「私の従軍記」 子供たちへ

平成元年父の誕生日に贈ってくれた本、応召されて帰還するまでの4年間の従軍記を今感謝を込めてブログに載せてみたいと思います

タケゴン 4

2006-07-09 10:43:38 | Weblog
 ここに移ってから、フェーティング(どうも、デリンジャー現象のことのようですが)とに悩まされた。交信していると、次第に電波が弱くなって、終いには全然聞こえなくなる。ボリュームを上げてみても駄目。そしてある時間が経つと、次第にはっきり聞こえるようになってくる。これがフェーティングで天界の現象で、どうにも仕様がなかった。
 雷にも弱った。受信の最中にガリガリッとやられると、通常4,5字は飛んでしまうので、またサラ(再送信)を頼む訳にもいかぬときには、暗号の前後の文章を勘案、翻訳して繋いでいったものだ。軽い連絡文ならこれでもよかったが、重要交信の時は弱った。
 通信所には電気がきていなかったので、2,3日はローソクと椰子油を燃やして明かり取りしていたが、工兵隊のはからいで50メートル位、電線を張って電灯をつけてくれた。
 ここのは石油エンジンによる発電だったので、夕方から発動機をドスン、ドスンと回して、12時頃まで送電していた。一度見に行ったら、大きな横型のエンジンが据わっていた。
 エンジンの調子が悪いと、電灯がフワー、フワーと明るくなったり、暗くなったりしたが、総じて電圧が低く、赤味をおびた光であった。後で、マッチが足りなくなった時、
 「中西、お前、電気から何とかしろ」と古参兵から言われて、中西一等兵は、細い針金を捜して来て、ヒーターみたいなのを作った。電灯線につなぐと、3,4秒経つと赤くなってきて、結構、煙草の火は着いた。
 しかし、間もなく工兵隊から、「どこか電気を無駄使いしているところがある。」と注意されて、「さてはバレたか」と使うのを止めた。

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