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ミセスローゼンの上人坂日記

夏薊鋼の馬の濡れて立つ

二日目は雨。寒い。十一月みたい。アイルランドの海岸みたい(行った事ないけど)。風が吹き止むと、どこまでもひろがる濡れた砂洲に日が射し、犬を連れて散歩する家族を照らす。眠ってる巨人の群れみたいに流木が静かに横たわってる。教会で、地元のオケと楼前先生がシューマンコンチェルトのリハーサルをする。モアボウ、モアデターシェ。先生がコンダクターに頼んだのはそれだけだが、それでオケが、がらりと変わる。とりわけ若い連中がはりきって全弓で、それぞれソロイストみたいな顔になって弾き出す光景はすがすがしい。
リハ後、若いチェリストカップルが興奮して来て、腕組みして、爪をかんで、楼前先生と話し込む。レズビアンのヴァイオリニストカップルの借りてるビーチつきのロッジで、甘いオレゴンワインを飲みつつ話の続き。 晴れ間に、ビーチへ降りて、先生が、「競争しましょう」というので、はだしで突端まで走る。みな心配そうに見物してる。私も最初は心臓発作でも起こされたらやだなと思ったが、どんだけ走っても横にぴたりとついてくる先生がだんだん不気味になる。しかも向こうは鼻が高い分、鼻一つ常に先んじてる。六十二歳の爺に負けたくない。ついにそのままゴール。先生は、「君の勝ち」と急いで言った。くそう。
先生が昼寝してる間に、町の映画館で「ドラゴンタトゥーの少女」を観る。レイプシーンはどうかと思ったが、主人公がぶさいくなのがよかった。ダーティーヒロインのリスベットが漫画のキャラクターみたいにかっこいい。

三日目。ドリズル(小雨)の中、傘さして(われわれのホストの)フィルがバイトしてるカジノへ連れ立って行く。州がネイティブアメリカンのトライブに営業させてるというカジノ。朝風呂に集うみたいに杖ついてギャンブルに来てる老人の群れに囲まれ、お下げ髪を垂らしたディーラーの回すルーレットで、あっというまに全員が百ドルずつスる。
夜、美術館で無伴奏バッハ六番とシューマンクインテットの本番。楼前先生のDメージャーは完璧だった。例によって座るとすぐに弾き出す。特にプレリュードが完全無欠。ただ一つの音符もなおざりにされず、やりたいことのすべてをやりつくし、やることのすべてに成功する。ウェルプリペアードであり、音響も、体調も、気分もよくて、幸運にも恵まれた。これは録音すべきだった。アイヴスのヴァイオリンソナタのあと、シューマンクインテット。私のフェイヴァリット、ヨーヨーマがマークモリスと共演したピース。ストヴァイのLは二十代の女性だが、彼女があまりに美しくヒーローみたいに雄々しく、しかもほんとにいい太い音でぐいぐい弾くので、会場は(男女とも)陶然となる。とくにLと楼前先生のデュオが圧巻。二人が目を見つめあいながら、吐く息、吸う息を合わせ、弦を激しくこすりあう光景はあまりにエロチック、二人で同時にスライドするエクスタシーに、Lの恋人E(彼女もヴァイオリニスト)は私の腕を握りしめてた。というか、ほとんど雑巾みたいにひねってた。かわいいものだ、若い人たちは。はは、痛かったよまじで、二の腕に青たんできてる。(大丈夫、あなたのブログに何を書いてもいいわ、と二人から許可をもらっている。)

四日目の今朝はフィルが、パイロット時代に同僚から教わったというデンマークのたこ焼きみたいなエベルスキヴァーを焼いてくれる。卵の香。シナモンパウダーと蜂蜜をかけて食べる。フィルはコンサートを大変楽しんでくれたという。楽屋を訪ねたのも初めての経験で、と嬉しそうに話す。先生とフィルは政治や宗教や、博物学の誰それのことで話がはずむ。ようやく猫のうちの一匹が慣れて足元にきてくれる。隣の猫がフィルの庭に水を飲みに来て、窓の外から私の顔をまじまじと見る。
今日はブラームスとエレジーのリハのみ本番なし。夜はフィルと三人でLの演奏を聞きに行く。
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