ヤッちゃんパパ奮戦記

HFAの息子に啓発されて、化学を専攻した小父さんが畑違いの自閉症療育の世界へ。50の手習い、子育て奮戦記…

あぁ、定期券…嘘も方便!?

2010-04-15 11:07:43 | 子どものこと
久々に戻ってきた。
気まぐれなのかもしれないが、またしばらく続けてみようと思う。

昨年私のブログ、特に別館の方にしょうもない雑音が地元の方から耳に入ってきて、聊か嫌気がさしていた。今日覗いてみると、未だにアクセス頂いてる様子なので…ちょっと書いてみようと思った。

ともあれ、

今日は先週土曜日の代休を取っている。

今週1週間、いろいろあった。

嬉しかったこと…新潟教室のRちゃん、ポーテージの進捗状況に加速度がついてきたこと。

大慌てしたこと…火曜日の朝。大阪のホテルにいた。6時40分ごろ長兄から電話が入った。定期券を落としたらしい・・・という。洋服のポケットかばんの中を捜しても見当たらないとのこと。ともかく普通運賃を払って学校へ行けと指示。

まいったなぁ半年間の通学定期を買ったのが1週間前。運賃が4万9千何某…実質使ったのが5日間なら1日当たり1万円ではないか。加えてパスモに上限ぎりぎりチャージして渡したからそちらが約2万円。教科書代が高いとグッチている場合ではない。

前の晩、クラブ活動だかで、帰宅したのが22時半ぐらい、駅からバスにのったという。駅からのバスは後払いなので、少なくともバス停までは持っていたことになる。バス停から自宅まで走ったというので、その間に落としたらしいということになった。朝方歩いてみたが見当たらなかったそうだ。

熟考…私は仕事柄、事務所には月に4日も顔を出せば多い方なので、定期券は使わない…もう25年来の習慣である。首都圏ではもっぱらSuicaを使用している。Suicaは記名登録しておくと、落としてもチャージした金額は保全される。だったら、記名式のパスモも同じではないのだろうか?と思い当った。長兄は浪人時代記名式のパスモを使用しており、それに定期券を追加したものを使用していた。

大阪からの帰り道。小田急の海老名駅で、落とし物として届いていないか尋ねた。届いていなかった。先の件を確認し、ついでに定期券はどうなるか駅員に尋ねた。何とデポジット500円+手数料500円の計1,000円で定期券も再発行できるという。…なんと言う進歩だ!!! 発達障害系の人には有難いとつくづく思った。…でも、このシステムを知らない人もいるんだろうな!?と思うとちょっと複雑な気持ちである。こうなってくると7,000円出して買ってやった専用のケース入れの方が惜しい気がする。

駅を後にし、駅前交番に行く。誰もいない。机の上にある電話を取って連絡するとパトロール中の巡査が一人戻ってきてくれた。遺失物の照会をするも届け出なし。一応遺失物の届けを出して帰宅。

息子はまだ帰っていなかった。洗濯に出されている衣類のポケットを調べるも定期は出てこない。30分ほどして長兄が帰宅。翌日の一限が休講だというので、明朝再発行の手続きに行こうと約束をした。

その後、書斎にこもって仕事をしていると、1時間ほどして息子がパス入れを持ってやってきた。机の上にあったという。私が上越から息子向けにファックスした書類の下に紛れていたそうだ。「ちょっと退かせば見つかるのに!」は、後から付いてくる話。さすが親子しょうもないところまでよく似ている。

さて、困った。警察に出した遺失物届を撤回しなければならないが、非常に恥ずかしい状況である。意を決して警察署に連絡を入れた。
「先ほどお届けした、届け出番号133の定期券ですが、ご近所の親切な方が拾って下さり、今しがた届けてくださいましたので・・・」
こういうのも、嘘も方便というのであろうか?・・・。
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一緒に育てて下さい。

2008-10-26 06:12:46 | 星槎大学

星槎大学のSNSで出合った学友の一人に「michi」さんというHNの方がいる。

発達障害系のお子さんを持つお母さんという立場の方であるが、6月からのお付き合いの中で、多くの私が良いと思った書籍をよく読まれているご様子といい、あるいはお子さんに対する確りとしたお考えといい、実に博識かつ誠実さを感じる方である。

熱心に書かれる彼女の日記に、必ずしもコメントを毎回寄せている訳ではないが、日記は毎回読ませて頂き、時として一人で涙をぬぐう事もある。余り家族には見せられない光景であるが、外出勝ちの私の生活が幸いしていると思える部分でもある。

昨日の日記に
「一緒に育ててください」
という一文があった。勝手にこちらに転記する訳に行かないので要約すると、

担任の先生は何時も一生懸命で、息子さんなりのがんばりを評価して下さるそうである。彼女が感謝するのは、対応できること、できないことがあったとしても、一緒に悩んで、一緒に考えてくれるという事実である。その先生は最初からそのような支えになる先生だったという訳ではなく、彼女自身は「息子のことを伝えても理解されないと感じていた。」そうである。

診断名を伝えた後でさえ、
「同じような子が他にもいますから、みんな同じですよ~。」
「それ以上は特別になってしまいますから…」
「同じ」という言葉を聞くたびに、
(みんな同じなら、なぜ息子にだけに診断名があるの?)
そんな卑屈な気持ちにさえなったともいう。

昨年4月から一年半かけて、先生は少しずつ、michiさんのお子さんを通して変わられていった。他人事の話しながら私にはその話が嬉しくてならない。

「一緒に育てよう」

学校生活の中でそんなこと簡単なことだろうと思えるけど、教師に中々そういう意識を持ってもらうのは難しい…そんな現実がある。

『他にも、そんな子、沢山いますよ。』
…そうかも知れないし、そう思うだけかも知れない。

私も何度も聞かされ、周りの親たちも聞かされ続けている定番の台詞。
繰り返されるこういった応えに接する度に、プロの教育者って何だろう?と思えてならない。

昨日、自閉症スペクトラム学会の講習会で、野村東助先生が仰っていた。
「自閉症の特性なんて、本当はたいした問題ではない。健常者に比べれば、確かに生活しにくいことはあるかも知れないが、それが致命的な問題であるのではなく、環境によって引き起こされる二次障害が問題を深刻化しているに過ぎない。だから難しいことは事実であるが、二次障害が起こらない環境を作ることが大切なのだ。」

言われてみれば、ごく当たり前のことである。例え言葉を持たない自閉症の子どもであったとしても、相応の支援が受けられるのであれば、生活を楽しむことだって出来る筈だ。

親は時として、自分では意識しないかもしれないが、子どもの様子にこの二次障害を予感するのかもしれない。だから不安になり相談する。すると繰り返される教員の言葉…
『他にも、そんな子、沢山いますよ。』

下手な慰めにも似たこの応えは、何等、建設的なものではない。
『面倒なこと言わないで下さいよ、お母さん。そんなこと私はどうでも良いんだから』
と私には聞こえてしまう。

michiさんの取り組みは昨年4月から19ヶ月。たった19ヶ月と思う向きもあるかもしれない。しかしその道のりは出口の見えないトンネルの中を手さぐりで進む長い道であったに違いない。一方で直ぐお正月が来て、春が来れば担任も変わってしまい…と思う面も無いわけではない。ヤスの場合には2年生から4年生まで、同じ先生が担任した。おかげで紆余曲折はあったが、その担任の先生も大きく成長してくださった。学校長が変わり、この変則的な人事を最大の問題と捉え、新たに選任される教師の資質については一顧だにされなかったことで、私は不登校も経験させて頂いた。勉強という視点では有難いことであったが…。

教師が変容して、特別支援の本質を理解してもらうことは重要である。子どもに学ぶ姿勢も大切だ。そういう視点から親という立場では、michiさんがされるような地道な積み重ねは大切だと思う。ただ、
「教育という場で、収入を得ているプロの教師を育てる義務を親が負っているわけではない。」
というケジメを、ハッキリさせておくことも、これまた大切ではないかと思える。

親と教師。対立する必要は全く無い。時として見られる教師が一段高いところから物言いする姿勢は連携とか、協業という視点からは言語道断である。私たちが願うことは、michiさんの日記文の締めくくり、この部分だけは原文で引用させて頂く。

私がY先生に求めていたのは、

結局いつも同じことだった気がします。



「息子が笑顔で生きていること、

それが私のただ一つの望みです。

でも、私一人ではそれがとても難しいのです。

どうか、一緒に育ててください。」
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10月…新学期!

2008-10-03 17:02:35 | 星槎大学
いつの間にか10月。

10月入学の私の星槎大学の暦は、新年度。10月から始まる。
農業年度と言うのがある、こちらも10月から始まる。
私の星槎大学生としての生活も、いわば農業みたいなものと心得ているので、意外とマッチしているなぁ…などとも思っている。

このブログを書き始めた一昨年の11月、星槎大学の4年生に編入学し、3年程度かけて4年生をしようと心に決めた。既に2年が過ぎたことになり、3年目の4年生生活が始まる訳である。この間履修した科目を挙げると

【共生科学基盤科目必修】
・共生科学概論(1)
・共生科学概論(2)

【共生科学専門科目選択A】
・臨床心理学
・学習障害概論
・特別支援教育Ⅰ

【共生科学専門科目教育1】
・教育学
・学社連携教育論
・教師論
・教育心理学
・心理学
・認知心理学
・教育相談(1)―教育相談と社会適応
・教育相談(2)―学校教育を巡る諸問題
・教育カウンセリング

【共生科学専門科目教育2】
・言語発達学
・応用行動分析学
・特別支援教育Ⅱ
・聴覚・言語障害児への支援
・発達障害概論
・発達障害と医療
・発達障害教育指導法(1) 
・発達障害教育指導法(2)
・発達障害指導法実習
・発達障害児の言語・コミュニケーション障害
・発達障害の判定とその教育的対応(1)
・発達障害の判定とその教育的対応(2)
・自閉症児・者の心理
・自閉症児・者への支援

【共生科学専門科目福祉】
・福祉NPO論

【共生科学総合研究科目】
・共生研究ゼミナール

【教職資格科目】
・特別活動の研究
・道徳教育の理論と実践
・生徒・進路指導研究

33教科、編入時の認定単位を含めて習得単位数166。もう卒業条件はクリアーしているが、後一年は現状で頑張る予定でいる。と言うことで、今日新年度の履修申告を提出した。なるべくセーブして教育カウンセラーとS.E.N.S.の資格どりに力を入れようと思っていたが、いざ科目選びをしてみると6教科22単位になってしまった。

申告した科目は;

【共生科学専門科目選択A】
・心理学の初歩

【共生科学専門科目教育2】
・基礎行動分析学

【共生科目専門科目国際関係】
・アジアの歴史と文化
・日本の防衛

【共生科学教養科目人文科学】
・共生コミュニケーション(2)

【共生科学総合研究科目】
・卒業論文

である。これに4月に追加申告をしてしまうかも知れない。今回の科目選択理由は、基本的には教官に興味を持ったことによる。新たな学習に楽しみを覚える。
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ヤッちゃんパパ奮戦記-別館を建設中

2008-09-03 11:45:27 | 星槎大学

こちらのブログを手抜きしている訳ではないが、大学のSNSには毎日日記を書いている。このブログに比べると、遥かに日記らしい感じもする。SNSの日記は私のPCに残らない…!

で、別館を建てて(いや立ててかな?この場合には)私の日記文を学外の方にもお見せしようと考えた。愚にもつかないことばかり書いてあると、思われる方も多いかも知れない。このブログは製本して残してある。今年6月末までの文で既に3冊。SNSの日記も残しておきたい…子ども達のためにも。それが、思い立った動機である。

今朝書き込んだ日記がちょうど、100日目。我ながらよく続いている。引っ越しをしようと思い立ったのが今朝7時ごろ。途中買い物やゴミ出しなど1時間半ぐらいは別のことをしていたので、賞味3時間で20日分の引っ越しが終わったところである。…ってことは、順調に行っても、後12時間は掛かる計算だ。ゲッ!

まあ、暇を見て1週間ぐらい掛けてやれば良いかと、思っている。

興味がある方は、左のブックマークから飛ぶことが出来る。
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芦別にて・・・そしてRDI翻訳の近況

2008-08-04 07:31:06 | RDI
4日前から、芦別に来ている。
星槎大学本校での3泊4日の「発達障害指導実習」。

昨日、ご協力を頂いているお子さんにお会いした。中学生のお嬢さん達(2名)である。その中のお一人を私も含め3名で担当する。

昨日は、カウンセリングで言うところのリレーション作り、DN-CASによるアセスメント。絵画と文字カードを使った非公式アセスメント。運動。数学の文字式に関する学習。入浴体験・・・こちらは男性である私は同行できないので、西永先生と学生のお一人が同行されたお子さんの3名で入浴。芦別温泉である。

生憎強い雨で、私の好きな露天風呂も余り落ち着けなかった。私たちが担当するSSちゃん。素直で真面目で実に良い子だ。ジャニーズ系の歌手?だかタレントだか?が好きなのだそうだが、こればかしは、50代の小父様にはかなり難しい世界であった。

運動は、バドミントン、ソフトバレー、ドッチボール、達磨さんが転んだを維持間ほどやった。汗だく。今朝起きると筋肉痛の予兆・・・歳を取ってくると分かる話であるが、筋肉痛は2~3日遅れてやってくる物である。まさか、「『達磨さんが転んだ』をやって筋肉痛になりました。」とも言えず困った状態になりそう。

今日は久々の晴れ間。強い雨で洗い流された緑が鮮やか。暑くなりそうではあるが、良い一日の予感がある。

さて、RDI。こちらで碓氷先生にお会いできたので、状況確認をした。すっかりお疲れの雰囲気が漂う中、新講座が増えたこともあり、お忙しいらしい。5月に訳本が出ていたはずではあるが、未だ見通しが立たない模様。RDI自体がVersion6.0で、クローズかされたことがご本人にとっては、かなりネガティブに作用している雰囲気でもあった。せっかくの良い内容だけに、速く形になったものが見たいものである。
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相鉄線で見た光景

2008-07-13 21:01:42 | 子どものこと

今日、上越から神奈川の家へ向かう途中で、相鉄線(正式には相模鉄道線、横浜と海老名を結ぶ小田急系列の私鉄である)の車内で、珍しい光景を見にした。

海老名駅の改札が前方一か所しかないので、私は通常は最前列の車両に乗ることが多い。運転席を通して前景を見るのは私も嫌いではないが、それを好む子ども達は多い。発達障害のお子さんと思える男の子にも多いので、結構観察していても楽しいものがある。

今日の情景はちょっと違った。2歳児程度の男の子。別に発達障害という感じではない。私同様に横浜駅で乗車、海老名駅まで、お祖母ちゃんと一緒の電車の旅である。写真でお分かりの様に、ちょっとしたブランコの様なものに、乗っかている。
どうもお祖父ちゃんの手作りの作品らしい。勿論電車の急発進、急停車の際は危ないであろうと簡単に予想がつく。お祖母ちゃんは、子どもの後ろに立ち、何時でも支えられるような体制で立っておられた。

微笑ましい光景なので写真を一枚撮らせて下さいとお願いした。お祖母ちゃんは良く映る様にちょと横へどいて下さった。そして「手作りなんです。」と一言。お子さんは大満足。お祖母ちゃんも自分で抱き上げ続ける訳ではないので、負担が少ない。お会いしたことのないお祖父さんの、家族に対する愛しみを感じた一コマであった。
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徒然なるままに

2008-06-27 16:44:56 | 星槎大学
(大阪城)

暫くぶりの書き込みである。星槎大学のHPの学生専用ページに6月1日から、教職員と学生のSNS(Social Net-work Service)が開設された。6月3日から連日そちらの日記は書き込んでいる。三日坊主癖であるにもかかわらず、今のところ毎日続いているところが、自分でも不思議だ。そちらでは、カテゴリーは「療育」と「徒然なるままに」の二つか設定しておらず、もっぱら後者である。

SNSの良いところは、雲の上の人のように思えていた、山口学長と教育問題を離れて、社会世相みたいな話題を気軽にやり取りできたり、通信教育ながら他の学生と友達づきあいができたりする点でもある。昨日山口学長の日記に対するコメントとして、P.E.ドラッガーの「ポスト資本主義」という本の内容を引用した。1993年の著作であるが、実際にはそれ以前にダイヤモンド・ハーバードビジネス・レビュー誌に連載されていた内容であるので17,8年前の著作であるが、当時ドラッガーは10年後には資本主義が知識社会へと変貌する中で学校という組織が高等教育を既に受けた人のための機関にも変わることを予見していた。星槎大学は正にそのような大学であると思える。

このブログのコメント数はさして伸びないのだが、SNSの私のマイページに当ブログをリンクしているためか、閲覧者数は6月に入って倍増した。有難いことである。

一方、アクセス解析を見ると、このブログに行き当たった検索内容が、相変わらず「ヤッちゃんパパ」のみならず「ナンシーコーンの受容段階説」や、「本人告知」、「ポーテージ」、「インクルージョン教育」、「横浜発達クリニック」といったキーワードが多く、その数も増えているので、あながちSNSの影響だけではないのかも知れない。

さて、明日から二日間、星槎大学を通して取得した自閉症スペクトラム・サポーターの資格を、自閉症スペクトラム支援士の資格にアップグレードするための講習会と修了試験を神戸で受けるために、今、大阪に来ている。これが終了すれば、9月に東北大学で行われる自閉症スペクトラム学会に2日間出席することで、要件は全て満たすことになる。但し、その後の資格審査会が来年4月だと思うので、実際の資格取得はかなり先になる見込み。初級教育カウンセラーの試験が12月なので、そちらの方が先になりそうである。

今日の大阪はうす曇。気温の表示は見落としたが、新大阪駅の御堂筋線ホームのスポットクーラーを心地よく感じた。未だ大阪独特の照り返しによる暑さを感じないところが、救いである。今日は17時半に顧客の社長と難波で待ち合わせ。ぼちぼち出かける支度をしよう。
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ヤッちゃんに対する本人告知

2008-06-21 16:20:53 | 子どものこと
(岩田先生からのお手紙)

昨日、ヤッちゃんに正式な本人告知をするために富山まで出かけた。


ヤッちゃんは、自分が自閉症であることは、既に知っている。

周りに自閉症のお友達がいることも知っている。

時には

「○○ちゃんは、僕よりも大変だから、僕が助けてあげなければいけない。」

重度のお友達に気を使っていることの片鱗を見せたりする。



ただ、自閉症が「どんなものなのか」ということは、よく分からない。

HFA。あえてASPと区別する必要も今はない。

3年生の時、家族のもとを離れて新潟の精神医療センターに入院し、柏崎養護学校の「のぎく分校」へ半年ぐらい通った。自閉症だから…と分かっている。

でも、自閉症が「どんなものなのか」ということは、よく分からない。


そこに一つ、彼が乗り越えなければならない山がある。少し早いかもしれないが、その山を医療と協力して乗り越えようと決心した。それで、この日の運びになった。

これから一緒に、自閉症を学び、自分の特性を理解し、前向きに生きていけるようにしてあげなければならない。岩田先生は、このお手紙を示しながら、丁寧に言葉を選び、ヤスに彼の特徴を説明して下さった。ヤスは分りましたと答えていた。

これからは、絆を更に強く持ち、一緒に歩んでいこう。決意を新たにした。
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スクーリング再び

2008-06-16 04:22:47 | 星槎大学
(横浜情報センター。前の道が狭く、私のハンディーカメラでは全体が写らない)

5か月ぶりにスクーリングに行って来た。転居した横浜情報センターも初めてである。横浜線の十日市場駅から徒歩で10分程度である。谷越えで駅から長い下り坂を降り、また登る。直線距離では半分ぐらいと思えるが、谷に川が流れていて橋がないため、大きく迂回しなければならない。横浜は坂道の多いところだというのを改めて実感した。

大学では6月初めからSNS(Social Net-work Serviceだったか、Systemだったか)を開始しされた。友達が沢山出来たが、メール、日記、問い合わせなどが多くに返信を入れているとアクセス数が急激に伸び、連日最多記録を出している。こちらとしてはいちいち切っては再アクセスしているのではないのが、対応ごとにマイページに戻ると自動カウントされてしまうらしい。顔写真を公開しているので、初めてお会いする方でも、先方がこちらをご存じで、声をかけられたり、新しい友達との出会いがあったり、結構面白い。

今回は跡部敏之先生の「聴覚・言語障害児の支援」。新カリキュラムで講座名が微妙に変化している。内容的には既に知っている知識が多かったが、切り口が異なるので、それなりに楽しい講義であった。

1日目の講義終了の後、小中陽太郎先生の講座の履修生と、天野先生の講座の履修生と合同で、急遽懇親会。小中先生の講座はまだ一度も取っていないが、初対面の時には非常勤講師と間違われたり、何回か顔を合わせるうちに、結構お話するようになった。天野先生の講座は今回11名が履修登録してあったにも拘わらず、出席が2名とかなり異常な事態だった。名簿を見ると欠席者に知った名前もあるので、ちょっとばかり心配している。

2日目も終わり、帰り際に跡部先生からご丁寧なご挨拶を頂き、恐縮した。

後レポート2本、スクーリング2本、科目修得試験3本…。今年度も終わりが近い。
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ちょっと嬉しかったこと

2008-06-13 12:03:33 | 子どものこと
(水泳教室)

ヤスが一人で登校できるようになって10日ほど経過した。完璧な不登校状態から4か月。どうやら正常な状態に戻ってきた。小林晃一先生の「教育相談と社会適応」の実習版みたいな経験であったが、やっと一安心できそうである。小林先生に感謝。

一昨日リージョンプラザで一足早い水泳教室が授業の一環としてあった。3月にアイススケート教室のリンクであった所が今は50mプールになっている。

ヤスには1年の時から週2~3回の水泳教室に通わせている。「怖がらずに水面に顔を漬けることが出来る。」から始まって「ビート板を持って5mバタ足で進むことが出来る」等々、実に肌理細やかなスモールステップから成るプログラムであり、指導方法も、民間の教室ながら障害児向けかと思うほど良く構造化されており、節目ごとに効果的な強化子も提供される。

丸5年間のこの教室で、ヤスは平泳ぎ、クロール、背泳、バタフライ、個人メドレーの各泳ぎの7級から1級までこなしてきた。水泳は基本的には個人技であり、このプログラムはマイペースでこなしていける。しかもきちんと構造化されているので、正にヤスにとって打って付けであった。

当日ヤスは社会体験も含め、路線バスで現地へ向かった。当日はその後通級教室があるので、家人も車で同行した。家人によると、ヤスはいきなり50mを途中で休むことなく、バタフライで泳ぎ切った。しかもそのフォームに無駄がなく、とっても奇麗であったそうだ。

たちまちヤスは注目の的になった。
「ねえ、ねえ、ヤッちゃん、バタフライってどうやるの?」と問われても、
体で覚えている彼には、上手く説明できない。でも、とっても嬉しそうであったそうだ。意味が良く分からないが、特別支援学級の担任も、
「やっぱヤス○○さんは、普通の子(障害児の意味らしい)とは違うわ!」
と曰ったとか。

何れにしても、褒められることは嬉しいものである。ヤスにとっては登校のための良い社会的強化子を頂戴したと思う。

その話を電話で聞いて、私も嬉しかった。
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