涙と笑いのHIV奮闘記

自分とは無関係と思っていた病気と思いがけなく向かい合い、闘病を続けるオヤジの日記。
仕事に趣味に彼氏との生活に奮闘中。

祖父その後:食事も開始

2006年02月18日 | Weblog
俺は大事にされているんだな~、って感じます。

勿論両親は大事にしてくれてます。
でも、こんなにみんなに大事にされていたんだな。

入院中の祖父は、認知症だというのに、俺の事はわかるみたい。
地元のR老健施設に入所していたときも、
この前までS老健施設に入所していた時も、
俺が見舞いに行くと、
「孫が来たので」
といって俺のところまで歩いてやってくる。
俺の名前を呼びながら、
「大きゅうなったな~」(←この辺が認知症)
と抱いてくる。一緒に住んでいた他の孫の事はわからないのに。
その祖父が今日の朝から食事を始めたらしい。
食事といっても具なしの味噌汁と重湯なのだけど。
自分のときのことを考えても、やっぱり点滴より口から摂るほうが力がでるんだ。
じいちゃん、頑張れ!

母方の祖母はもう10年前に亡くなっている。
長男の家で面倒をみてもらっていたが、
脳梗塞をわずらってからその家でいじめられ、
俺がうちでみてあげたいと言ってひきとった。
が、引き取った時にはすでに時遅く、
1週間で亡くなった。
だれかが俺を呼ぶ声に夜中に目を覚ましてみると、
もうだめだった。脈をみると忘れた頃にピクンって感じ。
朝になっていつも往診してくれる医者を呼んだ。
俺が入院してもう死ぬかな、って思っていた時、
ウトウトしたときに夢の中にその祖母が現れて
「まだ来るんやないで。その時はちゃんと迎えに来てやるから」
といって俺を追いかえすんです。
俺はあんまりそういうことは信じない人間なんだけど、
その話を聞いた両親はそれ以来毎日墓参りをかかさなくなりました。

小さい時に行き来をよくしていた親戚も、
大きくなってからは疎遠になっていたが、
病気をしてからあれこれと電話をしてくれ、食事に誘ってくれ、
本当にありがたい事です。
うちの田舎は山の中で、ほとんどの同級生はせいぜい高校を卒業し、
家を継ぐのだが、俺は大学に行きたかった。
そのため長期の休みには大阪に住む親戚の家に泊まりこんで塾に通った。
そのせいか、「甥はたくさんいるけど、お前は息子と同じ」と言ってくれる。

元気な時はそんなことも知らずに自分の力で大きくなったと感じていたが、
そうではなかったことに気付く。



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