虚空見つ国・・・終わりなき物語

遥か古代からの遺伝的エトランゼ。
一人だけの幻想国開拓日記。

夏よ過ぎゆけ!

2012年08月31日 | Weblog
また今日も今からゲリラ雷雨の来そうな雲行き。

在りし日の夏山。↓







あの頃は夏がこんなに暑いとは思っていなかった。
年取ると夏ってこたえるのかな~?

今日は真昼間から温泉。
露天はいいね。
空を見ながら浸かっているとふやけそうだった。
吹いてくる風には秋の匂いがするんだけども。。。。

お留守番の猫。
猫は毛皮着て暑いだろうな~とはいつも思うこと。
早く本格的秋になって欲しいよね~。
なぬ?夏の方が獲物が多い?



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人生いかに生くべきか

2012年08月26日 | 語りつぎ・・・六次元講義
いやいや、だからね、この年になったら『生き甲斐』っていうより『死に甲斐』という考え方。
人は何の為なら喜んで死ねるか?
大義名分にしかすぎなくても、
お国の為、子の為、孫の為、とかね。

馬鹿馬鹿しい!人は自分の為にしか死ねない。

悩んでいたから大真面目に言ったのに一笑にふされた。
生まれながらに私とは正反対の姉は、
正反対であるが故によき先導役ではあったが、
ずいぶん小さい時から、何か悩みがあるとすぐに相談しに寄って来た。
人の言うことを聞く人間ではない。ただ言えば気のすむ性格。

財もあるし健康だし、老後は楽しんで生きようと思っていたのに
、最近気がついたら結構悩んじゃっているのだとか。
私もぼけるのを待つだけみたいだ、なんて言って電話があったのが一ヶ月前。
生き甲斐ってことを考えてしまうらしい。

くら~い老人介護より、どこかの子供でも育ててれば?
♪明るい社会をつくるため♪

そうそう、里親っていうの、大人になるまで育てるっていうのがあって、
それ申し込もうかと思ってる。

んだって。



ああ~~私も考える。
人生いかに死すべきか!
なんて、一昨昨日からやたら本を読んで、
昨日なんか実に久しぶりに漫画まで読んで、
そうしたらそこへ研究所からの贈呈本まで舞い込んできた。
そのタイトルを見て笑った。

『一度の人生いかに生きる』なのだ。

半分までは真剣に読んで、まー知ってることばかりだからあとは拾い読み。
霊魂不滅。死してなおお国を守る。
「困ったらわしを呼べ!」
先生も理事長も素晴らしい。

ところで、私は原っぱの上にパッと国を建てる。
そういうのが子供の頃の一等最初の私の夢で、
理事長が日抱の里を創られるというなら、私は喜んですっ飛んでいくのだが。

馬鹿馬鹿しい!と、姉はやっぱり言うだろう。
しかし一児の母となった姉の娘は「おばちゃん、素敵!」と、喜んでくれそうだ。

人生いかに生くべきか?

いやいや

人生いかに死すべきか、

だ。

それはもう決まりきったことではあるが、
毎日ボーっとしていることには変わりない。


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人生の完結感

2012年08月25日 | 愛す、女優。
ようやく答がみつかった。
なにをそんなにも固執しているのか判らなかったがようやく。

中也など、夭折してしまった文学者を例にとって、吉本は誰のどんな短い人生でも、
実に見事に完成しているもんだというふうに言っていて、私もまたそう思っていたが、
彼女からは完結感が得られなかったのだ。
それはあれが最後の映画だったからなんだろうが、そんなに若いのに、
色んな役を演じるたびに、色んな人の顔に見えてくる彼女に自叙伝はない。

彼女の人生は垣間見えるか?
見えない。
だから心が渇く。

そういう意味では、私が少しでも知っているからかどうか、
サンタさんはあんなふうに死んでしまったけれど、
彼の人生に一つの完結編を書くことは出来る。
お父さんには描けない、
私のあまり好きではない 完結編 だが。

人は二度とは生まれかわらない。
生まれ変わりを信じる人もいるけれど、百歩譲ってそうだとしても、
人は全く同じには生まれ変わらない。花や草を見ていれば分かる。

だから完結編はなければならない。
二十歳の春にもそう思った。

人は不幸な時は死んではいけない。



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空のうた

2012年08月24日 | Weblog






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処暑

2012年08月23日 | Weblog


処暑。
暑さ寒さも彼岸までというが、今日は暑さのおさまる処。
どうもそういう日であるらしい。
確かに朝からの真っ青に晴れ渡った空は、昼間の暑さを予感させるが、
吹いてくる風はこの間からは秋の匂いだ。

私は昔から夏が好きではない。
表面体温の異常に冷たい私は凍えるような冬の方が好きで、
夏にはわけもなく倒れたりしたもんだ。
今ならそれは室内熱中症だというのだろうか。

けれど抜けるような青空はいい。
ここは無限に空が拡がっていくようなところだ。
あれが四次元、あれが五次元、あれが六次元、などと、
一つの雲の向うに垣間見える世界の向うにまた新たな港町が拡がって行くような、朝焼けから夕焼けまでの空の移り変わりは楽しい。


そろそろと転機は訪れるか。
雲の下の大峰の峰々が今日もまたアルプスに見える。







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人生の味

2012年08月18日 | 愛す、女優。
涙とともにパンを食べた者でなければ

人生の味はわからない



火の鳥(プルセ)を特にいいと思ったわけではない。
ウンジュの色んな美しさを堪能できたから幾度も見ていたにすぎないが、
13巻目だけは置いておこうと思った。

ミランの墓参りのあと、二人で食事をするのだ。
これが一番したかった・・・・・と。
そこでイ・ソジンが泣く。泣いて、泣いて、
ご飯が食べられないくらい泣く。

その泣き方に覚えがあって・・・
一番最初に見た時はこちらもアホほど泣いてしまった。

その場面だけは何回でも見ようと思った。

そして昨夜、
ああ、そうだった・・・
ゲーテだったかの言葉。
それはべつに本当にパンを食べながら泣くという意味ではないだろうが、
その言葉をかみしめた子供の頃の自分を思い出した。
ぐちゃぐちゃの顔で、俯いて、お膳の前に座っていた自分を思い出した。

記憶は突然よみがえる。
子供の頃は本当に皆がいろんなことを教えてくれた。
私はそれを聴き、判断し、直し、やめ、或いはやって、

長き夜を泣きあかしたる者にあらずんば
共に人生を語るにたりず


なんて。

今は結構いい加減で。
逆にいえば、許容度はどんどん高くなる。
何でもいい加減。
なんでも許容?


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国民に信を問う?

2012年08月08日 | Weblog
ふざけた話だ。

『消費税を上げ』なければいけないのなら、そもそもの民主党のマニフェストが守れないのだから、先に国民に信を問う、というのが正しい姿である。
それが正しい日本語の解釈である。
民主・自民・公明の政治家は、国語テストでは落第点しかもらえないお粗末な脳みそをしている。

国民の多くが反対でも法案を数にまかせて通し、それで世論厳しければ辞任すればいいとか、解散すればいいとか、そういうやり方は今までの政治のあり方と何か変ったのか?








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天空の剣

2012年08月04日 | 石ころ拾い
天空の剣とはヒヒイロガネかどうかは別として、
隕石(鉄)でこしらえた剣であることは疑いないようだ。
一等最初はそうだった。

以下どなたかの文章。
(私は少し製鉄については違う意見を持っているが、それはそれとして、以下の文中の石は酒井勝軍のところに持ち込まれたものだ)

日本では、明治以降、何人かの刀匠が、隕鉄を使って剣の製作を試みている。
一番有名なのは、明治31年、農商務大臣榎本武揚から、時の皇太子(大正天皇)に献上された流星刀である。素材には、明治23年、富山県白萩村で発見された隕鉄が用いられた。漬物石に使われていたのを、譲り受けたものという。榎本は、霊験あらたかな日本刀の素材には、隕鉄がぴったりだと考えて、作刀を思い立った。しかも少量を玉鋼に混ぜるのではなく、隕鉄だけで作らせようとした。請け負った刀匠、岡吉国宗は、かなり苦労させられたらしい。岡吉から榎本に宛てた手紙に、「星鉄で刀を作ることは伝授も経験もなく、玉鋼と同じ方法を試みたが困難だった。色々考えながら3度やり直した結果、白熱するまで加熱してようやく出来た。研ぐと美しい地肌が出た…」という意味の言葉が残っている。日本刀は、本来赤熱状態で(より低温で)、折り返し鍛錬するもので、白熱するのは作法に外れるが、ともかくも、なんとかやり遂げたのである。
なお、上申書には、「皮金には隕鉄のみを用い、刃金には、30%の玉鋼を混ぜたものを用いた」と記してあるという。前述のように、隕鉄だけでは刃に焼きが入らないから、これは賢明な措置であった。白萩隕鉄の成分は、ニッケル9.3%、コバルト0.8%、燐0.06%、銅0.14%、硫黄0.22%、炭素0.22%、残りが鉄である

以上、引用終わり。


さてこの人は、日本でも剣作りが相当に早い時期から行われていたことは疑いないというが、まさか縄文時代にたたら工場があったとは思ってもいないらしい。
山上の巨岩が実は砂であるという人の見解もちょっと聞いてみたいもんだ。


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精神統一の妙境

2012年08月03日 | 語りつぎ・・・六次元講義
八次元や十次元やと好き勝手なことを言う人達がいる。先生は六次元である。
学者は学問的にやり、私達はそれを勉強出来る。
出来るがそれはあくまで【顕】であり、頭の中での悟り・・・
詰まる所悟ったつもりでしかない。
その融合境に行かねば真に理解したことにはならない。
これが先生の教えであり、空海の教えである。
ヨガナンダジが「神を知らない者が神を語ってはいけない」という所以でもある。

久しぶりに【精神統一の妙境】を手元に置いて毎日読んでいる。

私の持っていた数冊の同名の本は皆、此教の人達のあげてしまってない。
いつでも買えると思っていたらとうに絶版になっていたので、あげたものではあるけれど返してもらいに行ったら、八島遥雲から自分の著書とそういう類の本は一切捨てなさいとの命あったとかで、皆捨てていてなかった。
仕方なく、私の持っていたものとは少し違うけれど古書店から購入した。
今持っているものはそれ。
研究所に一冊あったから是非譲ってもらいたかったが、それは先生の書き込みだらけで、そういう貴重なものを売ってもらえるはずはなかった。

さて、久しぶりに読むと、先生という人が一層好きになる。

一等最初に訪れた日、
先生は私の期待、思いを一切裏切らなかった。
私は間違えて【飛騨の超人】を読んだだけだったが、私が真理だと思ってきたことの一切をただの一つの裏切らなかった。
そのことがここに易しく書いてある。

ことに【無相の三密】
先生にあってこだわりなく座れたのはそこだった。
そのことを解しないものは案外多いのだ。

心がそのようであれば、言葉も体も自然そのようになるということ。
大祓詞の【太祝詞】だとて【ふとのる】のだ。
それが真言。

そうしていつしか真言は心だけになっている。
無我一念の行き着く先。
心があることも忘れ、ぽかっとある所に出る。
ストンと腑に落ちる。
また・・・それから・・・

私はミトコンドリアになったことも、体が焼けたことも、魂が抜け出たことも幾度もある。また男女の愛の極め道を歩いていた人が、うらやましいですぞと言っていたように、極めも知っている。

しかし白光はちっとも輝かない。
あれは真澄の鏡と同じものか。
ここは空が見えすぎて、
それから・・・やるべきことがなさすぎて・・さぼって三年。
いやいや、無我一念。

やるぞ!やり抜くぞー!と堅く心に決めて
黙祷!
ですね。

今朝は朝一番
この体は糞袋 といわれたことを思い出してしまった。



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