いつもは店の裏のストックルームやレストルームで人目につかないように働いているが、今夜のカルテットが昔、タンバリン族の住む街で暮らしていたと聞き、演奏が終わりお客が帰りはじめてからソーダ水を飲みながら店の表の路面の椅子に座っていた。
ゆっくり暮れる初夏の夜風が吹く。
カルテットの演奏が終わり、二人の隣で男の子を連れた母親たちが遅い食事をしていた。
二人のタンバリン族はベースマンに言われて思い出せる故郷の歌を口ずさむ
子どもの頃に歌ったきりでほとんど歌詞が出てこなかった
ベースマンは息漏れのような旋律を聞き取ろうと何度も促しては
「やあ!それは遊びの歌だろ?道に石を置いて転がす遊び」
「別れの詩だね、子どもが死んでしまった時の別れの詩」
聞き取っては掌でケースを叩きリズムを取りながら自分の記憶を辿って覚えている歌詞と旋律で歌う
すると、それを聞いた二人にすっかり忘れて消えていた筈の記憶が蘇ってきた。
二人は早口言葉のような、テープロールを早送りするような音の会話を交わし始めた
どちらかがいずれ亡くなり話す相手が居なくなると世界から消える言葉の歌
ベースマンはそれを知ってか根気よく二人に歌詞を教えるのだがそれはベースマンの世界の言葉二人はその歌詞をまたタンバリン族の言葉に置き換えて歌う
微笑みの表情を最初より少し笑顔した二人はベースマンに「さあ次は何を歌うのか」と促す
男の子二人は今夜だけのスペシャルパフェを食べ終えて路面店の横の空き地をぐるぐる走りまわっている
ピックアップトラックを出してそろそろ帰りたいのだが少しアルコールの入った母親たちはもう少し酔いを醒ますかどうか迷っていた
片づけ終わったドラムを車に積みはじめていた女がベースマンに声を掛けたのをきっかけに、二人のタンバリン族はさっき思い出したばかりの歌を歌いながら、空き地の前の歩道で生まれて初めて遊ぶタンバリン族の男の子の遊びを飽きることなく続けた
早口言葉のような歌はどんどん速くなり、ぐるぐる回っていた二人は風に溶け込んで灰色の霞になり走り回る空き地の男の子たちの影のようにしばらく回っていたが、少ししたらもう消えて見えなくなっていた
ようやく酔いが醒めた母親たちが息子の名前を呼んでいる声がブロック塀の路地の奥でこだまして目が覚めた
追い焚きの湯船に浸かりながら湯船を磨いて換気して朝が始まった
三月の最後の朝