『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

別の形をとって現れた願いに気付くこと

2020年07月13日 | 考える日々


昨日と一昨日は、
シュタイナーの『神智学(テオゾフィ)』認識の小道1段落の
「思考内容は、それ自体、力となって作用し続ける」
という文章を紹介して、
「考えたことが、実現していく」ということについて、
身近な例で、ホントかどうか考えていました。

7月11日 考える事次第で変わるってマジすか?!
7月12日  2000年前の人類も「考えたら変わる」って知ってたんだ!

何を夢みたいなこと言ってんだ?
コロナ早く収束しろって世界の人が願ってるけど実現しないじゃん。
香港を不自由な地域にしろなんて願ってないし。
と言いたくなるんだけどね。

たとえば、考えの実験として、
「別の願いがこういう形をとって現れてる」
と考えてみることもできるな~と思って。

今の社会を見直さないと地球がもたないよ。
でも今までのままじゃカンタンに見直せないから、
コロナで見直す機会を与えてもらってるんだ。

歴史を見ていたら、
人々の苦しみに便乗したリーダーが戦争を起こす。
今はまさにそういう時期で、戦争なんか誰もしたくない。
それを自覚させるために、
香港のああいう形で政治の暴力性を見せてくれている。

などなど。
私たちが、はっきりとは意識してないけど、
確かに望んでいること、考えていることが、
こういう形で表れてるのか~と。

何か不都合が起こった時ほど、
自分の考えていることを自覚させられる機会はありません。

不都合な事を、「不都合だ!」と声高に批判するだけじゃなくて、
それは、自分のどんな願いにつながってるのかな、
何を教えてくれるのかな、って考えてみて、
「もう学んだから大丈夫です。ありがとうございます」って言えたら、
その出来事は収束していくに違いない。

実際、過去のイヤな出来事に気持ちが縛られて、
同じことばっかりぐるぐる悩んでたら、
そのイヤな出来事はいつまでも自分の中で収束しない。

だけど、その出来事に向き合って、
自分の中でそれを少しずつ整理しながら何かを学ぶことで、
そのイヤな出来事から気持ちが開放されて、
卒業=収束(←就職と似てるな。新たなステージに行くねん)できるもんな~。

「それから学ぶこと」は、
嫌なことを終わらせていく、ひとつの方法です。
人間相手だと、相手が同じ時に変わるとは限らない
(けど自分が変わるとそのうち相手も変わる)から、
時間差はあると思いますが。


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