小説 ONE-COIN

たった一度、過去へ電話をかけることが出来たなら、あなたは、誰にかけますか?

短編*風と共に去る

2005年01月06日 | 短編
 せっかくの休みを、ただ部屋の中で過ごすのは勿体無い、とりあえず行くあてはないけれど部屋を出た。出来る事なら、彼氏と遊びに出かけたり、友達と買い物に行ったりしたいと思うものの、私には、そんな機会はなかなか訪れなかった。自分でいうのもなんだけれど、誰かに嫌われているわけでもない。いじめられた経験も人並みだろうし。それなりの付き合いをしている。
 それでも、今日は一人、人が行き交う商店街へと足が向いていた。お財布の中は、温かくもなく、どちらかというと寒い。したがって、財布の紐を緩めるわけにもいかず、ふらふらと気が向くままに歩いた。
 金物屋の前で、高そうなお玉を見ていたときだった。

「ヨウコ?ヨウコでしょ。あたしよ、覚えてる?タマキ」

 タマキは、中学時代の同級生だった。中学を卒業してから一度も会うこともなく、あの頃の記憶を探る。
 顎に小さく二つあるホクロを持つタマキは、友達らしき3人と、気合が伝わる服装でテンション高く一人で話してる。
 私が、一つうなずくと、タマキは私のチノパンにトレーナー姿の服装を確認し、右手に持っている銀のお玉へと視線を動かした。

「なに?なに?彼氏のためにお玉買うのぉ~、手料理喜びそうだもんねぇ~もう、ヨウコいいなぁ~今度紹介してよぉ~、ねっ、あっ、飲みに行こうね。じゃあ、バイバイ~」

 私は、この一方的独走力を気にせず、一つ頷くと、私の肩に手をやり、パンパンと叩いた。すると、待たせている友達へと視線を向け、今行くからと合図を送り、手を振りながら、待たせている二人に駆け寄っていく。

「友達?」
「・・・・」

 一人の友達が言葉を発し、タマキの声は、聞き取れなかった。けれど、その友達は、私の方へとわざわざ振り向き、くっと笑みを浮かべた。私は、お玉を元の場所に置き、また歩き出す。
 タマキはなんと答えたのだろうか。友達と反復しただけだろうか。それとも、何も言わず、ただ首を横に振っただけだったのだろうか。
 一人残され、あの振り向きざまの笑みが私を動揺させていた。記憶を読み起こしてみても、タマキが友人と呼べるものなのか、半信半疑だったし、あの頃は、よく話したし、遊びにもいった、けれど、確信がもてなかった。タマキ意外の友人を思い浮かべても、すっきりした答えは得られない。

 ひとつの結論が浮かぶ。私は、存在感がなく、どうでも良い存在だったのかもしれない。
 世間でいう、いい人。どうでもいいときに使うほめ言葉、害がないということ。
 今までも、これからも、他愛もない世間話ですら、思い出してもらうこともなく、なんら語り継がれる事もなく生きていくのかと思うと、自分の存在が酷く滑稽にみえた。
 しかし、お札になってしまうような大偉業を成し遂げた人もいるのなら、やはりそれとは、まったく逆の人間もいる。表があれば裏がある。私は、間違いなく、大きな歴史ではなくとも、小さな個人の歴史にすら関わることはないのだろう人間なのだ。
 平凡に生き続け、平凡に死ぬ。あってもなくても良いそんな存在。

 そんなことを考えながら、歩き続けた。そして、喉が渇いたことに気付く。
 自販機をみつけ、お茶を買い、公園へ向った。
 公園は、家族ずれや、カップル、老若男女が、それぞれの目的で賑わっている。
 空いているベンチをみつけ腰掛け、少しでも気持ちをリフレッシュしようと緑を楽しみながら、喉を潤した。
 今この場所で、私の存在を感じている人は、どれだけいるだろうか。きっと、誰一人いないに違いない。たとえば、このベンチに立ち奇怪な行動をとれば、冷ややかな視線を受けるが注目の的になるだろう。けれど、そんな勇気もない、そんな必要もない気がする。 結局あれこれ、考えた挙句、ひとつの結論に達した。
 誰にも、迷惑かけずに生きよう。それで良いのではなかろうかと。
 底に僅かに残ったジュースを飲み干し、缶の穴の奥を覗く。暗いだけだった。その闇を握りつぶす。
 
 力が加わるままに潰れた缶に、誓う。
 世の中には、空き缶ひとつ、戻すべき場所に、戻さず捨ててしまう人いる。
 ならば、私は、ちっぽけで存在感がない人間ではあるけれど、絶対にそんなことはしない。と缶に思いを込めた。
 
 顔をあげ、ゴミ箱を探す。向かい側のトイレの横に見つける。膝に力をいれ、腰が浮き立ち上がろうとした瞬間、目の前を、右から左へ羽音と共に何かが横切った。
 羽音の風圧を感じるほど近くを通りすぎたせいか、それが何かは分からなかったが、あまり大きなものでない。
 見失わないように、羽音の方を振り向き、動きを追う。
 それは、公園の木に、ぶつかった。ように見えたけれど、止まったらしい。木漏れ日に反射し、黒く光っている。無償に気になり、その木の元へと心弾ませながら、駆け寄った。垣根をまたぎ、緩やかな丘を走った。

 見たこともない虫だった。りりしくて強うそうで、背中が輝いている。
 新種の昆虫だろうか。もしそうなら、捕獲し昆虫研究所へもっていき、その暁には、自分の名前がついたりするかもしれない。けれど、こんな私が、そんな大発見を遭遇するだろうか。ただ、この昆虫を知らないだけなのでないだろうか。

 黒く光る昆虫は、八本の足で、のそのそと幹を上へ歩いている。これ以上、上へいってしまうと手が届かなくなる。私は、つま先立ちになり、もっと近くへ顔を寄せ覗き込む。捕獲するべきか、このまま見逃すべきか、葛藤する。たしか、橋の向こうに昆虫の研究所があったはず、念のために捕獲して持っていき、見てもらうべきかもしれない。

 私は、決意し、小刻みに震える手を伸ばす。

 その黒光りしている虫は、私の気配を感じたのか、ぶんっと羽をひろげ、幹を蹴るように、私の顔の方へ飛び立った。
 驚いた私は、動作が一瞬遅れ、虫は、幹に当たったゴルフボールのように、顔へとぶつかり、跳ね返り天高く飛び立った。

 その時の私といえば、まるでひと蹴りされたかのように、そのまま、後ろに仰け反り、体勢を立て直すことなく倒れこんでしまった。仰向けで宙に浮かぶ。その反動で握っていたアルミ缶は手から転がり落ちた。
 握りつぶして変形しているアルミ缶は、倒れこんだ反動が力になり、弾みながら、登ってきた丘を駆け下りた。

 伸びた芝生を見えない何かが音と共に駆け上る。一瞬にして、芝生は向きをかえ、周りの草木たちもざわめき立ち、寛いでいた鳥たちは、木の葉の中から驚いたように飛び出した。あっという間に、私の体にその駆け上る風はぶち当たる。

 その風は、真っ直ぐに坂を下っていき、まるでどこかを目指しているように見えた。

 吹き止まぬ風の強さに、体を捻り、風の行く方向を向き、バサバサと音をたてる髪を押さえた。次第に増す地の底から吹いてくる轟音が、風の中の私に伝わり、一歩もその場を動くことができない。まるで、高速道路で走行中窓を全快に走っているような感じだ。すべての音を風が遮断した。風が緩み始め、ようやく顔を上げると風の行方を追った。
 風は、丘の向こうには、行かなかったようだ。なぜなら、見渡す限り公園の木たちは、捩れることもなく、まっすぐと気持ちよさそうに太陽にあたっている。
 風は、どこへ行ってしまったのだろう。
 風は、どこかに、吸い込まれたように、消えてしまった。

 立ち上がり、揺れ動く木々をしばらく眺め、鳥たちの鳴き声を耳にすると、ある事に気づいた。

「空き缶」

 周りを見渡してみても、今の風でどこかへ吹き飛ばされてしまったようで、見当たらない。私は、不自然に折り曲がった芝生の跡を追い、空き缶が向かっただろう丘を下った。しばらく歩いても見渡す限り空き缶はない。

 私は、人目を気にせずに探した。やがて、公園に明かりが灯る。
 ペンペン草がついても、犬のフンを踏んづけても、怪しげなゴミがあっても、丁寧に探した。それでも、空き缶は見つからなかった。
 
 夢なんてみずに、すぐに空き缶を捨てに行くべきだったのだと、後悔に苛まれ、肩をがっくりと落としながら公園をあとにした。

 私の誓いは無残にも一瞬にして消えた。こんな些細なことすら、私は出来なかった。
 やはり、私は、タマキの返答に相応しい人間だった。

「一応ね」



 メキシコ。灼熱の中、サボテンが所々にたたずみ、その下で、発掘の作業に勤しむ者たちがいた。砂埃をあげながら、一人の男が、猛烈に走りよってくる。
 
「教授~たいへんです。王室の中からすごいものが現れました」

 日に焼けた助手が、目をまんまるにして叫んでいる。
 教授は、助手のあわてぶりに、期待感を膨らませ駆け寄る。

「おおっこれは、もしかすると、アルミニュウムか。これは、すごいものが出てきた。この文明に、アルミを作る技術があったのだろか。やったぞ、学会で、皆、腰を抜かすぞ」
「はいっ教授。しかも、これは、オブジェとして飾られていたのでしょうか。この形では何かに利用することなどできません」
「ふむ。そうかもしれん。おそらく、計算尽くされた、ラインなのだろう。円柱を芸術家が変形させたのかもしれん。おやっ小さな穴があるぞ」

 二人は、丁寧に包み持ち、中をのぞき込んだ。

「ほんとだ。花瓶でしょうか」
「そうかもしれんなあ。どんなものであれ、これは大発見じゃよっ」

 そこには、王室の墓に彫刻された金や銀に混じり、現代に発明されたはずのアルミの置物が丁寧にしまわれていた。

 教授と助手は、歓喜の中で、手を取り合い喜んだ。
 その後、学会で発表された、古代文明にてアルミ発見は、しばらく世間を賑わした。
 そして、世界七不思議の一つに加わった。

 

 うーん、今日のニュースの特集はなにかな。
 アルミ発見!? よくわかんない。
 でかけようかな。

 テレビは消された。

 部屋を出てカギを掛けるとき、あのニュースのおかげで嫌な記憶が蘇った。

 昨日、公園で無くした空き缶を、もう一度探してみよう。と決意新たに私は、早足で階段を駆け下りた。前方から、隣の男子高校生と彼女が話ながら上ってくる。私に気づくと、緩んでいた顔は途端に元に戻りいつもの好青年だ。私は、道をゆずり、挨拶を交わした。

「こんにちはー」

 高校生も、さわやかに、返すと、会話は再び続けられ、階段に響き渡る。

「なあ、タイムマシーンって、作れるって知っているか?」
「えっそうなのー。まじでっ!!」
「うん。なんか、ワームホールってのがあれば、いけるらしいぞ」
「へーってか それなに?」
「のび太の机の中のことだろ」
「へー じゃあ、どらえもんって実話なの?」
「はあ? しらねーよ。でも 藤子不二夫すげーなあ」



thank you!!
おわり・・・

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