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世界遺産 日光大紀行

織内将男のブログ; 世界遺産の日光寺社を中心に、大地域の日光を巡ります

92、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御仮殿」

2014-08-23 15:00:19 | 日光東照宮




  92、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御仮殿」  





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東照宮の表門の石の鳥居(一ノ鳥居)を潜った右手の広場、五重塔とは向かい側の奥に御仮殿という建物が、杉の大木に護られるようにひっそりと建っています。

この御仮殿は、本社を修理する際、神霊を一時的に移しておく建物だそうです。
この建物は、ほぼ東照宮の造営と同時期に建てられているそうで、近年では昭和の末期頃から全面修理が施され、その後も修復が順次なされていろという

御仮殿といっても本社と同じく拝殿・相の間・本殿からなる権現造りの建て方で、神霊が御仮殿に移っているときは、すべての神事がこちらの御仮殿の境内で行われるそうです。

神霊を御仮殿に移すことを外遷宮といい、これまで19回おこなわれたらしく、江戸期の文久年間以降は一度もないという。

御仮殿は普段は非公開であるが、正月、祭日など不定期に、特別公開されているようで、このときには立派な御朱印も戴くことができるそうです。
内部は仮殿とはいいながらも、意外なほどに東照宮・本社かと見違えるほどの豪華絢爛な装飾が施されているといいます。

尚、御仮殿前の鐘楼は、昔はこの鐘が日光山の時報を報じたそうです。



次回、日光東照宮 「奥宮・坂下門」







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91、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御神座」

2014-08-20 10:52:39 | 日光東照宮






  91、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御神座」  





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唐門と本殿





本殿は、秘中の秘の御神座御殿です


東照宮祭礼のときだけ開く本殿の扉ですが、その上に並んでいる彫刻は獏(ばく)という架空の動物と言われます。
鼻が長いので象にも見えますが、異なる特徴が眉と丸い目、首の巻き毛が持徴とされます。

獏は、一般には夢(悪夢)を食べてくれる架空の動物といわれるが、唐の詩人である白楽天の文集によりますと、獏は鉄や銅など金属を食べるとされているそうです。 

戦争が始まると武器等を造るため鉄や銅が無くなるので、獏は平和な時代にしか生きられないといい、つまりは平和の象徴的な動物とされています。

東照宮の中で獏の彫刻は80頭程あるとされるが、その内の50頭ほどが最も重要な本殿にいるとされ、これは即ち、獏は不戦の象徴でもあり、平和への強い願いが込められているとされています。



本殿は外陣(幣殿)、内陣、更に内々陣の三室に分かれていて、勿論このエリアには貴賓参拝者と謂えども入室は出来ないし、神職の人でさえ祭典や煤払の奉仕の時以外は入れないとされています。

特に、内々陣の内部には御空殿と呼ばれる御神座(御神体の鎮まる処)があるが、どのような姿になっているかは、「秘中の秘」とされているらしいです。


尚、この御神体は神服と称する暖かそうな温暖被服で被われているといいます。
それは将軍・家光公が御登拝の折りの時に、この日光地域は寒冷の地であるから“さぞ、おじいさま様(家康公)は寒かろう”と思われて着せたものといわれています。

尚、本殿の様子は、境内入り口にある御仮殿という建物でも、窺うことが出来るそうです。




次回、 日光東照宮 「本殿の御仮殿」







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90、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ」

2014-08-14 17:51:25 | 日光東照宮




90、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ」



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拝殿に上ると将軍着座の間、法親王着座の間と呼ばれる其々の間があり、それらの欄間には三十六歌仙(平安期の著名な36人の歌人)が並び、天井にはそれぞれ違った龍の絵が狩野一派によって描かれ、本殿には家康が神格化したといわれる東照大権現が安置されています。

拝殿の右手から18畳余の将軍着座の間に通じていて、二間の部屋は手前が家来が座るとところで、奥が将軍が座るところと決められていたといいます。 
部屋中央の天上画には三葉葵が描かれていて、これを目印にして将軍が座ったといわれます。

又、この拝殿は当時は大名でないと入ることが出来なかったそうで、座る順番にも其々に決めが有ったらしく、無論、位の上の大名ほど、上座に座ることができたといい、格式によって拝礼の位置が厳格に決められていたとされます。

ところで、拝殿の将軍着座の間は、徳川宗家の参拝のときにのみ使われたそうで、徳川幕府の期間に将軍がこの東照宮を参拝したのは、19回程あったそうですが、そのうちの10回が三代将軍・家光だといわれます。

この時代は、江戸から概ね3泊4日をかけて参拝に来たそうであるが、10代将軍・家治の時は、先頭の行列が日光に到着したころ、一行の最後尾はまだ江戸城を出ていなかった・・?、とされる程、壮大、長大で華麗な行列だったとも言われます。



次回、日光東照宮  「石の間と本殿」










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89、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿」

2014-08-12 14:48:30 | 日光東照宮




  89、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿」 





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現在、唐門から先は正月や大祭などの祭典のときと、国賓に相当する参拝者だけしか使用できないとされています。
唐門の前には仕切りと賽銭箱が置いてあり、一般参拝者はここより拝礼することになります。


御本社(拝殿、石の間 本殿)は、東西の透塀で囲まれている中にあって、これら三建築物が一体となった構造を“権現造”と言われます。
東照宮の中では、最も絢爛で豪華な意匠を凝らした建築群とされています。

東照宮の建立以前にも、この様式を持った神社が造られ一般に“明神造り”( 大明神造り)と称されたらしいが、東照宮がこの様式で建ててからは、家康公の御神号である東照大権現に因んで「権現造り」の名で呼ばれるという。
因みに、久能山の東照宮が元祖と言われます。

尤も、三社が合体した造りは、既に、平安時代の北野神社が元祖と言われていて、以降、東照宮がこれを採用して以来、近世の神社建築に多く用いられたといわれます。

別名を石の間造りとか八棟(やつむね)造りとも言うそうです。

建物の正面には家康公の干支である虎の彫刻があり、振り返って唐門には2代将軍の干支である兎、3代将軍の干支である竜が虎の下方と左右に配されています。


次回、日光東照宮 「拝殿、石の間、本殿・Ⅱ」









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87、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿唐門の唐破風」

2014-08-10 16:43:53 | 日光東照宮



  87、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿唐門の唐破風」  





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さて、唐門という名称ですが、屋根に独特の曲線を描いた唐風の破風があることから呼ばれてます。
破風とは一般に切妻屋根の側面にある三角形の合掌の部分を指します。

唐破風は弓を横にしたような形をし、中央が高く、左右になだらかに流れる曲線をもつのが特徴です。

唐門というと中国から入ってきたように思われがちですが、純然たる日本で生まれだそうで、平安後期の頃から禅宗の寺院建築の一つで造作されたものともいわれます。
更に、唐破風のカーブは、時代がさがるほど形が良く、急な流れになっているといいます。

特に、鎌倉期に隆盛した仏教寺院様式に多く用いられ、更に、安土・桃山期において最も隆盛を迎えたとされます。
唐破風の様式としては最も品が良く、格式が高いとされ、主に神社や寺院建築、それに城郭破風部分に多く使われてきました。

現在では時代を経ている古い、格式の或る民間の建物でも多く見られるようになり、特に、明治時代なると木造の公共性の高い建物である役所や学校の玄関、劇場などの正面入口などの建物に見られるようになります。

面白いのは、古都・京都のお風呂屋さん(銭湯)などの、戦前の建物には多く残っていると言われます。




日光東照宮  「本殿の唐門と透塀」







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