49日。
もうそんなに経ったか…
耳鳴りに慣れる耳に早くなりたいと思っているが、耳に関してはまだまだ月日が掛かりそうで、時の遅さや一日の長さに
じりじりすることがある。
なのに
お義母さんが亡くなったことから49日間が過ぎたなんて、と思ってしまうのは不思議な感じがある。
家族皆で茨城に行ってきた。
お経をあげるお坊さんの声と木魚が、告別式の時は耳に響きすぎて、耳栓したくなった。
でも、
今回49日の法要では、耳栓をしない日々がほとんどになっている昨今だからか、慣れたのかそんなに響いて辛いとは感じなかった。
お経の文言が分からないので、解るともっと感慨深いのだろうと思いながら、拝聴していた。
お義父さんの17回忌も一緒だった。
そうか、そんなに経ったか…
私がお義父さんお義母さんと関わった日々を
思い出して、
ああ、これからはそういう思い出に浸ることで
逆にお二人を身近に感じられるようだと、
気付かされた。
家族が5人全員揃うことも年に何回かになってきているが、親族に会うのもこういう特別なことがない限りはなくなった。
それもなんだか寂しい。
帰ってきて、押し入れを整理したら、写真が出てきた。
生前の頃のお義父さんやお義母さんと一緒に、お墓参りを皆でしている写真…
何故だろう?
引き寄せられたようだ。
この写真…
もう二度とこういうことが出来ないんだぞと突き出され、
胸にズンときた。
特別なことがなくとも、毎日が特別なのかもしれない。
毎日が一期一会。
もうそんなに経ったか…
耳鳴りに慣れる耳に早くなりたいと思っているが、耳に関してはまだまだ月日が掛かりそうで、時の遅さや一日の長さに
じりじりすることがある。
なのに
お義母さんが亡くなったことから49日間が過ぎたなんて、と思ってしまうのは不思議な感じがある。
家族皆で茨城に行ってきた。
お経をあげるお坊さんの声と木魚が、告別式の時は耳に響きすぎて、耳栓したくなった。
でも、
今回49日の法要では、耳栓をしない日々がほとんどになっている昨今だからか、慣れたのかそんなに響いて辛いとは感じなかった。
お経の文言が分からないので、解るともっと感慨深いのだろうと思いながら、拝聴していた。
お義父さんの17回忌も一緒だった。
そうか、そんなに経ったか…
私がお義父さんお義母さんと関わった日々を
思い出して、
ああ、これからはそういう思い出に浸ることで
逆にお二人を身近に感じられるようだと、
気付かされた。
家族が5人全員揃うことも年に何回かになってきているが、親族に会うのもこういう特別なことがない限りはなくなった。
それもなんだか寂しい。
帰ってきて、押し入れを整理したら、写真が出てきた。
生前の頃のお義父さんやお義母さんと一緒に、お墓参りを皆でしている写真…
何故だろう?
引き寄せられたようだ。
この写真…
もう二度とこういうことが出来ないんだぞと突き出され、
胸にズンときた。
特別なことがなくとも、毎日が特別なのかもしれない。
毎日が一期一会。