いろはにぴあの(Ver.4)

音楽、ピアノ、自然大好き!

あべとしゆき水彩画展 雨が残した光の香り

2020-10-30 | お絵かき

 先日、SNSであべとしゆきさんという方の水彩画の存在を知り心惹かれた。自然の一コマ、目立たないかもしれないけれどきらりと輝きが感じられるシーンを濃やかに描いていてたちまち気に入ってしまった。そのあべさんの水彩画展が開催されるという。行こうと思えば行ける距離にいる今、行かずしてどうすると思い出かけてきた。

 一コマ一コマを、優しく包み込むようなまなざしをもって描かれたと思われる数十枚の絵が美しく飾られていた。雨上がり、水滴には繊細な光が差し込み、緑もいつもよりも鮮やかに見える。何気なさそうな世界も、見方を変えたらこんなに美しく素晴らしい世界に見えてくるんだと感じることができた。

 書籍売り場にはポストカード集、画集、水彩画の技法について解説した本があったので、私は詩の入ったポストカードと画集を購入した。香りに絵を描くための感性を学んだと語り、大きな自然のように暮らしたいと思っているあべさんの、優しきまなざしを少しでも日常に採り入れていきたいと思った。

 

 

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私のピアノ とある日のレッスン

2020-10-30 | ピアノ、音楽

 先日、私のピアノ 現状というタイトルで投稿した。投稿後、動画アップは時期尚早だったと思えてきつつも取り下げることもできず、その後上達すればよいのだと心に言い聞かせた。

 ブラームスを診ていただいたのだが、Op.116-4、テンポを間違えていたという事態。その状態のままで動画をアップ、やっぱり時期尚早だったな。

 その他それぞれの曲に関して大切なポイントを。

 もっとも印象に残った内容。多声からなる音楽の場合、テーマとなる部分を見つけたら横の流れのみに注目してしまいがちだが、そういうときこそ縦の響きにも注目することが大切。和音と和音の繋がり方、移り変わる瞬間の空気を味わうとよいという話が心に残った。

 その瞬間に頭の中で次の音を想像する。今までの私はそのような練習はほとんどしてこなかった。だからちょっと本番のような場になると、意識がとんでしまい自分の音楽が演奏できなくなるのかもしれないと思った。

 その後数日間、ゆっくり、次の音を頭の中で描いてみながら練習をしてみたら、かなり疲れることが判明。習慣づいていなかったからな。これから習慣づけていきたい。

 

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私のピアノ 現状 練習中

2020-10-26 | ピアノ、音楽

 今練習中のブラームス作曲Op.116-4とショパン作曲エチュードOp.25-12大洋を動画にアップしてみた。

 鍵盤の底に触れる際の下部雑音は減らしたつもり。長年悩んでいた音色の硬さという悩みはなくなったと思うのだが、ブラームス、楽譜の読み込みの甘さと落とし込み、消化の不十分が感じられる。これからどこまで読み込めて演奏に反映できるか。

 ショパンは前の記事で書いた通りアルペジオの下降部分で指がもつれている。この部分ももつれずに弾けるようになりたい。インテンポに近づくと難しくなるのがなんともつらいのだけれど。でも、以前の私は、とりかかることすら不可能だと思いこんでいた。その面ではここまで弾けるようになったことでも進歩だと思う。あきらめずに練習の中に入れ続けていきたいと思う。(でも、流石にステージでの本番ではこの曲は弾かないような気がする^^;)

 おおらかなお気持ちでお聴きいただけますようお願いいたします。

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私のピアノ オンラインイベントなど

2020-10-26 | ピアノ、音楽

 私のピアノのことも。

 9月中旬にメンデルスゾーンの無言歌よりOp.67-3巡礼、Op.53-2浮雲のオンライン上の公開レッスンの受講生にならせていただく機会があり、約1ヶ月弱これらの2曲に集中して練習した。特に巡礼ははじめて弾く曲、公開レッスン収録当日まで深められるところまで深めたいと思って練習した。たった2ページの曲でありながら、アウフタクトで始まりカノン、ポリフォニー、そして響きの細かいところにもこだわりが感じられる曲。公開レッスンまで外のスタジオのピアノも借りたりして前向きに練習してきたつもりだったのだが収録時にはかなり緊張してしまった。レッスンを通して学ぶことが多々あり、楽譜の読み込みを納得できるまで丁寧に行いその成果を演奏に落とし込むまでの妥協なき追求の大切さを実感した次第だった。

 10月上旬にバッハのインヴェンション13番、ショパンのエチュードよりOp.25-2、Op.25-12をオンラインイベントで演奏した。バッハのインヴェンション13番は私がバッハで弾いた最初の曲で、バッハに対して自信と前向きな気持ちを抱くきっかけにもなった曲だったのだがある日弾いてみたら思わぬところで弾けなくなっていて焦りを感じてそれ以来練習しなおしレッスンでも診ていただいた。インヴェンション、テーマとなる声部をしっかり歌わせればよいだろうというぐらいの把握しかしていなかったのだが、レッスンでは音の動きや響き、和声感の大切さなど気づかなかったことにぐいぐい入り込んだ内容でこのような見方で取り組んでいくと音楽を自分のものにして演奏できるのではと思えてきた。ショパンのエチュード2曲、特にOp.25-12は従来の私だったら無理だと思い取り組むことがなかったと思われる曲なのだが、今のレッスンで奏法を変えてみて以来、頑張れば弾けるようになるかもしれないと希望が持てるようになり、夏から譜読みを初めて取り組んでみた。そしてゆっくりなら弾けるようになったのだが、いざインテンポで弾こうとすると。。。小節の終わりの部分、アルペジオが下降するところで指がもつれて弾きにくくごまかす状態に。しかもオンラインでも本番、Op.25-12は弾き直し入りの崩壊に近い状態で終了。アルペジオが下降するところで指がもつれなくなったらまたどこかで弾いてみたい。Op.25-2は弾き直しや崩壊はなかったものの課題を残して終了。

終了後ほろ苦い気持ちになることも多いし、オンラインではちょっとさみしさを感じたりもするのですが、それでも、人に聴いていただく本番というものがあることはありがたいものです。

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久しぶりに投稿 まずは演奏会レポ手短ですが

2020-10-26 | ピアノ、音楽

 前回最後の投稿を見たらしばらくブログからご無沙汰すると書いていたがその後結局2ヶ月以上経っていた。負担にならないように、書いていきたい。

 その後いくつかの演奏会に行くことが出来た。抜粋&手短ですが。。。

東京音楽コンクール本選 その前に開催されていたPTNAコンペティション決勝でのピアノ協奏曲の演奏に心打たれ、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を演奏された谷昂登氏の生演奏を目当てに聴きに行く。4名の出演者、3名の方がベートーヴェン続き、渾身の思いで準備されたベートーヴェンのピアノ協奏曲をあんなに生で聴けたのも幸せだったし、目当てにしていた谷氏のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の演奏から伝わってくるオーラ、大きかった。4階席にも十分に伝わってきた。表彰式の時のコバケンさんの順位をつけるのが辛かった、今後の演奏活動を応援したいというコメントも印象的だった。

務川慧悟氏ピアノリサイタル 昨年開催されたロン・ティボー国際コンクールで2位を受賞された時の演奏から注目。日本での本格的なソロリサイタルは初めてだということでこれは行かねばと。予想通りとても緻密でよく練られた心揺さぶる演奏だった。曲の構造をしっかり捉えて納得されながら演奏されている感じがしてそういうところも好きだと感じた。コロナ禍で当初からプログラムも変えたとのこと。ショスタコーヴィッチの24の前奏曲とフーガとラフマニノフのコレルリの主題による変奏曲にはぞくぞくしっぱなしだった。

藤田真央氏ピアノリサイタル 今を時めく藤田真央氏、ドイツ留学前のソロリサイタル、聴けるときに聴いておかねばと2回とも聴きに行く。(両日ともA席でしたが)9月17日はシューベルト作曲のさすらい人幻想曲が素晴らしくて終了数時間頭の中を駆け巡っていた。アンコールのパガニーニのジャズバージョンにもびっくり。敏捷性も優れていてのびやかそうにすごいことをやりのけるところがさすがで。9月19日はラヴェルの亡き王女のパヴァーヌの心のひだにはいりこむような演奏に泣かされっぱなし。ラ・ヴァルス、そしてアンコールのショパン作曲ノクターン10番という流れ、バレエ音楽レ・シルフィードに使われた音楽がアンコール、舞踏で締めくくる。アルカンのイソップの饗宴で彼の層の深さを感じたし、チャイコフスキーのロマンスも余韻の残る演奏だった。音楽の神様に愛された演奏家だというの、実感できた2日間だった。

成田達輝氏ヴァイオリンリサイタル 友人のお声掛けのおかげで成田氏の生演奏を。最初はバルトークで斬新に。ハンガリー民謡に特徴的な音程や和声だったとのこと。そしてバッハの無伴奏でちょっとほっとした感じが。確か初演だと言われていたファニーホウという作曲家のシャコンヌ風間奏曲がすごかった。ヴァイオリンという楽器の限界にまで挑んだと思われるような音楽で、複雑で非常に高度な技巧というの大納得。ヴィターリのシャコンヌの美しく華麗な演奏で幕を閉じる。それにしても成田氏、演奏の時の真剣さとトークの気さくさのギャップにもびっくり。懐の深さを感じた。

渡邊智道氏迎賓館赤坂離宮エラールピアノ演奏会 コロナ前には毎月スタジオに生演奏を聴きに行くのを楽しみにしていた渡邊氏のピアノ、いよいよコロナ後の生演奏の解禁へと。華麗さと素朴さとが調和されたエラールピアノの美しい音色のシャワーを浴びながらいつのまにか永遠の世界に連れていかれそうになっていた。じわじわとイメージも広がるし。ショパンのマズルカの次、イギリスの作曲家ロジャー・クィルターの歌曲の編曲版の前にさらりとダニー・ボーイが入ったのも粋だったな。最後に演奏されたフォーレの塔の中の王妃の演奏者による編曲版の純度の高い演奏は忘れられない。

園田高弘メモリアルシリーズロマン派選集Ⅱ 若きピアニストの成長と活躍を願い園田高弘氏が立ち上げたピアニストシリーズを受け継ぎ、春子夫人がメモリアルシリーズとしてスタートした企画。今回は6名のピアニストによるシューマン、ブラームス、フランク、シューベルト、ショパン、リストの演奏だった。実力派ぞろいの方たちによる生演奏で曲の魅力がダイレクトに伝わってきた気がする。この時は演奏者の背中側が見える席。迫力をダイレクトに感じた。本当に体の動きが激しく濃やかで、ピアニストの仕事はまさに職人芸だと感じた次第。

東京都庭園美術館コンサート2020 伊藤悠貴氏チェロリサイタル(共演渡邊智道氏) エルガー、アイアランド、リル、ブリッジというイギリス印象派の音楽を採り上げたプログラム。ここ数ヶ月でイギリス印象派なるものを知った私(二人のファンでなかったら永遠に知らないまでいたかもしれない)、ちゃんと知っている曲はエルガーの愛の挨拶と朝の歌という状態で臨んだのだが難解ながらもロマンチックな魅惑の世界の極致にいったようですっかり興奮、ノックアウト状態に。かめばかむほど味わいが感じられるジャンルに思えてきたイギリス印象派。これらの曲の演奏をまた聴けると思うと楽しみでならない。

亀井聖矢氏ピアノリサイタル 昨年PTNAコンペティションで優勝して以来知ることになった亀井氏、色彩感と豊かな歌心が感じられる演奏に惹かれていたが、こちらのリサイタルで生演奏を聴いてさらに実感、それプラス、底なしのエネルギーと技術の高さ、可能性が感じられたひとときだった。バッハの半音階的幻想曲とフーガで祈るような気持になったあとブラームスのパガニーニの主題による変奏曲。ドラマチックだった。奥深さ、音色の美しさ、表現力の豊かさに心打たれたとともに、この曲のすばらしさも実感することができた。そしてリストの超絶技巧練習曲より3曲。難しい曲からも歌心が感じられ音楽のすばらしさを感じることができた。音楽へのひたむきでまっすぐな姿勢にも好感が持てた。

ガルバフェスタ2020トリオコンサート ユーフォニアム佐藤采香氏、チューバ芝広輔氏、ピアノ渡邊智道氏 大学時代の同級生からなるトリオ。コロナ禍後や東日本大震災後にエールを込めて作られた曲からスタート、美しくイメージが広がる音楽で聴き手や世界の人々に向けての熱き想いと愛情が伝わってきた。春の呼ぶ声を聞くという曲、今は遠い春がここにおいでと呼び掛けている、と解説にあったとおりの、前を向いて歩いていきたいとひしひしと感じる音楽に思えた。金管二人によるDevil’s Waltzのかっこよさにもしびれたし、加羽沢美濃のやさしい風のほっとするやさしさにもほっこり、彼女がユーフォニアム、チューバ、ピアノの編成の曲を作っていたということにも心打たれた。ピアソラ二曲からどんどん盛り上がり、最後のA.ファラによるジプシー・イアリングという曲の即興演奏も入った躍動感あふれる演奏で盛大な拍手。

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そして

2020-08-07 | 日記

やっぱりだらだらと書いてしまった。長文大魔王の気がまた出てしまった。明日から再びしばらくブログからお別れかな。本ブログにアクセスし読んでくださった皆様に感謝します。

もうすぐ本当の連休が始まる。

当然旅も帰省もできない。友人と会う約束もコロナ禍のためになくなった。でも少しばかり楽しい予定も入っている。予定以外にもやるべきことやりたいこともある。よかったと思える1週間にしたい。

 

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池之端ライヴ弐千弐拾年七月号 幻想と香り 

2020-08-07 | ピアノ、音楽

 私の昔のブログに、自己紹介のコーナーがある。その中の「好きな作曲家」のところを読み、まさにそうだ!と思いつつも、片足を穴に突っ込みたくなってきた。「幻想、ポリフォニック、土臭いものに弱い傾向がある」10年前からこの傾向はあったことにびっくり、しかしこのようなことを書くことがどういうことか分からずに書いていたし、かなり背伸びもしていたのではと思い始めているのだった。好きな作曲家も沢山書いているけれど、作曲家たちの本質もあまり理解できていなかった。

 ところで本ブログでも先月紹介したが、渡邊智道氏による池之端ライヴの7月号のCDがやってきた。

  スクリャービンの詩曲、ショパンの前奏曲作品45、有名曲とはいえないかもしれないけれど魅力的な2曲がCDを聴いたとたん愛おしき2曲へと変身。スクリャービンの詩曲は動画もアップされているのでリンクを紹介する。

それとともに今回は特別に世界的チェリストの伊藤悠貴氏も出演。昨年の12月おふたりによるオールブラームスの演奏会に行ったときにデュオのCDを出していただけたらと思っていたがこのような形で実現するとは!

デュオ演奏の曲目は、歌曲三曲、すなわち歌とピアノの為の作品三曲だ。その三曲とは

 雁部一浩氏が八木重吉の詩

 伊藤悠貴氏が石川啄木の詩、

 渡邊智道氏が井上井月の詩に

曲をつけた作品。彼ら、演奏家だけではなく作曲家でもあった。しかも、名作曲家。過去の偉人たちとは一緒にしたくないので大作曲家とは呼ばないことにする。(ちなみに雁部一浩氏は本ブログで3年前に紹介していた『ピアノの知識と演奏』の著者であるとともに歌曲作品も出している。)

その歌曲がたまらないのだった。確か音だけの世界で出来ているはずなのに、それに伴い切なさとかはかなさとか包み込みたい思いとかそういうものが湧き出てきた。どうしたらよいのだろうという気持ちになってしまった。濃縮した表情のうつろひ。

そうだ、香りだ。冊子、六等星に書かれていた。香りも伝わってきた。光、音はインターネットを通じても伝わってしまうようになったけれど、香りはどうあがいても伝えることはできない、そんな香りが、音楽からふんだんに伝わってきた。

さらに六等星、さらに前の方にはあのことば「幻想」が!今のようなコロナ禍の状態にあっても幻想世界に心の底から価値を見出し。。。というくだりには心が震えた。

私も幻想が好きだとかつてから言ってはいた。しかし幻想世界へのアクセスについては遥かに歳下でありながらそのような世界にアクセス、自分のものとし体現している若き彼らの足元にも及んでいないと感じた。しかし幻想が好きであること自体には自信を持ちたいと思うようになった。作曲家の魂にしっかりとアクセスし世界を深めることができたらどんなに素晴らしいだろう。

今月の六等星、他にも面白いところがあったのだけど割愛する。

音楽家たちご本人作曲の歌曲が入ったCDは一聴に値すると思う。特定の月だけのご希望にも対応するともある。こちらからぜひ♪

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ドリップ・ミュージック 

2020-08-07 | ピアノ、音楽

 白寿ホールで開催された「心が喜ぶ演結び、新しい出会いの形へ バッハとコンテンポラリーの融合」をオンラインで視聴した。ヴァイオリン成田達輝氏、坪井夏美氏、ヴィオラ田原綾子氏、チェロ笹沼樹氏、ピアノ中野翔太氏で、バッハ作曲フーガの技法の各コントラプンクㇳゥスとコンテンポラリー作品とを交互に演奏するという演奏会。曲目は以下の通り。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅠ

Jアントン・ウェーベルン作曲 弦楽四重奏曲作品28(1938)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅡ

クラウス・フーバー作曲 インタルシーミレ ヴァイオリンソロのための(2010)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅢ

ブライアン・ファーニホウ作曲 アダージッシモ、弦楽四重奏のための(1983、東京初演)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅣ

ジョン・ケージ作曲 4分33秒(1952)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅤ

ジョージ・ブレクト作曲 ドリップ・ミュージック(1959)

休憩

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅥ

一柳慧作曲 イン・メモリー・オブ・ジョンケージ ピアノソロのための(1993)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅦ

モートン・フェルドマン作曲 直線的思考Ⅱ(1963)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅧ

エイグロ・ヘスクルドゥスドッティル・ヴィヴォルグ作曲 シルフラ 弦楽四重奏のための(2019、日本初演)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅨ

梅本佑利作曲 フラッフィー・ピンク! 弦楽四重奏のための(2020、世界初演)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 フーガの技法よりコントラプンクトゥスⅩⅧ

大好きなバッハとなじみのないコンテンポラリー作品とを交互に演奏するという実験的な試み、中には初演の曲もあり何が飛び出すかわからないところにも惹かれて視聴することにした。コンテンポラリー作品については理解ということは全く考えず目と耳で触れられたらという想いで。

いや~楽しすぎた!どうしてこのような響きが生み出されたのかと思えるコンテンポラリー作品、わけがわからないながらもとがった感じが印象的だった。楽器の限界に挑むために作られたのではと思える曲もあり演奏するためには奏者も楽器も想像を絶する負荷がかかっているのではないかと思えた。人が作り出す音楽の世界の無限性を感じた。世界初演だったフラッフィー・ピンク! 、作曲した梅本氏はなんと10代、相当な想像力がないとこんな曲は作れないと思えるひとことでは形容できないすごい曲だった。弦楽器の曲が多かった中ジョン・ケージ作曲のピアノソロのためにの美しさにも心惹かれた。ピアノの響きが際立って聴こえた。そして超硬派なコンテンポラリー各曲の間にくると硬派なはずだったバッハ作曲フーガの技法が丸みを帯びた温暖気候の音楽に聴こえてきた。各曲の魅力が引き出せるような選曲、プログラミングだったように思えてきた。

そんな中、楽器がヤカン、水、空き缶という音楽もあった。ジョージ・ブレクト作曲 ドリップ・ミュージック。演奏者たちが舞台から背後に立ち去りヤカンに入った水を空き缶にそそぐ、そのときの音が曲になっているのだった。思わず集中して耳を傾けてしまった。ポットで水を注ぐ音って、なんて美しいのだろう!集中して聴けば聴くほど素晴らしく魅惑的な音の世界に思えてきた。珈琲の香りもしてきたし。実際に注がれていたのは珈琲ではなくて水だったのだけど。考えてみたら世界は音に溢れている。注ぐ水の音だけではなく、セミの鳴き声、風のそよぐ音、電車の音。これらも音楽かもしれない。これからはもっと耳を澄まさなくちゃ。私の今後の音楽観も変えたくなってしまいそうな一曲だった。

その時の記憶を頭の片隅に残したまま、後日題名のない音楽会を録画で観たところ、またまたドリップ・ミュージックが登場してびっくり。こちらは水が注がれる先が空き缶の代わりになんと人の口。攻めの姿勢もここまでくるとただただ脱帽するしかない。

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瀬川泰代氏オンラインコンサート

2020-08-07 | ピアノ、音楽

 先週末、瀬川泰代氏のオンラインコンサートを視聴した。瀬川氏のことを知ったきっかけは、左手のピアニストということでテレビに出演されたときだった。右手指に局所ジストニアを患い右手での演奏が難しくなりどうしたらよいだろうと苦悩していた時に左手のピアノ曲に出逢い音楽留学も実現、ピアニストとして音楽を届けるという決意を抱き音楽活動を続けているという話を知り心打たれ、演奏を聴く機会が持てたらと思っていた。そんな矢先に広島のゲバントホールでリサイタル開催とのお知らせ、今は遠方に住んでいてもオンラインなら聴けると知り聴くことにした。

 曲目は

岡村 星見作曲 blue star
バッハ作曲ブラームス編曲 シャコンヌ
ボルトキエヴィチ作曲 詩人 
ボルトキエヴィチ作曲 ウエディングソング 
- 休憩-
月足さおり作曲 風の彩 
1.Hiraeth
2.Forelsket  
濱川礼作曲 - Untranslatable Words(左手版)から 
リスト作曲光永浩一郎編曲 愛の夢 第3番
光永浩一郎作曲 サムライ 

 左手のために作られた音楽、なんと世界中に3,000曲もあるのですね!バッハ作曲ブラームス編曲のシャコンヌは怪我をして右手が使えなくなったクララ・シューマンのためにブラームスが編曲した曲だったとのこと、シャコンヌ、名曲だと知りながらも重厚さと長大さに自分が追いつけず、なかなか心を入れ込んで聴くことができなかったのだけど、瀬川さんの演奏するシャコンヌからはすうっと世界に入ることが出来た。音楽の持っている愛と瀬川さんの音楽愛が伝わったの思う。ボルトキエヴィッチは最近聴く機会が増えている作曲家の一人だが、左手のためのピアノ曲を沢山作った作曲家だということを知りさらに好きになった。詩人、ウェディングソング、音楽からにじみでる情感がにじみ出るように伝わってきた。

 後半は日本人の作曲家による作品。全員瀬川さんとゆかりのある方たちで、それぞれの作曲家たちのお人柄について演奏前に話してくださりさらに愛着を持って聴くことができた。響きにはっとさせられ、ロマンチックな世界に浸り、音楽を通して多くの感情世界に浸ることができた。愛の夢第3番の美しさにもはっとさせられた。プログラム最終曲の「サムライ」、そしてアンコールで演奏された吉松隆作曲「風のトッカータ」、緊張感、激しさ、切れの良さに息をのむばかりだった。そして音楽している瀬川さんの悦びがほとばしるように伝わってきた。お話されるときの優しく温かくほっとする雰囲気と、演奏時の音楽に入り込まれた時のエネルギーとのギャップも印象的だった。

 このような時世になりなかなか生の演奏会には足を運べなくなっている状態だが、このように遠方で行われる演奏会も聴くことが出来るようになったという面については本当に有難いお話だ。広島への帰省も難しくなりそうな今、かつて私も演奏会を聴きに行ったり練習会を行ったりしたことがあるゲバントホールでの瀬川さんの演奏を聴くことができて本当によかった。

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ブログへの敷居

2020-08-07 | 日記

 ここ数日、ブログを書きたい思いが募っている状態だ。そう思いつつも、なかなか一歩を踏み出せない状態でいた。最大の理由に、今、私がブログを書くまでの敷居がぐんとあがってしまっていたことにある。  SNSの普及。自宅のPCの立ち上がりの遅さ。そして最後、これが最大の原因かもしれない、何かを感じて感激したとする、その感激について文を書くエネルギーがあるのなら、例えば趣味のピアノだったらもっと練習して音に反映させないと、とか、水彩色鉛筆だったらもっと作品を描かないと、とか、ドイツ語を始めたのだったらいい加減文法の入門段階から卒業しなくては、とか、その他の例えば物つくりだったらスカートもう一枚縫おうとか(実はミシンを使い始めました。面白いのだった)。。。それでなくても限られた時間、もっと時間もエネルギーも有効に使える方法があるではないかという気持ちとせめぎあっていた。私がいったんブログを書き始めたら最後、長文大魔王状態、時間がかかってしまいそうだという懸念も多々ある。しかもその文章がお粗末だったらどうしようという懸念も伴うし。

 独身時代のことも書かれているブログ(いろはにぴあの)。その頃は気負いなく書けていた。結婚したばかりの頃のブログ(いろはにぴあのいろはにぴあのVer.2)その頃の文章は今読んだら理解できないような難しいことも書いていた。エネルギーいっただろうな。いろはにぴあのVer.3 後半あたりからSNSに割く割合が増えて、ブログの更新への腰が重くなり始めた。SNS、本当に、便利だし、楽しいんだもの。情報の入手は最速だし、やりとりがすぐにできるというのもすごいと思う。驚くほど世界も広がったし。しかし、このままでいたら、自分の中の何かが浮遊したまま流れていき落ち着かなくなっていく感もしていた。ブログ出身の性か。

 言い訳を色々書いた。やるべきこともあるし、時間もエネルギーも、ブログを書くよりも有効に使えることもあると分かってはいるのだけど、今はブログを書くのが私が前へ進むのに必要なことに思えてきたのでちょっと書くことにする。有難いことに、早めの夏休みもいただいちゃったし^^

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