように、山岳信仰が最盛期を迎えていたことが判明し、この時に麓において神社や祭礼が確立されていったと考えられている。


それまでは二荒山大神としての所謂、自然神を祭っていたが、この時期(12世紀頃)になって、現在の神々(三神)が当てられたのだとされている。

更には、本地垂迹により寺院(別当寺、神宮寺)が建立されるに及んで、其々の神に、それぞれの仏があてられ、現在でも輪王寺(位置)ではこれらの仏を祀っている。


そのことは、鎌倉時代には政治の中心が関東の鎌倉に移り、それの伴って鎌倉将軍家の日光への帰依依存(神や仏など、すぐれた者に服従し、すがること)も著しく、鎌倉将軍の護持僧(祈祷を行う僧の職で、鎌倉将軍家の身体護持のために祈祷を行った僧)として仕える僧侶が多く輩出する。


この頃には、鎌倉幕府の権威も借りて神仏習合が更に進展し、三山(男体山・女峰山・太郎山)、三仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)、山社(新宮・滝尾・本宮)を同一視する考えが整い、山岳修行修験道(山伏・やまぶし)が盛んになってゆく。


室町時代には、日光山は所領十八万石、500に及ぶ僧坊が建ち並び、その隆盛を極めるに到ったとされている。



  日光三山 「終」  次回は二荒山・中宮祠  









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