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金星周回軌道投入に挑んだ24時間 ~第3部~

2010-12-27 01:30:57 | あかつき関連
12月7日、日本の金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入は失敗に終わりました。
第2部で解説したように、噴射開始から152秒後に起きた急激な姿勢の傾きにより、OMEの噴射が中断されたため、減速が不十分で周回軌道に乗れなかったと考えられます。突然の姿勢の異常は何故起こったのか、第3部ではさらに掘り下げて分析していきます。


1. 失敗原因解明の手法について

JAXAでは、FTA解析と呼ばれる方法で原因の究明を進めています。これは、ある事象を頂上事象と定義して、その事象の直接の原因となりうる事象を全てあげ、さらにそれぞれの事象の原因となりうる事象を全てあげ、というように原因となりうる事象を漏れなく洗い出す方法です。これによって、まず可能性のあるものを全て出して、その後それぞれの項目について検証していくことができます。
今回の場合、姿勢異常検知による燃焼中止が、頂上事象とされました。いわば原因分析のスタート地点です。
一方で、この方法だけでは不十分です。燃料タンクの圧力の異常や噴射開始時からの加速度低下等、その他の異常を説明できない可能性があるからです。勿論、姿勢異常検知の原因を探る中で、これらの異常との関連がみえてくる可能性もあります。


2. 姿勢異常検知の原因はOME噴射方向の異常

姿勢異常検知の原因としては、どのような事象が考えられるのでしょうか。一つは姿勢軌道制御系自体に異常が起きた場合、もう一つは実際に姿勢が異常になった場合です。前者の場合、姿勢センサが誤って異常を示した場合、ハードウェアに異常が生じた場合、制御演算に異常が生じた場合が考えられます。しかし、まず姿勢センサは3重冗長構成となっていて、複数のセンサが同時に誤作動を起こすとは考えにくいとされました。また、ハードウェアの異常や制御演算の異常も確認されません。したがって、姿勢軌道制御系自体は正常に機能しており、実際に機体の姿勢が崩れたのだと考えられます。
姿勢が崩れる原因として、外部からの力と、内部の異常が考えられます。外部からの力とは、隕石等の衝突が考えられますが、そのような衝突が起こる確率は極めて低く、現時点では考えなくてよいと思われます。一方、姿勢の乱れを引き起こす内部の異常には、軌道制御中に姿勢を制御する姿勢制御スラスタ(RCS)の異常、何らかの流体の噴出、軌道制御エンジン(OME)の異常の3つが挙げられます。このうち、RCSは軌道修正前後に正常に機能していて異常が見当たらないことから除外されます。また、噴射前後の圧力変化と、加速度から推定した値が整合することから、大きな流体漏れはなかったと考えられます。これらより、姿勢の乱れが生じた原因はOMEの異常であろうと考えられます。
本来OMEは-Z軸方向に噴射するため、+Z方向に加速度が生じます。ただし、わずかな姿勢の変化は起こるため、RCSで姿勢を維持しながら噴射を続けます。X軸周りに大きく傾いたことは、OMEに本来の噴射方向とは異なる方向への不整なトルクが生じたことを意味しています。公開された角速度データから、OME噴射152秒後に起こった回転運動の回転軸のおおよその方向を計算してみたのが、下の図の黄色の線です。軸に対して回転方向は右ねじの方向ですから、OMEにかかった不整トルクの方向はおおよそ水色矢印の方向ということになります。

OMEのエンジン取付部が変形するほどの力は加わっていないことから、OMEの噴射方向が何らかの原因で-Z軸方向からずれたことによって、不整トルクが発生したのではないかと考えられます。上の図のピンクの矢印の方向に噴射が傾いたことによって水色矢印の方向に不整トルクが発生したということになります。


3. OME噴射方向の異常の原因候補

以上より、OME噴射方向の異常により不整なトルクが発生し、機体が回転運動をして姿勢が崩れ、それが許容範囲を超えたため姿勢維持モードに切り替わった結果、OME噴射が中断され、結果的にOME噴射を正常に完遂できずに軌道投入に失敗した、と考えられました。ここからはOME噴射方向の異常とは、具体的にどのような現象が起こったのか、現時点で考えうる可能性を①燃焼ガス流路変形、②燃焼ガス剥離、③非軸対称燃焼、の3つに分けて解説します。
①燃焼ガス流路変形:流路が変形すれば、当然噴射方向も変化すると考えられます。OMEの構造を下に示します。燃料と酸化剤がインジェクタから燃焼室に噴射されると、ここで両者が混和して燃焼が起こり、燃焼ガスはスロートを通ってノズルスカートへと流れていきます。今回、不整トルクが発生した時点よりも後の、OME噴射開始155.5秒後から158秒後にかけては一定の加速度が得られており、推力係数は1.3であったことから、燃焼室には破損はないと考えられます。流路の変形があるとすればノズル・スロートの破損が考えられます。設計や製造における強度不足の可能性はなく、強度を低下させるような大きな外力もなかったことから、過大な熱応力によって破損を生じた可能性が考えられます。インジェクタや推薬弁では強度を低下させるような温度異常は認められず、外部からの熱は考えにくいため、燃焼における熱流束が過大となった可能性と、フィルムクーリングによる冷却不足の可能性の2つが残ります。フィルムクーリングとは、燃料をそのまま噴射することによって燃焼器内面を冷却する装置のことです。噴射する燃料が不足していたり、噴射する方向が異常だったりすることによりフィルムクーリングが不良になった部位に、過大な熱応力がかかった可能性が考えられるわけです。

②燃焼ガス剥離:これには、燃焼室の外で燃焼が起こる後燃えという現象が起こった可能性や、ノズル内面に異常が生じた可能性が考えられますが、テストマヌーバで正常だったことから、ノズル内面の異常の可能性は低いと考えられます。一方、何らかの原因でスロート後方で後燃えを生じ、不整なトルクが発生した可能性は残ります。
③非軸対称燃焼:燃焼室内での燃焼が場所によって不均一になり、それが原因で不整なトルクが発生するという可能性です。テストマヌーバで正常だったことから、燃焼室内面には異常はないようです。不安定燃焼と、インジェクタ噴射方向異常が可能性として残ります。
以上より、原因候補として以下の5つが残りました。
A. 過大な熱流束によるノズル・スロートの破損
B. フィルムクーリングの不良(燃料不足もしくは噴射方向異常)によるノズル・スロートの破損
C. スロート後方での後燃え
D. 不安定燃焼
E. インジェクタ噴射方向異常


4. 浮かび上がる逆止弁CV-Fの閉塞の可能性

上の候補のうち、ノズル・スロート破損の原因となりうる事象についてさらにFTA解析が進められています。
まず、過大熱流束の原因についてですが、推薬の総量が多すぎた場合と、燃料に対して酸化剤の比率が多くなって燃焼条件がより高温になった場合とが考えられます。この場合、過大な推力は見られなかったこと(むしろ加速度は低下)から、推薬が多すぎた可能性や、酸化剤が多すぎた可能性は否定されます。残る可能性は、燃料が少ないために、酸化剤の比率が高くなった可能性です。燃料の供給不足は、同じ燃料を噴射するフィルムクーリングの不良の原因ともなりえます。
ここで、下の図をみて下さい。これはOME及びRCSに推薬を供給するための配管構造を表したものです。燃料と酸化剤は、それぞれ燃料タンクと酸化剤タンクに貯蔵されています。これらのタンクの上流には高圧ヘリウムガスを用いた加圧機構があり、タンクの圧力を維持・調節しています。燃料タンクと酸化剤タンクは共通の加圧機構によって加圧されているわけです。P1~4はテレメトリデータで確認できる圧力データで、P1は高圧ガスタンクの圧力、P2は調圧圧力、P3は燃料タンク圧力、P4は酸化剤タンク圧力を表しています。既に第2部で説明したように、P3に異常が見られましたが、その他のP1・P2・P4は全て正常でした。このことから、少なくとも青で示した範囲の圧力は正常であったと考えられます。燃料の供給量が不足していたとすれば、燃料タンク圧力P3が異常を示したことと関連しているかもしれません。

燃料液系統の圧損過大や、燃料漏れはデータから否定的であり、燃料タンクの加圧が不足していた、つまり図でいうとP3よりも上流の異常が考えられます。先に示した青の範囲は正常と考えられるため、残る部位は、逆止弁CV-F、燃料タンク内、それらをつなぐ配管の3つであり、これらのうち何れかが閉塞を来し、正常な加圧が行われなかったと考えられるのです。燃料の残量を考えると、排出口を閉塞する位置にダイヤフラムが移動するはずはありません。また、打ち上げ前の水流し試験で配管閉塞はなく、凍結に至る温度低下もこれまでありませんでした。よって残る可能性は逆止弁CV-Fにおける閉塞です。


5. 逆止弁CV-Fで他の異常も説明可能か?

ノズル・スロート破損の原因として逆止弁CV-Fの閉塞の可能性が浮上しました。その他、フィルムクーリング噴射方向の異常やスロート後方後燃え、不安定燃焼、インジェクタ噴射方向異常の可能性ものこされており、詳細な分析はまだですが、逆止弁CV-F閉塞による燃料供給量の不足はこれらの事象の背景となる可能性が十分に考えられると思います。
また、CV-Fの閉塞がOME噴射開始時に既に起こっていたとすれば、燃料タンクの加圧が不良となり、燃料タンクの圧力が徐々に低下したことも説明できるかもしれません。
燃料と酸化剤の混合比の変化によってOMEの出力が変化する可能性もあります。だとすれば、噴射開始から徐々に加速度が低下した原因とも考えられるのです。
ただしこれらは私の想像にすぎません。過大熱流束以外の事象についても更なる解析が必要ですし、これらとは別に、燃料タンク圧力の低下の原因分析が必要です。


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