このところ、Youtubeで昔好きだった映画音楽をたまに発見しては喜んでいる当ブログですが、今日はビクトル・エリセの「エル・スール」。
その中で、すごく印象に残る場面で使われている曲、「En el Mundo」を取り上げます。
この曲は、音楽の形式としては「パソドブレ」という闘牛の行進曲から発生した舞曲で、男が闘牛士役、女性が牛という役柄らしく、また「エン・エル・ムンド」とは、英語に直訳すると「イン・ザ・ワールド」。「この世界の中で」くらいの意味でしょうか。
日本では一般には知られていない曲だと思いますが、他の動画もたくさん出てくるし、スペインや南米などのスペイン語圏ではかなり名の知れた曲なのではと思います。
で、この「En el Mundo」が映画の中で2回、非常なコントラストをもって使われます。
"El sur" (Víctor Erice, 1983) Escena del pasodoble.
まず一回目は、上の場面。スペイン内戦での経緯で故郷のアンダルシアを捨ててスペイン北部に身を置くオメロ・アントヌッティの家族のもとに、ある日、娘エストレリャの聖体拝受を祝うために故郷から母親と乳母のミラグロスがやってきて、レストランで会食をし、父と娘が踊る場面です。
日頃、過去の内戦の痛手から抜け出せずに苦悩の日々を送る父親役のオメロ・アントヌッティも、この日ばかりは娘のためにさぼらずに顔を出して、親戚も集まってこの映画中もっとも幸せな、というかほんの束の間の幸せに満ちた場面が訪れるのですが、そこでアコーディオンの伴奏で踊られるのがこの曲です。
・・・なのですが、実はこの場面、カメラの視線が楽しそうに踊る父と娘からテーブルの上に移って、拍手する妻や親戚たちの表情が画面に現れるのですが、そのいかにも「奥様」らしい母親の満ち足りた顔や、乳母ミラグロスのほんとうにうれしそうな顔を見ると、毎回切なくなって、ちょっと涙が出てきそうになります。
実際、遠くで暮らす彼女らにとって、この小さい孫を見る機会は、今この一瞬だけ。どんなに会いたくても、もうこれが最後かも知れません。少なくとも、次には見違えるほど大きくなっているでしょう。そう思うと、この場面はむしろ痛々しいような場面にさえ感じられてしまいます。特に、乳母ミラグロスの存在は、出演時間は短いながら、個人的には「東京物語」の東山千栄子に似たものを感じさせるものがあり、毎回、彼女の姿を見ただけで涙腺がゆるんできます。
そうして、そういう場面で、まさにこの曲が表面上はかっこよくて勇壮でありながら、すぐその下には憂いを含んでいて(アコーディオンというのがまたミソ)、この場面の本質を浮かび上がらせており、ここでこの曲を持ってきた選曲が、ホントに絶妙というほかありません。
そして、二回目がラストに近い下の場面。あれから数年たって成長したエストレリャと、食堂で待ち合わせるオメロ・アントヌッティ。そこでは、となりの部屋で偶然同じ曲がかかっていて、父はあの時のことを覚えているかいと問いますが、娘は父の意図が分からず、笑顔も見せずに気のない返事をするだけ。幸せそうな結婚式のすぐ横で、父と娘は互いに気持ちを交えることなく別れ、父親はその後死を選びます。
Pasodoble de la espada, y disparo demasiado tarde
それにしても、オメロ・アントヌッティの一人で席にたたずむ姿が切なくて、いつもながら堪らないものがあります。
・・・ところで、寡作として知られるビクトル・エリセ。その後、「マルメロの陽光」という新作を撮って、ちょっと見てみたいなあと思っていたのですが、実はそれから早10数年たってしまいました。
ぼくの映画の時間はその頃から、ほぼ止まったままです。
2013.5.12
(追記)もうひとつの「En el Mundo」?
実は、上の動画、つまり父親オメロ・アントヌッティの死の直前の2回目の「En el Mundo」の場面ですが、ここで先日から気になっていることがあります。
父が「覚えているかい、一緒に踊った曲だよ」ときいて、娘が「ええ、私の聖体拝受の日でしょ」と言った後、父オメロの視線がやや左上に移るのですが、ここで父は明らかに過去の情景を思い描いているようです。
で、そこには当然女優イレーネ・リオスが関わっていたと思われるのですが、前後の文脈からして、その追憶の場面ではもしかして同じ「En el Mundo」が演奏されていたのではないか、いやむしろ今ここで「En el Mundo」を聴いたことがきっかけで過去の情景を思い出したのではないか、とも思ったのです。
そうなれば、この場面には実はもうひとつの隠れた「En el Mundo」が流れている、ということにもなるのですが、どう思われるでしょうか。
(追記の追記)
映画を見るたびに思うのだが、父オメロ・アントヌッティの妻、フリアの立場がなくて、いつもかわいそうに思ってしまいます。
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