国連の事務総長が退任する直前には、歴史的な国際紛争が解決に向かって一気に加速するという興味深い現象が見られることがあります。これは、おそらく退任する事務総長が、自身の功績を具体的な形にして残したいとか、次期事務総長にスムーズな引継ぎをしたいとか、様々な動機が絡んでいることが考えられますが、大国間の駆け引きが絡んでいる側面もあり、本当のところはよく分かりません。
かつて、ペレス・デ・クエヤル事務総長(1982‐91年)は、退任直前の91年の暮れに、長年続いていたカンボジア、エルサルバドルの内戦を終結させる和平合意を次々と個別に取り付けて、次のブトロス・ブトロス=ガリ事務総長(1992‐96年)に引き継いだことがありました。あいにく、ブトロス=ガリ氏は、ボスニア紛争の収拾方法をめぐってアメリカと対立状態に陥り、五年一期だけで退任に追い込まれたので、このような地域紛争の和平工作にじっくり腰を据えて取り組む間もなく、現在のコフィー・アナン事務総長(1997‐2006年)に急ぎ引き継いだ経緯があります。
アナン事務総長の場合、紛争解決分野の大きな案件としては、これまでダルフール紛争、コソボ紛争、東ティモール和平などに特に力を傾注してきた観がありますが、このうちダルフール問題については次期持ち越し、東ティモール問題はほぼ決着、コソボ紛争については大方決着する見込みでしたが、独立問題に関する協議がセルビアの国内問題の事情で来年以降にずれ込んだため、次期持ち越しとなりました。そして、これらのほかに、アナン氏が継続的に力を入れてきた問題の一つに、ミャンマー問題があります。
ミャンマー問題は、1988年に社会主義政権を倒す形で軍事独裁政権が樹立され、90年に民主的な総選挙が実施されたにも関わらず、軍政が選挙結果を無視して、選挙に勝利したアウンサンスーチー氏と彼女の政党の政治活動を禁止したために、深刻化した経緯があります。このミャンマー問題の解決が遅れている背景には、国際社会の関心の薄さが一因としてありますが、さらにその裏の背景には、カレン民族による独立紛争などの少数民族の問題、東南アジア最大の麻薬問題といった、解決に腕力(≠暴力)を要する問題に対して、現在の強権的な軍政以外の政権が、しっかり力を振るうことができるのか、国際社会の一部が不安を感じているという事情があります。アウンサンスーチー氏の政党を、国民の多くが今も支持していることは疑いないのですが、果たしてこの民主的な政党が、自分を迫害してきた軍や警察をしっかり統率して、少数民族問題や麻薬問題をしっかり管理していけるのかという点について、国際社会が少し心配をしているということです。
ですから、あまり安易で急速な民主化は、かえってミャンマーの国内情勢と、周辺情勢を悪化させる可能性があるため、ほかの東南アジア諸国や、中国のような地域大国も、その関与にはやや消極的なところがありました。しかし、ここ1‐2年ほどの間に軍政は、国内に駐在する各国の外交団を次々と退去させたり、首都を急に山奥の地方に遷都させたり、その行動がどんどんエキセントリックになってきて、国際社会もとみに情勢を懸念するようになってきました。
こうした国際世論を背景にして、国連はここ一年ほど、活発に現地に特使を派遣して、情勢の把握に努めるとともに、軍政とアウンサンスーチー氏との対話を重ねてきました。そして、今年9月に国連安保理は、ミャンマー問題を初めて正式な議題として取り上げ(報道)、先週末には国連特使が、それぞれ個別に、軍政とスーチー氏の双方との面会を果たすことができました(報道)。また、安保理は、年内に一定の決議を採択する意向も見せており、今後ミャンマーの民主化プロセスが、一気に加速する状況が整いつつあります。
ミャンマーの軍政も、北朝鮮ほどではありませんが、20年近く国際世論の強い圧力に耐えてきただけであって、相当タフなのですが、この問題には、人権問題もさることながら、世界全体へ悪影響が及んでいる麻薬問題も絡んでおり、安保理常任理事国も問題解決に向けて、重い腰を上げつつあります。今後、アナン氏の残りの任期中にどれほどの進展があるか、また長期的には潘基文・次期事務総長の新たなリーダーシップの下で、どれほどの進展を見ることができるのか、今後注目すべきポイントかもしれません。
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