ミセスローゼンの道後日記

格子戸のひかりの縞を梅雨の蝶



伊月庵でセロを弾く。道後で聞くバッハ二番プレリュードは格別の趣である。昔ニューヨークで、私の娘二人がニックにチェロを教わっていた頃を思い出す。ニックのレッスンは今も昔も変わらず、スケール(音階)、エチュード(練習曲)、バッハ、ソナタ、コンチェルト、という順で進む。無伴奏バッハは一番組曲から習い始めて六番まで、一つの組曲の六曲全部弾けるようになったら次の組曲へ進む。忘れもしない、今日から二人が二番組曲を弾き始めるというその日、ニックが二番プレリュードについて物語り、演奏してくれた。

これから二番のプレリュードを私が弾くから、二人とも目を閉じて、想像してごらん。
静かな波のひたひた寄せる海岸の岩の上に、一人の白髪の老人が座っている。老人には既に親もなく妻もなく、子供達は遠くの街で暮らしている。老人は己の死期がそう遠くない事を知っている。死の怖れを受け入れ、孤独を受け入れ、過去を受け入れ、心涼しく、海に向かって居る。私はこの曲を弾く時、そんな老人の後ろ姿を心に描く。人間の孤独や老境の深さを想う。君達がこれを理解するのはだいぶ先の事だらうが、私がこの話をしたという事を覚えておいて欲しい。君達が私くらいの老人になった時、何とも懐かしく、親しくこの曲を弾く事ができるだらう。

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