九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

滝部八幡宮(山口県下関市)

2007-09-24 14:21:03 | 神社参拝ー中国
 滝部八幡宮(山口県下関市)を掲載しました。

滝部八幡宮(たきべはちまんぐう)
【鎮座地】〒759-5511 山口県下関市豊北町大字滝部3158 旧長門国 豊浦郡
【御祭神】應神天皇 仲哀天皇 神功皇后 (合祀)豐受大神 大山津美神 大物主神 熊野大神 厄神
【例祭】2月末日 祈年祭 11月10日 秋季例祭 11月11日 秋季例祭 12月上旬日曜日 新嘗祭
【旧社格等】郷社
【御由緒】
 当社は大分県宇佐八幡宮から勧請したとも神田上一の宮(現住吉神社)より勧請したとも伝えられる。旧郷社。
創建は弘長三年(1263)で応永九年、天文一六年には再建されたとある。本殿の造りは三間流造。滝部上組、中組、下組、末組の氏神ではあるが、阿川毛利氏の篤い崇敬は当神社の存続に大きく関わる。
 寛文七年(1667)氏子有力者によって奉納された鐘が楼門にある。江戸中期に始つた腰輪踊は今も春祭に奉納され、昭和五十三年には豊北町無形文化財に指定された。又、境内には樹齢七〇〇年以上とされる県天然記念物イチイガシや、吉田松蔭撰文の烈婦登波碑がある。
 (平成祭データ)

 下関市の西北部、北は日本海、西は響灘に面した豊北町のほぼ中央に位置する山間部の滝部にあります。
 JR山陰線、滝部駅から北に2km滝部の中心部の高台に鎮座しています。参道入口の左手に豊北町歴史民俗資料館があります。覗いて見たかったのですが時間がなく?今回はパスしました。

  二の鳥居
 昭和15年(1940)、紀元2600年記念の奉納です。

   参道から楼門
石段の上に郷社の風格が感じられる楼門が迎えてくれます。

  烈婦登波の碑
登波は滝部の宮番甚兵衛の次女であって、父甚兵衛と肉親数名を些細なことから殺傷した(文政四年・1821)石見の浪人枯木竜之進を討とうとして苦心惨胆、六十余州を遍歴し遂に豊前の彦山で本望を遂げた。(天保十二年・1841)
 この事跡について、先大津代官勝間田盛稔は安政三年(1856)藩に申請して、登波は表彰され褒美を与えられた。
 その後、先大津代官となった周布政之助は、登波の表彰文をその師吉田松陰に依頼した。松陰は一ヶ月の間、松下村塾の授業を休んで成稿した。(安政四年・1857)
 その後、登波表彰のことが永く止んでいたのを、長府の桂弥一の進言によって、大正五年(1916)に地元の有志が発起し、中山太一の寄付によって建碑されたものである。 
  豊北町、豊北町観光協会
 (案内板より)

    楼門の彫刻

  楼門から拝殿

拝殿拝殿の扁額
 昭和48年、鎮座700年祭の記念事業として本殿とともに屋根を銅版に葺き替えられています。

      本殿
鎌倉時代の弘長三年(1263)に創建です。格調ある流破風造朱塗匂欄です。

  境内社左は招魂社(英霊153柱)、右に赤崎社が並んでいます。

 イチイガシから拝殿 
昭和52年山口県指定天然記念物の一位樫(イチイガシ)、社殿右手にあります。
 樹高:18m、胸高直径:3m、樹齢:約700年です。

       社殿全景

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