りーちゃんといっしょ!

不妊治療の末、超高齢出産を乗り越えた母のもとに生まれてくれた「りーちゃん」プラス「柴犬てつ」とのダラダラ日記です。

はじまりは、変わらない日

2011-03-13 01:58:41 | りーちゃんと一緒
いつもの一日、変わらない週末。
今日が終われば、りーちゃんと遊んで暮らす、のどかな週末。
それに保障の無いことを思い知らされた。

言わずと知れた地震発生。
当然会社で働いていた私は、長い揺れに驚いた。
直下できたら、建物が壊れるぞ。
以前、出向していた建物は、その建物が倒壊したら
東京の建物で残っているものは無いと、言われていた。
しかし、今いる建物は、年代物。
やばくなったら、すぐに逃げねば。。。
同僚が机の下に潜る中、ドア付近まで非難した。

まず、電話が鳴りやんだ。
5時くらいに少し復旧すると、停電情報やらで大忙しだった。
TVからは、会社での待機命令が出ていたが、私は構わず帰宅した。
同僚たちは、すかさず私を止めたが、振り切って会社をでた。
「こんなところで、寝られないし、りーちゃんを迎えにいかねば!」
すでに電話で家族の安否は確認していたので、気が楽だった。
ダンナは、大学病院で待機しているというが、携帯メールが
使用できず、思うように連絡が出来ない状態。

りーちゃんに会いたい!
頭の中は、そればかり。片道電車50分が遠く思えた。
まずは、新橋に行こう。。。JRが復旧しているかも。。。
新橋駅まで歩いたことはなかったが、災害難民の波に乗れば
たやすいことだった。
しかし、JRは早々とさじを投げ「本日は復旧しません。」と放送していた。
東京メトロは、全面運休状態。
りーちゃんのところへ帰らねば!明日は医者へ行き、
中耳炎の薬を飲ませなくては!
私は東京駅に向かって歩き出した。東京駅からは、家までバスがある。
30分歩いて、東京駅に着くと人人ひとで溢れかえっていた。
終バスまで、2時間半以上ある。超超長蛇の列が出来ていたが
幸い動いているようだ。
が、しかーし!バスは2台駅を出発したまま、戻ってこなかった。

市役所の人が、小学校を開放しているので帰れない人はそこへ
行くように、会社が近い人は戻るようにと叫んでいた。
冗談じゃない!りーちゃんを医者に連れていかねば!
(しかし、こんな状態で営業しているのか?)
夜9時、あと1台くらいバスが来ても、とても自分が乗れるような
順番にはいない。
そうこうしているうちに、メトロが少しずつ動き出した。よっしゃー!
私は上野駅を目指して歩き出した。
途中で辛くなったら、ホテルに泊って朝一で帰ろう。。。

しかし、上野駅に行くまで目についたホテルは、どこも人で
ごった返していた。ダメだこりゃ。。。(泣)
疲れて後にも先にも進めず。。。寒さで体が冷たくなっていた。
タクシーなんか、待ってる時間があれば、歩けばいい!
更に先に進んで歩いた。。。
もう、会社を出てから、6時間。。。歩いているのは4時間。
足が痛くなってきた。。。
と、ここでダンナから、メール。
「電車が動いたので、こちらも動きます。」と。
駅で座り込んでいるくらいならば、歩いたほうがいい。
私は、家まで歩く決心をした。

途中、なんども足が痛くて座り込みそうになった。
リーちゃんが、待っている!もう、その一念!
(ダンナは無事なら、自分でなんとか出来るし。)
荒川土手について、橋を渡るころは半分頭は寝ていた。
と、ここでダンナからメールが。。。
「土手の夜景がきれいです~」

ラストスパートに気合が入った!
トータル5時間歩いて、やっと家に着いた。
りーちゃんは、おばあちゃんと寝ていたので、そのまま置いてきた。
寒い中、家に連れて帰るのもかわいそうだし。。。

温かいお風呂に入って一安心。
歩けば歩けるものだと、自分を褒めた。

リーちゃんに会うためなら、なんでも出来るよ~
しかし、もう少し近い職場に転勤したいな~
こういうときの為に。。。と、思うのであった。

皆、無事で本当によかった!