ヤッちゃんパパ奮戦記

HFAの息子に啓発されて、化学を専攻した小父さんが畑違いの自閉症療育の世界へ。50の手習い、子育て奮戦記…

一歩、一歩の前進

2008-04-29 14:10:53 | 子どものこと
(ヤッちゃんのコミュニケーションカード: 現在のところトランプよろしく53種ある。)

四月も早、月末。今年のGWは6日までの長い休み。それは良いが3足目の草鞋事件で明日は神奈川の実家に戻らなければいけない。母は小康状態。介護ベッドの搬入も済み、一段落であるが、両親そろって私がいないと心細いというので、致し方ない。

ヤスの方も、一応の落ち着きを見せてきた。先週月曜日からコミュニケーション支援ツールを持たせたが、一応機能しているらしく、本人も役立っているという。健常者から見れば他愛もないような内容であるが、本人にしてみればとっさの時、どういう表現を使ったらよいのか分からなくなるというので、存外役立っているようである。最初はコミュニケーション・ブック形式にしようかと思ったが、携帯して利用することを考えると、カード式の方が使い易いようである。愛用の電子辞書ともども、ポシェット入れて、腰に巻きつけ、毎日学校へ出かけている。

昨日ちょっとした突発事件が起きた。ADHDの次兄が、特性丸出しの噴出すような事件を起こしてくれた。次兄は4月から家から3Kmほど離れた高校に自転車通学をしている。昨日の朝も意気揚々と自転車にまたがり家を出た。5~600m程行ったGSの前で、彼は携帯電話を忘れてきたことに気付いた。入学祝に買ってもらった905i、ワンセグ機能をはじめ、訳の分からない機能が沢山ついたこの携帯は、学校からの指示でフィルター機能を掛けられ、自分が好むサイトから着メロが取れなくなったとぼやきは出るとはいえ、彼にとっては命の次に大事な品らしい。時間に余裕があると判断した彼は、自宅に取りに行くべくUターンした。

かくして暫く後、無事携帯をポケットに入れ、次兄は再度学校へと向かった。2.5kmほど離れた知命堂病院の前まで来て、彼は再び重大なことに気が付いた。通学鞄がない。弁当もない…!! 何と手ぶらで学校へと向かっていたのである。恐るべし、ADHD!! しかし携帯がある。彼は忘れた鞄を車で学校へ届けて欲しいと家人に電話した。

今、正にヤスを伴って学校へと出かけようとしていた、家人はこの電話にさすがに驚いたが、きっぱりと彼の要求を蹴った。「家まで取りに来なさい。出かけずに待っているから」…ところが困ったのはヤスである。このままでは彼も学校に間に合わなくなる。…「分かったよ」と一言言い残し、彼は一人で学校へと向かった。3ヶ月ぶりの快挙。正に瓢箪から駒であった。

次兄が無事鞄を取りに戻り、送れて学校へ駆けつけた家人は、1限目と2限目を図書室で待機するだけで、授業には付き添わなかった。一歩一歩前進しているようだ。

一方、特性丸出しの次兄が、その朝、高校に遅刻したことは、言うまでもないことであった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

発想の固定化 !?

2008-04-25 06:13:53 | 子どものこと


先日来、ヤスの授業の付き添いで理科の実験を2時間ほど体験してきた。
「ろうそくの燃焼」というテーマである。たわいもない実験であるが、中々考えさせられた。

40年ほど前、高校生であった私は、化学が得意科目であり、好きな科目であもあった。今日の本業を選んだ根幹である。当時非常に興味を持っていた書籍に「ケムス化学」という米国のハイスクール向けの化学の教科書の訳本があった。何故興味が惹かれたかというと、日本の教科書にない、柔軟な思考を求める演習問題が豊富だったからである。「ろうそくの実験」については

「火薬やガソリンは爆発したり、一瞬に燃え上がるが、何故ろうそくはゆっくりと燃えるのか?」

という一問が非常に印象的であった。等ということを思い出しながら参加した。

一回目、油粘土の上にろうそくを立て、その上から底を抜いた集気ビンをかぶせ、ろうそくに火を点ける。次に集気ビンに蓋をする。火はどうなるか?というものであった。…当然、しばらくして火は消えてしまう。では何故か?
子ども達の答え;
・ 空気がなくなった。
・ 酸素がなくなった。
・ 酸素が少なくなった。
大方、こんな意見にまとまった。「蓋をされて、イジケタろうそくが火を消した」などと答える児童は一人もいない。

で、その後の授業は上の三つの解答のうちに正解があるのか、あるいはあるならどれかという話はすっ飛ばしであった。??? 「空気がなくなる」のであれば、そこは真空?と発展しそれを検証することは簡単である。全体を水を張った水槽に入れ、蓋を取ればよいだけのことだから。泡が出ず水が集気ビンに流れ込めば真空だったということになるから。もっとも、これが正しければ水圧の関係で蓋は絶対に開かないが。「酸素がなくなった。」とか「酸素が少なくなった」、理屈上は後者が正しいのであるが、これだけの答えでは、実は本当は答えになっていないとも言える。これは単に言葉の置き換えレベルのことであって、酸素とは何か、燃えるとはどういうことなのかという説明抜きに、酸素云々を語っても仕方がないのであるが…。ともかくそこはすっ飛ばし!

2回目の授業。では火を消さないようにするにはどうすれば良いか?教科書には「集気ビンの蓋を取り、粘土に切り欠きを付けて下から空気が入るようにすれば良い」と書かれている。子ども達の答え;
・蓋を取る。
・蓋を少しずらす。
・粘土に切り欠きを付けるが、蓋は取らない。
・蓋を取り、粘土に切り欠きを付ける。
8班ある実験斑の約半数が最後の答えであった。多分に「教科書を見たな」という感がある。「集気ビンを取ってしまう」とか「粘土で円柱を作り、その上にろうそくを立てて炎が集気ビンの口より上に出るようにする」などっという発想は生まれてこない。

実験の結果。粘土に切り欠きを作るか否かに関わらず、蓋を完全に取った場合には30分以上ろうそくは燃え続けた。切り欠きを二か所に付け、そこの部分を大幅に開放しても、蓋をしたら火は消えた。…これはなかなか面白い事実である。良く見つけたと褒められる唯一の知見であった。しかし、では下から煽ったらどうか?とか片方の切り欠きからストローを突っ込み(ノートの切れ端を丸めて即席のものを作ればよい)空気を吹き込んだらどうなるか?というところまでは膨らまない。

さて、蓋を取った場合に、粘土の切り欠きの有無に差が出ないのか?という点は先生が確認させたくて30分間時間を掛けさせたところであった。理屈上、二酸化炭素は酸素や空気より重いので、時間が経てば切り欠きのない系はやがて火が消える筈である。しかしその実験は失敗に終わった。一つには集気ビンが広口瓶であったこと。もう一つは観察しろと言われた子ども達に特別の注意を与えなかったので、暇になった子ども達が、外側にはみ出した粘土をちぎっては玉にして集気ビンの中に放り込んだり、近くから覗きこんだりして呼気が吹き込まれたりして、集気ビンの中の空気が混ぜられ、二酸化炭素が十分に溜まらない状態になってしまったためである。事実ろうそくの炎は盛んに揺れていた。実験条件が固定化されていないための失敗であった。

30分間もろうそくを点けていたので、片付ける時には集気ビンは触れないほどに熱くなっていた。実験に失敗した先生は口が小さく背の高いビンを次回使用すると宣言した。…PETボトルを…おいおい、そいつは熱で変形し、下手すると火が点くぞ!…でも、その実験で、「燃えるかな?」という視点で見る子どもはこの教室にはいそうもない。

昔、教職課程の学科を取った時、「理科教育法」という科目があった。一つの実験を行う時に子ども達が、どのような視点でその実験を見ているのか?という点を考えるのはなかなか難しい。バネ秤に石をぶら下げて重さを測る。その後、秤に石をぶら下げたまま、石の部分を水を張ったメスシリンダーに入れてみる。この物理実験は何の実験か?
・浮力のテスト。
・体積の測定。
・密度の測定。
・アルキメデスの実験。
いろんな答えが予想される。中には、「メスシリンダーの水が溢れるかも知れない」とか、「バネ秤から石が外れたら、石がそこまで落ちてメスシリンダーが割れるかな?」などという視点で見ている子がいても良い。子どもの発想は豊かである。その中で、子どもに如何に理科に興味を持たせ、学習を進めていくかということを考える科目であった。豊かな授業とはそういったものである。

ここ暫く学校を覗いていて、そういった豊かさが乏しいことと、子ども自体の発想が固定化して、こじんまりとしていることに驚かされる。自閉症などという事柄とは別に、自分の子どもには豊かな発想の大切さを教えてあげたいものだ。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春爛漫なれど・・・

2008-04-14 20:21:58 | 子どものこと


(高田公園の桜)

新学期が始まって1週間がたった。何かと慌ただしい。

4月4日、入学式・始業式・着任式、おと順番が全く逆であるがとにかく4月7日の準備のために6年生のみ登校ということになっている。ヤスと一緒に登校し、一応の仕事は無事こなした。ヤスの5年の時の交流級の担任は転出し、新しい先生に代る。新任式が済んでいないので、誰だか教えてもらえない。いつものことなので、慣れはしたが、そんなこと隠してどうなるの?と思うところは変わらない。今年は教員が3人転出して1人転入ということで、算盤勘定が合な過ぎ!と思っていたら、次兄が5年生の時、5月にうつ病か何かに罹りクラス担任を放棄し、その後2学期に復帰し、また2日でダウン、1組と大幅に学力差を生じ、学年を上げて大問題になったI先生が復帰とか。…何だこいつまだいたのか!という思いは、知る人ぞ知るであるが、本人はいたって天真爛漫というか能天気に学校中を徘徊していた。どうかこいつが担任になりませんように!と祈るような気持であった。結局貧乏籤は2年生と相成った。

4月7日から3日間、家人が付き添いで登校。どうやら一緒に行けば不登校は回避できそうである。交流級の担任は幸い水原から来たT先生。女性。29歳。独身。家人に似て恰幅が良い。…ま、後半部分は大きなお世話ではある。社会科が専門のこの先生は別の意味で天真爛漫。体育会系のノリであるが、1週間分の時間割を貰うも、学活(内容未定、ごめん!)といった調子で、かなり肌理が粗い。救いはヤスが安心感が持てるのか、存外この先生が気に入っていること。それと自閉症児の指導方法についてアドバイスを与えると、とても素直で、すぐ実行してくれること。5年の時に比べれば遙かに期待が持てる。

4月10日、校内委員会。メンバー全員のコンセンサスと実利を取ろうと考えてのことで、情緒通級の担任、学校長(新任)、教頭、学年主任(初参加)、交流級担任(新任)、情緒級担任(名目上はヤスの担任教諭―特別支援コーディネーター)、知的級担任(実質的担任)、家人、そして私。管理職や学年主任、交流級担当は軽度発達障害については全くの素人、特別支援級の二人もかなり怪しいのが実情。それでも、情緒通級担任はとにかく実のある結果を獲得しましょうと好意的。さすが5年間もの付き合いだけのことはある。通常級への転籍は時間ばかり掛るので、特例的に特別支援級から通級出来るよう最大限の努力をした抱けることにおなった。唯、学校の方は今一煮え切らない。結局十分な支援が得られるか?分からない。手間が掛らぬ息子だけに何事も後回しの感がある。ヤス専用の支援ツールをこちらで充実させるしかないようだ。

4月11日、高岡へ出張。晩に親父から電話があり、お袋の様態が芳しくないらしい。4月8日にトイレで転倒し肋骨を骨折。従来からの肺炎もまだ完全には復調しておらず、医師の往診を受けている。そういった状況下で、貧血を起こしたらしい。以来寝床から起き上がれない。そこへ持ってきて親父が38度の発熱で、家事もままならない…という状況との話。とるものも取りあえず12日の始発で神奈川へ戻る。

4月15日は大阪で会議のため、14日に新潟から移動の予定であったが、急遽出張を取り止め、14,15日と遊休を取った。今日明日は自宅で、家事全般を担当。午後ケアマネージャーを呼び、介護支援の投球変更の手続きをとった。今週は忙しい。家人は明日相続の絡みで家裁へ出頭しなければならず、19日は岳父のお段引き、私はその前に科目修得試験も! 当面神奈川の両親の面倒のみに集中という状況でもない…猫の手も借りたい!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大塚先生からの贈り物

2008-04-09 20:25:36 | 書籍


4月に入り大学も2年目の後期に入った。レポートも若干遅れながらではあるが、一応順調な進度の範囲にある。4月生については新カリキュラムへの移行が始まり、科目の名称や教員の入れ替えも行われた模様である。

詳しい理由は分からないが、大学のホームページを見ると大塚准教授のお名前がなくなっていた。カウンセリングIIを昨年末にスクーリング受講し、以後そのレポートを提出し、以後教育心理学、心理学と受講してきた。残念ながらカウンセリングII以外はスクーリングがないため、先生に直接お会いする機会を逸したままである。残るのは宗教論か、来期履修しようかな等と思っていただけに残念な限りである。実のとこ先生ご自身がご専門とされている死生論についてもお話を伺いたいと思っていたところでもあった。

カウンセリングIIを受講する前、大阪で学友が話している会話の中で、大塚先生のレポート評価のAランクには二種類あり、本当に優れたレポートには総評欄に引き続き読んで欲しい書籍の紹介が記入してあるという話を、小耳に挟んだ。カウンセリングIIのスクーリングの後、金子先生も交えて立川で一杯呑んだ…そういえば金子准教授もお名前が消えていた???よく分からない…。で、その噂の真偽を大塚先生に直接訊ねてみた。先生は笑ってはっきりした返事をされなかった。

今回返却されてきた心理学の2通のレポートに2冊の本が推薦されていた。マスローの「完全なる人間」は心理学というよりは哲学の世界であり、ユクスキルの
「生物から見た世界」は知覚に関する科学書である。出張中も当分退屈しないですみそうである。大塚先生どうも有り難うございました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする