いろはにぴあの(Ver.4)

大人になって再開したピアノ(中級レベル)を楽しんでいます。よろしくお願いします。自然大好き!

BWV78

2018-02-27 | ピアノ、音楽

 礒山雅先生と言えばバッハやバロック時代の音楽という印象があるが、実は礒山先生がバッハを好きになられたのは大学浪人の頃で、それまではロマン派音楽に傾倒していたという。なんと「バロック音楽は心がない」と思うという文章を文集に書かれていたことがあったそうだ。そこて都合よく何かを思い出した私 ^^;演奏面でも、例えばバッハや古典派の音楽を弾くときには感情のこめ方のさじ加減が難しく(それらの音楽にも感情がたっぷり込められていると思うのです、ただ、それを演奏者が前面に出すということについて配慮がいるというか)、演奏の難しさを感じるのだが、礒山先生も方向は違うものの同じような感想を抱かれていたことがあったのかと親近感がわいたのだった。

 ところが礒山先生は、カンタータBWV78『イエスよ、あなたは私の魂を』を聴いてバッハの音楽が人間の「生きる」ということにいかに密接に関わっているかを実感し、バッハの音楽への見方が大いに変わったという。あの礒山先生を一回転させたという運命の一曲、これはぜひ聴かねばならないと思いyoutubeを通してなのだが聴いてみた。フィリップ・ヘレヴェッヘの指揮による演奏。

 出だしのコラール合唱『イエスよ、汝わが魂を』から泣けてくる。しかし第2曲 二重唱『われは急ぐ』でのびやかに。そして礒山先生の心に電流のように訴えかけてきたという第3曲レチタティーヴォ『ああ、われ罪の子』のせつせつとしたテノール。。。ただならぬ雰囲気、念がこもっている。第4曲アリア『わが咎を消し去る御血潮』へと続く過程も印象的。つたない感想ですみません。感想はつたないけれど、曲の魅力はたっぷり味わえている。

 好きなバッハだが、好きな曲があるロ短調ミサやマタイ受難曲以外はカンタータには苦手意識を持っていた。なかなか実感をもって捉えることができにくいのか、意味を分かろうとした途端ハードルを感じることもあるのだが、これからはもっと耳を傾けたいと思うようになっている。

   ここで紹介するのは図々しいかもしれませんが、尊敬の念を込めて、礒山先生のブログ「I招聘教授の談話室」です。いつも楽しみに読んでいました。

  それから昨日も書いた「古楽の楽しみ」という番組で、礒山先生のアンコール放送を3月12日〜16日に予定しているそうです。

 

  晴れ間も見えてきて春の足音が聴こえ始めているこの頃、私も再始動しなくちゃ。

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礒山雅先生 

2018-02-26 | ピアノ、音楽

 先日はとても悲しいことがあった。音楽学の礒山雅先生が亡くなられたのだ。

私が礒山先生と接することができたのは、『J.S.バッハ』をはじめとした著書、そして平日朝6~7時に放送している「古楽の楽しみ」という番組を通してだった。豊富な知識をお持ちなのにまだまだ知りたいことがあるという姿勢をお持ちで、番組でもバッハを始めとした新録音をとてもわくわくしながら、そして私たちの気持ちに寄り添うように温かい語り口で紹介してくださっていた。紹介された録音も素晴らしくしかも偏りがなく、毎回宝物を聴いているような気持になっていた。そしてこれからも、先生のお話を、聴き続けることができると思っていたのに。。。本当に、悲しい。お会いしたこともなかったのだけど、お会いできる機会があったら、お会いしてお話を聞いてみたいと思えるような先生だった。

そして 

私も体調を崩した。仕事は外さなかったけれども、残念ながら一部キャンセルした予定もあった。藁でもつかむような気持で病院に行っていた。医療の力のおかげで今は、幸い、回復方向に向かっている。

結論 この冬は、やっぱり困ったちゃんだった気がする。

落ち着いたら礒山先生の本をもう一度読み直したい。

 

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大正時代にタイムスリップ 竹久夢二の楽譜による演奏会

2018-02-18 | ピアノ、音楽

 竹久夢二といえば美しい色彩で繊細で豊かな表情の美人画、そして大正ロマンの代名詞となる画家という印象を抱いていたが、実は、大正から昭和初期にかけて、歌曲を中心とする多くの楽譜の表紙画も手掛けていた。その時代背景として、明治時代に流入した洋楽が「趣味」として受け入れられたという過程があった。そこに目を付けたセノオ音楽出版社の主宰妹尾幸陽が「セノオ楽譜」という形で、歌曲、器楽曲の一曲ずつの楽譜を出版し、その楽譜の表紙画のほとんどを竹久夢二が担っており、非常に多彩で美しいものであった。驚くことに、日本の大正時代に、ピアノピースのような楽譜が、存在していたのだね(その事実はかなり驚くべきことだと思う。)そんな竹久夢二による表紙画の楽譜などを展示した企画展「竹久夢二 音楽を描く」という企画展、今月26日(月)まで高志の国文学館で開催中だ。

 そして昨日はその企画の一環として、セノオ音楽出版社から出版された、竹久夢二の表紙画によるピアノとバイオリンのデュオによる、セノオ楽譜による、「ヴァイオリン・ピアノコンサート」があったので、聴きに行った。ヴァイオリンは藤田千穂氏、ピアノは藤井亜里沙氏だ。この写真のプログラムはセノオバイオリン楽譜の中のチゴイネルワイゼンの表紙で、竹久夢二の絵によるものだ。他のセノオバイオリン楽譜の表紙は絵は同じで色違い。バイオリンとピアノのデュオでありながら、おそらくリュートと、管楽器を演奏している天使が描かれているのも面白い。

曲目は以下の通り。当時の楽譜の表記、作詞作曲者名、楽譜番号と初刊の年を。外国語の表記部分は省略している。

宵待草 竹久夢二作詞 多忠亮作曲 (セノオ楽譜No.106 1918年初刊)

セレナーデ フランツ・ドゥルドラ作曲 (セノオバイオリン楽譜No.509 1920年初刊)

ショパンのノクターン ショパン作曲 (セノオバイオリン楽譜No.657 1924年初刊)

愛の挨拶 エルガー作曲 (セノオバイオリン楽譜No.665 1926年初刊)

夢の後に フォーレ作曲 (セノオバイオリン楽譜No.558 1921年初刊)

ベートーベンのメヌエット ベートーヴェン作曲 (セノオバイオリン楽譜No.540 1920年初刊)

ジー線上のアリア バッハ作曲 (セノオバイオリン楽譜No.514 1920年初刊)

チゴイネルワイゼン サラサーテ作曲 (セノオバイオリン楽譜No.571 1920年初刊)

そしてアンコールにクライスラー作曲「おもちゃの兵隊の行進曲」が演奏された。

 お話とプログラムに書かれている内容も入れながらレビューを。

 竹久夢二の作詞である宵待草はゆったりとした哀愁溢れる音楽だった。ヴァイオリンとピアノなので肝心の歌詞がないと演奏者の方がおっしゃっていたが歌の雰囲気は十分に伝わってきた。

 ドゥルドラのセレナーデ、楽譜の解説によると日本では「スーベニール」という曲とともに若いヴァイオリニストがよく演奏する美しい楽曲と記されているとのことだが、今はほとんど演奏されていない。私も作曲家、音楽とともに初めて知ったのだが、明るく軽やかでユーモアが感じられる音楽だと感じた。

 ショパンのノクターンは、あのショパンのノクターン第2番Op.9-2。ショパンはピアノの詩人と呼ばれ多くのピアノ曲を作ったが、ヴァイオリンの曲は作らなかったと演奏者の方も話されていた。そこで編曲。楽譜の解説には「最も著名な作品九第二に当るものをアウアー師が編曲してヴァイオリン用とした」とある。原曲は変ホ長調だが、編曲はニ長調。優しく包み込むような演奏だった。

 エルガーの愛の挨拶、楽譜によると「キネマ音楽としても著名」とある。ヴァイオリンではホ長調、チェロではニ長調で演奏されるが、セノオバイオリン楽譜ではニ長調とチェロでの演奏の調で書かれている。

 そしてフォーレ作曲の夢の後に。ヴァイオリン、チェロへの編曲が知られていて、ヴァイオリンではハ短調が有名だが、セノオバイオリン楽譜では4度低いト短調で書かれていて、聴いた感じ、かなり低くて音楽が奥底からしぼりだされているような印象を受けた。ヴァイオリンの演奏者の方はチェロを演奏するつもりで演奏すると言われており、おそらく現在一般的なハ短調よりも演奏するのがかなりハードで、ヴァイオリンへのかかる負荷も大きかったように思うのだが、曲の持っている凄みが、一層濃厚に感じられ、非常に心に残る演奏だった。大正時代の演奏会は、このような演奏会だったのだろうかと想像が膨らんだ。周りの風景がセピア色になり、100年前にタイムスリップしたような気分になった。

 ベートーベンのメヌエットは、7重奏曲作品20の第3楽章で、ソナチネアルバムにも収録されているソナタ第20番の第2楽章から転用された旋律が使われている。ピアノでの演奏で聴きなれていた曲がヴァイオリンとのデュオで華やかに色づいたような印象を受けた(7重奏曲も来てみなくては)。

 ジー線上のアリアは、バッハのあの有名なG線上のアリア、管弦楽組曲第3番の第2曲エールを、アウグスト・ウィルヘルムがヴァイオリンとピアノ用に編曲したものとあった。解説には、音楽会にはなくてはならぬ曲で、当時人気のあったロシア出身のヴァイオリニスト、エルマンの演奏曲目でも第一にあると記されている。大正時代のクラシック音楽の受容の歴史がうかがえるような気がした。調べてみたらとても面白い気がする。ヴァイオリン奏者の方が、ヴァイオリンの最低音であるGの弦だけで演奏すると、曲のタイトルの解説もしてくださった。一本の弦だけでの演奏だと思うと、その一音一音に張り詰めたものがみなぎってきて、曲の秘めたエネルギーが一層感じられた。

 プログラム最後はチゴイネルワイゼン。解説には「此のチゴイネル・ワイゼンは、流浪民族ジプシーの歌曲とも云ふべきもので、始めの哀調あとの弾力性に富んだ盛なる曲・・・」とあり、当時の日本でも有名だったようだ。そしてバイオリンの技術をふんだんに駆使する極めて技巧的な曲との解説があったが、まさに当時、難曲に果敢に挑み消化しながら披露する当時の演奏会の様子まで伝わってくるような気がした。こんなに味わいのある曲だったのだと、改めて感じた。

 100年前の演奏会は、このようなものだったのかもしれないと思わせるような、味わい深い、演奏会だった。クラシック音楽を新鮮な驚きと喜びをもって受け入れた人々の気持ちに一瞬ながらもなれたような気がした。司会の学芸員さんが、竹久夢二がそこに座っているようだと話されていたが、本当にそのように思えてきた。そんな音空間、ひとときながらも感じることができて、よかった。

 演奏会終了後、展示を見に行った。松井須磨子が歌ったという、「カチューシャの唄」の楽譜から始まり、一曲一曲竹久夢二によって表情豊かに描かれた楽譜の表紙が、美術館の絵のように、展示されていた。和風の絵も洋風の絵もあったが、物語が絵から手に取るように伝わってきた。洋風の絵からは、ロートレックや、アルフォンス・ミュシャを連想した。楽譜とともに、蓄音機、レコード、ラジオ、そしてなんと、太平洋戦争時代に黒部に疎開して学校で豊かな音色を響かせていた東京銀座の画材店月光荘にあったピアノ(昨年黒部に帰ってきた)も展示してあった。そして大正から昭和はじめのひととき、短いながらも、本当に、心豊かな時代だったのだな。

 

 

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モーツァルトチロル

2018-02-17 | ピアノ、音楽

 バレンタインデーの時期になると某コンビニの店頭に並ぶこちらのチョコ。音楽好き、モーツァルト好きにはたまらない!

昨年から発売されているモーツァルトチロル、オーストリアのお菓子モーツァルトクーゲルを再現したチロルチョコで、モーツァルトクーゲルと同じくピスタチオが入っている。そして、杏仁豆腐の杏仁のように、モーツァルトチロル特有のものも、入っている。味もかなり美味しくなっているとのことで期待大。

 そこで購入第一弾は控えめに五個、その代わり楽譜と街の絵が描かれている箱もいただいた ^^愛らしいモーツァルトたちに囲まれて。

 しかし箱に入れるとこの数では物足りない気がしてきた。

 あの日にもあったのだから、ひょっとしたら、まだ、あるかもしれないと思い、某コンビニに向かったらめでたしめでたし!箱いっぱいにするだけの数、残っていた。やっぱりマニアックな、ではなくて、かけがえのないものは、買い主を待っていたのね(図々しいという突込みはここではなしで汗)、と思い箱いっぱいに敷き詰めるだけの数をゲット。貴重な記録として♪

 

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ネルセシアンとロシアン奏法

2018-02-17 | ピアノ、音楽

 ピアノをがんがんと叩くのではなく、少しでもきちんと鳴らすことができるようになりたいと思いながらも〇年、せめて、練習したり演奏したりしている中で、鳴っている音とそうでない音との区別がきちんとつけられるようになれたら、と思うこの頃。いわゆる、ピアノがよく鳴っていると言われている方の演奏を動画からでも聴いてみなくてはと思い、探してみた方がこの方、パーヴェル・ネルセシアン氏。ピアノがとことん鳴っているだけでなく、演奏もすごくて、聴いたとたん電流が走りそうになった。nersessianで検索してトップに出てきたこの動画、ショパン作曲ピアノ協奏曲第1番、オケパートも自分で演奏されていてびっくり。40分あまりの演奏にすっかり聴き入ってしまった。

 

 日本での演奏会のリハーサルの動画もあったがこれも素晴らしい。

 

 性別も体格もそしてキャリアも違いすぎるぐらい違うのだけど、一ミリでもこのような音の演奏に近づけたらと憧れを抱いてしまった。

 ネルセシアン、モスクワ音楽院教授であるばかりでなく、これまでも60回来日され、カワイのロシアン・ピアノスクールで講師をされているということを恥ずかしながら今になって知った。そして非常に謙虚な人柄とのこと。。。私は今までピアノの何を聴いてきたのだろうか。日本各地でも演奏会を開かれているとのこと、いつかいつか、聴きに行けたらいいなと思えてきた。

 それと同時に、ロシアン奏法という言葉が頭の中に浮かんできた。実は以前からロシアン奏法や重力奏法に興味はあったものの、習得が難しく時間がかかり、下手したら手を壊すかもしれないという話をきいたり、名前自体もなんだかいかがわしいようにも思えてきたりしていたのだけど、やはり、気になるものは気になるのだった。そして、ロシアン奏法に関係している動画を探してみたらあるものだ、びっくり している。

 それとともに、こちらは今年の冬は雪ばかりだし、考えてみたら距離もロシアに近いし、県としてもロシアとのかかわりが深そうなので、4月からロシア語の勉強を始めるのもありかもしれない、という思いになりかけたが、文字も難しそうだし、三日坊主の危険性が大きい。どうしようかな。

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