『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

「私」を立たせてみて起きる内外の変化

2020年02月13日 | 考える日々


このテーマ、3日目です。
今日は、昨日おととい書いたようなこと

どうなった? っていう話です。

私はこれまで、
大人のふるまいをすることで
自分が矢面に立たずに来ました。

「モメたくない」っていう気持ちがベースにあって、
自分の乗り物をカンタンに明け渡して人のせいにしてたのね。
だから責任は取らない代わりに不自由だった。

そう気づいて以来、最近時々、意識的に
「大人なら黙ってる局面なんだけどな~」というような、
公式見解じゃなくて自分で感じたことを、
人に伝えてみたりしています。

そしたらビックリなんだけど、
真剣に伝えたら、ちゃんと聞いてもらえるの。
わりとうまく通じることが多いの。
大人のふりしてたら変わらなかったことが、
伝えることによって変わって行くの!

こないだも、ちょっとした問題があり、
これからも一緒に仕事していくならと、
素直に真面目に自分の感じたことをまっすぐ伝えてみたのです。

「オキツさんが本音で言ってくれたから、
その思いには応えなきゃと思いました」
って、おおお、お忙しいのに、
なんと嬉しい受け止め方! お見事!

しかも、
「今回のことで少し進めたかなという気がします」
とまで言ってくださり、肩の荷が下りました。
解決したこともしなかったこともありますが、
真剣に応えてくださった態度に感謝し、尊敬します。

自分をさらすのって、なかなかの覚悟が必要なのね。
自分のアホを引き受ける覚悟。
放った矢が「おまえも一緒だぞ」と返ってくる覚悟。
自分の身の程を、人から知らされる覚悟。

コワイ!!

しかも、わりと面倒くさい。
相手の感情を忖度せずにはいられないから、
自分の言いたい内容を精査するより、
相手にイヤな思いをさせないために
どういう言葉で伝えたらいいんだろうとかの方を
重点的に考えちゃったりして。や

まぁ、そうやって恐々伝えてみた中のいくつかは、
言わなきゃ良かったと思うのもあった。
自分の考え・感じ方を相手にぶつける事に不慣れなので、
表現が下手だったり、設定温度を間違えたり。

いい悪いの評価を下したいのではなく、
誰かを攻撃したいのでもなく、
素直に「それについては、
こう感じ、こう考える」と表現した結果、
悪口やダメ出しに聞こえてしまうことがあるのは、
う~む、どーしたもんだかな…と、しばし落ち込んだり。

そんな怖さはありつつも、
相手が真剣白刃取りをしてくださる時も多くて、
その時は、ずいぶん人間関係が深まったり、
お互いを知り合えたりと、おもしろい展開が待っていました。
もちろん、誰彼構わず命がけを強要する気はないんだけど(^^)。

そういえば、昔、カレーうどん食べながら
「あ、お肉発見~」とか喜んでた時に、
いきなり「真理ってどういうこと?」って聞かれて、
カレーを吹きそうになったことがあったけど…。
時と場所は選びましょう、ハイ。

まぁ、そんな風に、
あちこちで迷惑をかけたり苦笑されたり
真面目に受け止められたりしてますが、
やり方を変えることで教えてもらえることも多いな。

職場を変えたり、新しい習い事を始めたりしたら、
仕事や教室の内容とは全然関係ないことで、
いろんなことを学んだり、気づいたりするよね。
環境ややり方を変えるって
自分をイチから点検することになるから、おもしろい。

これからも、自分の感覚を素直に引き受け、
できる範囲で表現していく練習をしていこうと思います。

って、いろいろハードル高いですけど、
死ぬまでに間に合うのか、私??
まぁ、目の前の課題だもの、
間に合わなくてもやって行くんだろうな。

そういう、
「生身で生きてる感じ」は
なかなか清々しいです。


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