いろはにぴあの(Ver.4)

大人になって再開したピアノ(中級レベル)を楽しんでいます。よろしくお願いします。自然大好き!

欲張りたくなる

2018-08-12 | ピアノ、音楽

 聴いた瞬間、この曲は大好きだ、弾けるのならなんとかして弾けるようになりたい、と思える曲に何曲か遭遇する。しかしタイミングや自分の演奏レベルを考え先延ばしにしている曲のほうがはるかに多いし、今後もただただ増えていくばかりのような気がする。しかしそのような選曲の先延ばしは永遠に出来るわけではないということに気づきはっとする。そこで人前演奏が前提でないのならこれはという曲はちょっと譜読みだけならありかなと思う。そしてレッスン日までの数日間、特に、間が空いたときなんかは、ちょっとありかなと思っていた譜読みをやってみる。そうしたら、なんとか音にだけはできる事に気づき高揚感でいっぱいになる。すっかり練習が楽しくなり、どちらがメインなのかわからなくなりそうな事態に。そして、レッスン日、本筋の曲の粗がいっぱい見つけ出され、脱線しているどころではないという現実を思い知る。(現在その段階)

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藤子・F・不二雄 ふるさとギャラリー

2018-08-12 | 気になる場所、風景

 高岡市美術館2階には藤子・F・不二雄ふるさとギャラリーがあった。ドラえもんの作者藤子・F・不二雄先生こと藤本先生は実は高岡市出身だったのだ。(藤子不二雄は実はコンビだった。相方でハットリくんで有名な藤子不二雄Ⓐ先生は富山県氷見市出身)藤本先生使用の道具、新聞社に投稿していた10代の頃の作品、憧れの手塚治虫先生からの手紙、ドラえもん、パーマン、オバケのQ太郎など代表作の原画やアニメ作品、藤本先生のメッセージなどが子供たちも楽しめるように展示してあり、その場にいるだけで心が温かくなった。

 「子どものころ、ぼくは”のび太”でした。」

 藤本先生はのび太みたいな子供だったそうで、嫌なことがあったときには、空き地にごろりとなって心を癒すことも多かったとのこと。ドラえもんに出てくる空き地、公園、町並みなどの風景は先生が育った子供の頃の高岡の原風景だそうだ。自分には漫画しかないと思い、コンビを組んだ藤子不二雄Ⓐ先生こと安孫子素雄先生と毎日小学生新聞に漫画を投稿し続け、そのコンビはやがて日本で知らない人はいない漫画家となった。ギャラリーは、漫画家への夢をはぐくんだ原点に触れることができる貴重な場だと感じた。

 左の写真は高岡銅器で作られた初期ドラえもん。右の写真の、後年のドラえもんよりも、頭に対して胴体の割合が長くふっくらしていたんだね。

 ギャラリーでは、のび太が寝転がっていたかもしれない空き地等、高岡市内の藤子・F・不二雄ゆかりの地が紹介されている「藤子・F・不二雄ふるさと高岡ポケットガイド」と、高岡市の案内が書かれた「よりみち高岡」をいただいた。「よりみち高岡」の表紙は、国宝瑞龍寺を眺めながらドラえもんが微笑んでいて愛しさを感じた。

  藤子不二雄ゆかりの地に訪れたり、ドラえもんの漫画を改めて読み直したくなったりしたひとときだった。

    藤本弘先生の登場する動画を発見。ドラえもん誕生秘話などを語られれいる。見ているうちに涙が出てきた。必見です。

https://www.youtube.com/watch?v=yZAl4AgsRl4

トーク番組です。さらに詳しいお話です。昔の高岡市の様子、安孫子素雄先生との運命的な出逢い、アニメーション製作の試みなどさらに詳しい話が出ています。

https://youtu.be/OVDM3MiCYKY

 

 

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高岡市美術館 勝興寺展 

2018-08-12 | 気になる場所、風景

 高岡市美術館勝興寺展に行ってきた。本堂をはじめとする建造物12棟が重要文化財に指定されている勝興寺には一昨年秋に行ったのだが、平成の大修理の最中で、気になる本堂などを見ることができなかった。しかしいよいよ平成の大修理も完成に近づき、本坊を一般公開する運びとなった。その公開を記念して、修理によって見えてきた中世から近世にわたる勝興寺に伝わる絵画と工芸の美を堪能した。

 認可を得なければ置くことができないという正面を向いた親鸞聖人の絵や、本格的で格調高いお寺だからこそ存在ているという大広間の上段の間、豪華絢爛で凝りに凝った細工が美しい蒔絵、親鸞聖人と法然聖人とのやり取りの過程がうかがえる屏風、右半分の空白に対して盛りだくさんの花を生けた華やかな花籠図等、中世後期から近世にかけての優美で見応え溢れる作品を堪能した。また、国指定重要文化財でもある、勝興寺本洛中洛外図屏風の左隻の現物、そして、左隻と右隻の複製も見ることができた。本願寺、二条城、大徳寺、金閣寺、知恩院、東本願寺、南禅寺、清水寺など、重要な建造物が描かれており、通りの金箔と水の緑との対比が美しさと男女問わず多くの人々が行き交っていたのが印象的だった。

 こんなに優美な文化があったなんて驚きだ。当時の勝興寺のあった伏木地区は栄えていたんだな。

 写真は、重要文化財江戸初期の勝興寺本洛中洛外図屏風の複製である。

 

 

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楽譜の意識化

2018-08-07 | ピアノ、音楽

 無意識に指が動き弾けていたはずのところで、どのように弾いたら分からなくなり弾けなくなる、という事態に陥ることが、歳を重ねると増えていく。その瞬間のがっかり感がもう何とも言えないのだが、そこで切り替ねばと思う。せめて練習段階でよかったと考え、弾けなくなったところを見つけ出し、取り出して、丸で囲み、どのように弾いたら良いか、また、どのような特徴があるかを確認し、体と頭に焼きつくように繰り返す。体だけでは、焼き付ける範囲としては心許ないので、頭にも。カメラのように楽譜を焼き付け、意識化する。それでなんとか大丈夫かな。そういう意識化が必要なところが、これからますます、増えていくのだろうか。

その意識化のお陰で、曲の特徴も、掴めるようになったら、かえって儲けもん、せめて今はそう考えたい。

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奥井紫麻氏 ピアノリサイタル

2018-07-29 | ピアノ、音楽

 若くしてオーケストラと共演し、マツーエフ主催のコンクールで最年少受賞、キーシン氏に「これほどの年齢でこれほどまでに音楽を理解して感じる事ができ、楽器を自由に操ることができるとはただただ驚いた。」と評されたピアニスト、奥井紫麻氏のピアノリサイタルに行ってきた。

 曲目は

ピアノソナタ第11番 変ロ長調 Op.22   ベートーヴェン作曲

ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26              シューマン作曲

休憩

24の前奏曲 Op.28 より 第1番~第12番 ショパン作曲

夜想曲第8番 変ニ長調 Op.27-2     ショパン作曲

夜想曲第10番 変イ長調 Op.32-2            ショパン作曲

スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31            ショパン作曲

アンコール

ひなぎく ラフマニノフ作曲

 ベートーヴェンの第11番、第1楽章のはつらつとした進行とともにピアノと耳とが楽曲になじんでいく。そして第2楽章のアリアでいきなり別世界へ、なんて美しいのだろう。まるで夢を見ているようなピアノの歌わせ方。第3楽章のメヌエットもデリケートなところまで心が行き届いていて、第4楽章、まるでかぐわしい花に包み込まれているよう。

 シューマン作曲ウィーンの謝肉祭の道化、私の大好きな曲。第1楽章のアレグロ、華やかな祭りの始まり、その後広がるロマンチックな世界、ラ・マルセイエーズ、そこまでの豊かなドラマ。ごまかして流すようなところが全くなく、音色の変化、間の取り方など、音楽の流れを噛みしめ自分のものとして消化させながら演奏しているのが感じられた。第2楽章ロマンツェ、今までは存在感あふれる前後の曲と比べてあまり注目して聴いてこなかったのだが、今日はこの曲の一音一音が実感をもって心に響いてきた。はかなくも忘れられない美しさ。第3楽章のスケルツィーノはユーモアをもって軽やかに舞っているように。そして大好きな第4楽章インテルメッツォ、情念の感じられる歌の背後の分散和音のレースのような細やかさが美しかった。曲の魅力がするめのように伝わってきた。どんなに激しい曲でも音楽の流れに伴い細やかな変化がある。勢いだけでやみくもにたたきつけるような演奏では何も伝わらないというのをあらためて実感することに。第5楽章フィナーレも同じく、勢いと華やかな出だしで印象付けながらも、その後のメリハリがしっかりしていて説得力が感じられた。楽譜に書かれている音はすべて有機的で無駄な音が一切ないのだということを演奏を通じて教えられたような気がした。

 休憩後、ショパンの前奏曲より前半。この前奏曲、どちらかといえば後半の曲に私の好きな曲が多く、今まで前半についてはあまり各曲の特徴をつかめて聴いてこなかったのだが、今回前半だけ聴いてそれぞれ個性的なキャラクターとエネルギーを持った曲だったのだと改めて感じた。第1番、第3番の軽やかで優美な雰囲気、第7番の静かでほっとする雰囲気、第11番ののびやかに歌うような雰囲気、それぞれの曲の放つ魅力が感じられた。しかし最も好きだったのは第4番と第6番のアウフタクトの部分だった。そこから哀愁のこもった歌へと流れゆく部分のせつなさ、忘れられない。音が減衰するピアノだが、弾き方によってはここまで自由に歌わせることができるのだ。

 ショパンの夜想曲より2曲。第8番Op.27-2と第10番Op.32-2。魅惑的な旋律にうっとり、憧れの世界へと連れてってくれた第8番、軽くてきらきらした装飾音がさらに魅力を引き出していた。一部抑制したように思えるところもありながら、その抑制されたところのおかげで音楽がしまりのあるものになっていた。夜想曲第10番Op.32-2、出だしとコーダののどかで温かい雰囲気と再登場による安堵感が心地よかった。そしてその間のドラマチックな部分から湧き出すほとばしるような情熱はまるで永遠の世界へと向かっているようだった。ちょっと感傷的だけどゆりかごのように温かく優しい世界。

 ショパンのスケルツォ第2番。印象的な出だし和音、そくぞくするすべり出し、その後しなやかな部分へと移行。音楽の移り変わりに伴い色彩も変わりこの曲の多様性を実感。曲の場面が移行する際に適度な間が感じられるのだが、その間の取り方が絶妙だった。音楽に決して流されず、音楽の流れを演奏を通して作っていく、そんな意思が、感じられた。後半盛り上がり部分のエネルギーは終結部に向けて保たれ推進力を持って力強くコーダへと向かっていった。最後の一音まで輝きとエネルギーのある音だった。小さな体いっぱいから出された豊かな音楽の世界も終結へ。

 盛大な拍手の後アンコール。ラフマニノフ作曲のひなぎく。さまようように幻想的で北方を感じさせる響き。心の奥底にある宝石箱のふたの一部をそっと開けてくれたような感じがした。かけがえのないプレゼント。

 それにしても聴きごたえたっぷりの演奏会だった。隅々まで心が行き届き音楽への愛情が溢れんばかりに感じられた。発するあらゆる音と間に魅力、意味と方向性が感じられ、この曲はこんなに素晴らしい曲だったかと発見しっぱなしの状態だった。楽曲の構造を確実に消化、納得し、音楽の中の物語が伝わってくるようだった。速い曲もゆっくりした曲も曲の流れはきちんと保ちながらも、適当に流されて弾いたところが全くなかったのもすごいと思った。動画にある演奏の説得力、生演奏で改めて実感した。これからのご活躍が楽しみ。

お守りにします!

 

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