宮下奈都作『羊と鋼の森』が映画化された作品。
将来の進路に迷いを抱いていた主人公外村、学校の体育館のピアノの調律に来た調律師板鳥に出逢う。調律されたピアノの音を聴いた外村、木や鋼で出来たこの楽器の音に、自分の故郷の森とのつながりを感じ、調律の世界に魅せられその世界に入る。羊はフェルト、鋼はピアノの弦、森は木材。。。
外村は調律の学校を出て北海道の楽器店に就職し、店のピアノの調律の練習をしたり音楽を聴いたりして真摯にピアノと向き合い、先輩柳のもとで、補佐として客のところに出向き、調律の仕方、客との接し方を学び、担当を持つようになる。お店でピアノを弾いている客からは、先輩と比べられ調律が気に入らないときつい言葉を言われたりもする。その一方で家の不幸から長く弾いておらず荒れ果てた状態になっていたピアノを時間をかけて調律し、客の青年にピアノと音楽のよき思い出を思い出させ喜ばれるエピソードもある。そのような試行錯誤を繰り返す外村、尊敬する調律師板鳥に、調律の極意を尋ねると、板鳥は原民喜の詩を引用しながら、着実な努力の大切さを説くのだった。また、先輩柳のバンドを聴きに行き、柳が大切にしているものを教えてもらったりもするのだった。
そして客として和音(姉)、由仁(妹)というピアノの上手な双子に出逢う。和音のピアノは落ち着いた静謐なピアノ、由仁のピアノは弾むような伸びやかなピアノで、調律は由仁の望む明るく響く音で行ったが外村は姉の和音のピアノが好きだった。柳が彼女にプロポーズをすることになり直帰した日に、外村は由仁に呼び止められ1人で姉妹の家に調律に行き、希望にあった音にしようとしたが、却ってピアノの状態を悪くしてしまい、柳に事情を話す。落ち込んだ外村は板鳥にチューニングハンマーを譲り励ます。
紆余曲折がありながらも好きだということに価値があると励まされ、外村は調律師として成長していく。コンサートホールのピアノを板鳥が調律する様子も見学、あこがれを抱きながら学んでいく。外村は居心地が悪かった実家の裏の森に出て心を静めていた、その感覚と、ピアノの中の森から感じる感覚と、共通の世界につながるものを感じ、調律の世界に深く入り込んだのだということも描写されていた。祖母の死で実家の森と弟たちとの確執が描かれていたが、確執があったはずの祖母が、外村のことを誇りに感じていたということを弟から知らされてはっとするシーンも印象的だった。
コンクールが終わった後の和音、由仁の家から調律のキャンセルの連絡が届く。由仁がピアノを弾けなくなり和音が落ち込んでいるという。数か月後、由仁がピアノを弾けない病気になったことを和音は怒り、ピアノの部屋にも入ろうとしないと悩みを打ちあける。その話を聞いたピアニストを目指していた調律師秋野は、自分がピアニストを諦めるのにかかった時間と原因を外村に語った。
柳の結婚式の日、和音がピアノを弾くことになり、外村が調律を依頼される。姉妹たちとのやり取りを通してとことんまで納得がゆき美しく響くように調律を行い、和音も自分らしいピアノを取り戻す。深い海底から水面へと浮かび上がっていくような心境だった。そして、和音はピアニストになる、ピアノを食べていくと。妹の由仁もピアノと関わりつづけるために調律師の道を歩むという。和音の奏でる祝福の曲は会場に美しく響いた。調律師仲間からも温かい言葉をもらい、外村は将来に向けて決意を抱いたのだった。
森林、雪をはじめとした雄大な自然、そしてちょっとレトロな雰囲気のお店においてある沢山のピアノ、まるでマイナスイオンを浴びているようだった。調律の世界の厳しさと奥の深さ、ピアノ弾きと調律師とのかかわりも描かれていてぐっときた。登場人物たちとピアノとの温かいかかわりが描かれていて嬉しかった。ゆっくり流れていく時間も心地よかった。五年ぐらい前に読んだことのある、パリの中古ピアノを扱うお店の物語を描いたT.E.カーハート著『パリ左岸のピアノ工房』をふと思い出した。この映画で登場した楽器店のようなお店、実際にあるのだろうか?あったらぜひ行ってみたい~