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金星周回軌道投入に挑んだ24時間 ~第2部~

2010-12-26 23:48:37 | あかつき関連
12月7日、日本の金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入は失敗に終わりました。
第2部では探査機のデータから読み取れる異常とその解釈、そして軌道投入失敗の原因についての調査の進捗状況を解説します。


1. 噴射開始時から152秒後までの異常

軌道制御モードへの移行までは特に異常はなかったようです。ところが、8:48:00に軌道制御エンジン(OME)の噴射が始まると、異常が現れます。
ここでエンジンの仕組みを簡単に説明しましょう。エンジンの燃焼は燃料と酸化剤を混ぜて燃焼します。燃料と酸化剤はそれぞれ別のタンクに蓄えられており、バルブが開くとインジェクタから噴射されて、燃焼室内で燃焼が起こり、燃焼ガスがスロートを通ってノズルから排出されていきます。燃料や酸化剤のタンクの後ろには配管を介して高圧ガスタンクがあり、ここからの圧力を利用して調圧弁で燃料や酸化剤のタンクに圧力をかけて、噴射を行います。
話をもとに戻します。OMEの燃焼が始まると同時に、燃料タンクの圧力が1.47MPaから0.95MPaへと少しずつ低下し始めました。本来は調圧弁によって圧力は一定に保たれているはずです。一方同じ加圧機構で圧力を維持している酸化剤タンクの圧力は一定でした。
これと同時に機体の加速度も徐々に低下していき、噴射開始時0.91m/s2でしたが、やがて0.82m/s2まで低下しました。同じ出力で噴射している場合、本来は燃料や酸化剤の消費分だけ機体が軽くなっていくので、加速度は徐々に増加するのが正常です。分かりやすく言えば、同じ力で物を動かす場合、軽い物の方が重い物よりは速く動かすことができます。数式で表すと、力=質量×加速度、となります。したがって、加速度が低下するということは、機体の質量は減ることはあっても増えることはありませんので、エンジンの出力が低下していることを意味しています。


2. 噴射開始後152秒後から155.5秒後の異常

OME噴射開始から152秒後、「あかつき」にとって最も急激で最も大きな異常が発生します。
ここで、機体の座標軸について説明します。機体の姿勢を表すために直交するX軸、Y軸、Z軸が定義されています。OMEエンジンの方向が-Z軸方向なので、OMEエンジンを噴射して加速する方向がZ軸方向となります。高利得アンテナ(LGA)はZ軸方向を向いています。±Y軸方向には太陽電池パドルがのびており、Y軸方向には中利得アンテナ(MGA)もついています。そして±X軸方向には低利得アンテナ(LGA)が伸びています。
まず加速度が急激に低下しました。そしてわずか0.5秒間で加速度は0.82m/s2から0.52m/s2まで一気に低下しました。その後155.5秒後にかけてゆっくりと加速度は増加していきます。
さらに機体も大きく傾きます。それまで姿勢制御スラスタによって姿勢は安定していましたが、152秒後から急に回転を始めました。X軸を中心に最大角加速度5度/s2で回転し、角速度は155.5秒後に最大11度/sに達しました。Y軸を中心とした回転はそれよりは小さいですが、やはり155.5秒後に最大角速度2度に達しました。この間、Z軸周りにもわずかに回転が生じました。これは回転運動を3軸成分に分解して表したものですが、これをもう少し分かりやすく解釈してみましょう。X軸中心の回転が最も大きいので、回転軸はX軸付近と想像ができますが、計算してみると回転軸はX軸からY軸方向に向かって約9.5度、さらにX-Y平面からZ軸方向に向かって約3度傾いた軸ということになります。角速度は155.5秒後に最大に達し、約12度/sと計算されます。


3. 155.5秒後から噴射停止までの異常

噴射開始152秒後に起こった急激な機体の回転と加速度の低下は、155.5秒後を境に徐々に回復していきます。
「あかつき」は姿勢制御スラスタによって姿勢を立て直そうとします。これによってX軸、Y軸ともに角速度は155.5秒後を境に減少に転じます(つまり回転が減速していきます)。減速を始めたとは言え、X軸を中心とする回転運動は続き、152秒後から158秒後までの6秒間に42度回転しました。一方、Y軸を中心とする回転は156.5秒後に停止し、この時点で152秒からの4.5秒間で5度傾き、その後逆回転を始めます。
加速度は155.5秒後以降、ほぼ0.6~0.62m/s2で安定しました。
これらのデータから、155.5秒後以降は、加速度も安定(つまりエンジン出力も安定)し、姿勢も姿勢制御スラスタによって立て直されつつあったように思われます。
しかし158秒後、軌道制御モードから姿勢維持モードへと切り替えが行われました。これにより燃料や酸化剤のバルブは閉鎖され、OMEの燃焼は中止、姿勢制御も燃料を使う姿勢制御スラスタによる制御からリアクションホイールによる制御へと切り替わったと思われます。本来、金星周回軌道に乗るためには、720秒間(12分間)のOME噴射による減速が必要でしたが、この時点で噴射が中止されたため、噴射時間は158秒間(2分38秒間)と大幅に少なくなってしまいました。その結果、減速が不十分となり、「あかつき」は金星のそばを通り過ぎてしまったのです。


4. 噴射停止後の異常

噴射が停止すると、酸化剤タンクの圧力はステップ状に上昇していき、210秒後にはプラトーに達しました。バルブが閉鎖された場合、この圧力の変化は正常と考えられます。ところが燃料タンクの圧力の上昇は非常にゆっくりで、158後の0.95MPaから、2000秒後に1.28MPa、6781秒後に1.36MPaで、9660秒後(2時間41分後)に調圧圧力が低下して、ようやく燃料タンク圧力と同じ値に収斂しました。
噴射開始375秒後、制御モードは姿勢維持モードからセーフホールドモードへ切り替えられます。
その後のテレメトリデータには明らかな異常は見つかっていません。太陽電池発生電力、電池電圧、各機器消費電力、各機器温度、リアクションホイール回転数等、すべて正常です。異常を示した姿勢系、推進系も正常値に戻り、現在まで異常は見られません。


5. 異常データのまとめ

ここまで時系列でみてきましたが、「あかつき」の異常をもう一度整理しておきます。
まず、最大の異常は152秒後に突然加速度が低下し、姿勢が大きく傾いたことです。しかし、155.5秒後以降は加速度が安定し、傾いた姿勢も立て直されつつありました。それにも関わらずエンジンの燃焼が中断されたのは、軌道制御モードから姿勢維持モードに切り替えられたからと考えられます。そしてこの切り替えは、恐らく機体が基準を超えて大きく傾いたためだと考えられます。切り替えが起こる条件は、X軸周り1.5度/s2以上、Y軸周り1.7度/s2以上、Z軸周り0.9度/s2以上の制御トルクが5秒間以上続くことであり、この条件を満たしたために噴射を停止したのではないかと考えられます。
また、燃料タンク圧力の異常も認められました。一つはOME噴射開始直後から徐々に低下していったこと、もう一つはOME噴射停止後の圧力の回復に時間がかかったことです。


6. 周回軌道投入失敗の直接の原因は?

先に説明したように、金星周回軌道に乗せるには、「あかつき」を減速させる必要がありました。減速せずに通過すると双曲線軌道を描いて金星の重力圏を離脱してしまいます。そこで金星最接近の際に減速し、金星の重力圏を離脱しない程度まで速度を落とさなければならないわけです。
通信回復後に決定された軌道は、近日点距離約9000万㎞、遠日点距離約11000万㎞、公転周期約203日というものでした。金星の重力圏を離脱し、再び太陽の周りを公転する軌道に入ったわけです。
加速度のデータは、姿勢維持モードやセーフホールドモードでは記録されないため、OME噴射開始から158秒後に姿勢維持モードに切り替わって以降の加速度データは残っていません。しかし、OME噴射を行った軌道制御モードの期間における加速度の積分値(つまり、この期間における速度の変化分)が133m/s、決定された新しい軌道から計算される加速度の積分値が135m/sであり、両者はほぼ一致しています。このことはOME噴射中以外には、大きな加速度が生じていないことを示しています。すなわち、軌道投入に失敗した直接の原因は、OMEによる減速が足りなかったことだと言えます。
OME噴射による減速が足りなかった原因として考えられるのは、加速度が足りなかったことと、噴射時間が短かったことです。確かにOME噴射による加速度は、噴射開始時から徐々に低下し、152秒後に急激に低下しました。しかしそれよりも、本来720秒間続くはずだった噴射が158秒間で中断されたことこそ、結果として減速が足りなかった最大の原因と考えられます。
そして先に説明したように、噴射が中断されたのは、軌道制御モードから姿勢維持モードに切り替えられたからであり、その原因は恐らく姿勢が基準を超えて大きく傾いたためだと考えられます。事実、OME噴射開始155.5秒後から158秒後までの間は加速度は一定に保たれており、推進系自体はその後も燃焼を続けることができるはずだったと考えられます。軌道投入失敗の直接の原因は、152秒後に始まった姿勢系の異常によるOME燃焼の中断だと結論付けてよいでしょう。
それでは姿勢系の突然の異常の原因は何でしょうか?現在その原因調査が進められており、それについては第3部で解説していきます。
それとともに、他の異常との関連性についてもよく分かっていません。姿勢系の異常と同時に起こった加速度の低下は何を意味するのでしょうか?また、姿勢系の異常と燃料タンク圧力の異常との間には、何か関連があるのでしょうか?そうしたことも、失敗の原因と何らかの関連があるかもしれません。それら他のデータ異常との関連についても第3部で詳しく見ていくことにします。


尚、当初3部構成のつもりでしたが、長くなったので、4部構成としたいと思います。


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