65歳以上の参加者は元気です

月1回のハイキングには、会員および家族の参加で40名程の会員が集います。ハイキングの計画ははがき等でお知らせしています。

東海道藤沢宿を歩く

2023-06-19 23:19:37 | Weblog

 6月19日 いつものように受け付けして名前をチェックするのは田村さん。本日の「東海道藤沢宿を歩く」の参加者は41名です。当初の6月14日(水)ハイキングが天気予報の降雨確率の関係で本日の予備日に順延となり、その影響からか参加者が少し減ったのではないかと感じました。今日は晴れ。何はともあれJR藤沢駅北口サンパウル広場に集まったのは40名。昼食場所で合流して皆さんと一緒に語りながら食事をしたいと事前に連絡をいただいた1名と合わせ41名の参加をいただきました。

【今回のコース】 JR藤沢駅⇒船玉神社⇒諏訪神社⇒遊行寺⇒弁慶塚⇒飯盛女の墓⇒義経首洗井戸⇒御殿辺公園(昼食・休憩)⇒白旗神社⇒小田急藤沢本町駅(解散)

10時・参加者点呼を行い、本日のコース案内、簡単な注意・報告をしたあと、前回のこの藤沢のコースは2011年6月に37名の参加で藤沢駅から遊行寺、白旗神社を通り平塚駅まで18㌔を歩いたこと、昼食場所の茅ヶ崎中央公園まで3時間40分もかかったこと、解散場所の平塚到着が15時40分であったことを説明すると、どこからともなく「ホ-ッ」「エー」と驚きだか、感心だかの声が・・・・

 

10時10分サンパウル広場を出発。遊行通りを通り1番目のポイント「船玉神社」に向かいます。この道は江戸時代は「江ノ島道」と呼ばれ大勢の江戸からの観光客で賑わいました。

 

「船玉神社」は大鋸(だいぎり)という町にあります。大きなノコギリの字の如く、「大鋸引き(おおがひき)」という職人たちが船大工や城の御用などをしていたそうです。2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも出てきましたが、三代将軍・源実朝が船を造らせたとき材木を切り出したところと伝えられています。遊行寺を左に見ながら遊行の坂を上って次の「諏訪神社」に向かいます。

 

「諏訪神社」は江戸時代は遊行寺の守り神で遊行寺境内にありましたが、明治時代の「神仏分離」政策で現在の場所に移ったそうです。参拝後遊行の坂を下り、道路の向かい側の遊行寺に向かいます。

 

【遊行寺】11:05 大銀杏の横で本堂をバックに集合写真。

 

遊行寺を出て「いろは坂」の48段を下って道路に出ると、そこは「ふじさわ宿交流館」。あいにく月曜日は休館日。陽射しが暑く脱水症予防のために全員にペットボトルを1本づつ支給しました。しばしの休憩後「弁慶塚」に向かいます。消防署から54歩に位置する赤いポストを目印に左折。

 

おしゃべりをしている人が幹事に「シーッ」と注意をされながら住宅街の細い道を進んだ奥にひっそりと弁慶塚が建っています。続いて永勝寺境内にある飯盛女の墓、更に国道を渡り源義経首洗井戸に寄りました。その度に先頭を歩く池田幹事が1週間かけて勉強したという歴史のあれこれを拝聴しながら、ゆっくりお昼の休憩場所に向かいます。

 

【御殿辺(ごてんべ)公園】12時05分 先頭から順次お昼の休憩場所である御殿辺公園に到着しました。広い公園には私達だけなので思い思いに広がってお弁当をいただきました。各グループ楽しく話しが弾んでいる様子です。「〇〇さん、今日も美味しそうなのを飲んでますね」「いやいや今日はコーヒーだよ」「エーッ(汗) 色が違いますよ。泡も立ってるし(笑)」

 

13時05分 1時間の休憩が終わり、公園で集合写真。今日はそんなに距離はなかったので皆さん余裕の顔をしています。

 

いよいよ今日最後の訪問地白旗神社です。鳥居をくぐり、階段を40段上り「拝殿」へ。その途中に「義経の鎮霊碑」があります。頂上の拝殿横には「弁慶の力石」。昔人は力持ちだったのですね(驚)。

拝殿を下った広場で解散。小田急本町駅までは歩いて5分、全員で長い列になって駅へ向かいます。JR藤沢駅まで歩く方数名は最短の道を確認して途中でお別れしました。次回は前期最後のハイキングです。皆さん体調を整えてまたご参加下さい。元気でお会いしましょう。

 

2023年6月19日

記事・写真 柴原一喜

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